「――さん、……鑓水さん!」
ゆさゆさと体を揺さぶられて、鑓水は目を覚ます。寝ぼけ眼をゆらりと動かせば、神藤が見下ろしていた。
昨日着ていた喪服を着て、髪の毛はきちんとセットされている。一足早く起きて、身支度を調えたようだ。
「……もう少し、かわいげのある朝を迎えたいなあ、俺は」
「は? 何言ってるんですか?」
「寝起きにベッドで甘えてくれてもいいじゃんかよ。おまえ、全然ピロートークしてくんねえなあ」
「……今何時だと思ってるんです? 鑓水さんは今日も仕事じゃないですか。俺は休みですけど。ピロートーク、したいならしましょうか? 俺は構いませんよ、時間あるし」
「……えっ、あ、やべっ! 遅刻する!」
鑓水はガバッと起きて、急いで下着を履く。そして、脱ぎ散らかした服を雑に着ていって、恨みがましく神藤を見つめた。
「おまえ〜ホント、可愛くねぇなあ。あともうちょっと早く起こして。つーか、神藤は今日休みかよ、いいなあ!」
「はあ、すみません」
「やっぱさ、次の日が仕事のときは、おまえんちでセックスしようぜ。ラブホから事務所直行したくないわ」
「……次があれば、そうですね」
「へっ」
シャツのボタンを留めて、ネクタイを締める。鑓水は鏡越しに神藤の横顔を見つめ、悪態をついた。
「あー……てか、俺のシャツに、微妙におまえの線香の匂いついてんだけど……」
「……まじですか」
「やばいかな」
「……ちょっと待っていてください、たしかクローゼットに……」
シャツの匂いを嗅ぎながら眉をしかめていた鑓水のもとに、神藤がやってくる。手には、クローゼットに入っていたファの付く消臭スプレー。神藤は有無を言わせず、鑓水にそのスプレーをぶっかけた。
「うっ、ぼへっ、馬鹿やろう! 俺に直接かけるか普通!」
「いや、いちいち脱ぐの面倒くさいでしょ」
「そうだけど……ちょっ、もういいって!」
鑓水は手をぱたぱたとさせて顔をしかめた。若干しっとりとしてしまったシャツにげんなりとしながら、鑓水はちらっと神藤を見つめる。
神藤は、ふ、とおかしそうに笑っていた。その表情を見て、鑓水は口元を緩める。
「……少しは、楽になったか」
問われると、神藤はまっすぐに鑓水を見つめる。そして、わずかに微笑んで、「はい」と答えた。
「……よーし、じゃあ、さっさとここ出ようぜ。腹減ったし。どっかでメシ食ってから解散しねえ?」
「じゃあ、牛丼でも食べましょう」
「朝から元気だなあおまえは!」
「なんだか、俺もお腹がすいたので」
「……そうかよ」
神藤の顔に、昨夜の思い詰めたような影はない。鑓水を一夜を過ごして、心が晴れたのだろう。きっと、彼はこれから何度も何度も、自分を責めるようなことがあるかもしれないが……そのときはまた、一緒にいてあげればいいのだ。
鑓水は安心する。どことなく息苦しい空気のこの部屋を出ようと扉に手をかければ、とん、と背中に何かがあたる。
「……先輩」
神藤が、鑓水の背中に身を寄せていたのだ。
「……いつも、ありがとうございます」
「ああ」
これで振り返って抱きしめたりでもすれば、神藤は怒るだろうか、それとも大人しく腕の中におさまってくれるだろうか。そんなことを考えて、鑓水は静かに笑った。
end