「あっ――、」
シーツを握りしめる神藤の手が、ガクガクと震えている。
獣のように這いつくばる神藤の姿を、鑓水はじっと見下ろしていた。後ろから優しく突いてやっているのだが、神藤はずっとこの調子である。声を出さない、体がこわばっている、声がわずかに涙ぐんでいる。
「おい、神藤」
「……ッ、ぁ、……」
「声、出したいなら出していいんだぜ。そんなに我慢してても、辛いだけだろ」
「……、ひ、」
この様子、これもまたいつもの調子。
神藤は、恥ずかしがっているというわけではない。セックスを楽しむことに抵抗があるのである。
神藤はセックスが好きだ。依存症に陥っているくらいだから。
けれど、気持ちよくなって、甘い快楽に溺れて、幸福に耽る――そのことに罪悪感を抱いてしまうらしい……というのは、鑓水の憶測だが間違ってはいないだろう。だって、鑓水は今まで何度も彼を抱いてきたが、彼はなかなかセックスに没入しない。鑓水のことは受け入れるし、ちゃんと感じてもいるし、気持ちもしっかり鑓水に向いているのだが……楽しんでいる気配がないのだ。
自分が幸せでいること。何かを楽しむこと。それが彼は許せないのだろう。
鑓水は彼の不器用さに呆れて、はあ、とため息をつく。
「神藤」
「あ、……鑓水、せんぱい……?」
「力抜け」
鑓水は一旦ペニスを引き抜くと、神藤の腰を優しく撫でた。「腰、下げて」と鑓水が囁けば、神藤は戸惑ったように、高く上げた腰を下ろしてゆく。そうして神藤がうつ伏せになれば、鑓水がそこに覆い被さった。
「う、……先輩……」
「なんだよ」
「なんか、……これ、……恥ずかしいです……」
「なんで?」
「だって……」
ちゅ、と鑓水が神藤の耳にキスをすると、神藤が「んっ」と声をあげて枕に顔を埋める。鑓水は繰り返しキスをしながら、再びペニスをなかに沈めていった。
「先輩の、息が……」
「寝バックってさぁ、ヤられるほうはすげえ気持ちいいらしいんだけど、どう? いいトコ当たる?」
「あっ……あの、先輩……そこで喋るの、やめてください……」
「う〜ん? ああ、意外と神藤クンは耳が弱いのかな?」
「ちょ、せんぱい……んっ……」
奥までいれたペニスを軽く揺らすように、鑓水はゆっくり、大きく体を揺らす。
「あっ……せんぱいっ、……まって……あ、っ……」
全身が粟立つような感覚に、神藤はぎゅっと目を閉じた。鑓水が動くたびに背中と腰がこすれて、体の全部がゾクゾクとしてしまうのだ。それに、大きくピストンをしていないせいか、奥にばかり断続的に刺激が与えられている。ぎゅうっとなかが締まる、そんなクラクラするような快感がとめどなくやってきて、頭がぼーっとしてきてしまう。
「あ、あ……」
「ああ、すげえ締まり具合。神藤……ほら、もっと突いてやるよ……おら、」
「ッ、あぁっ――……」
なにより、耳を責められて、頭まで犯されているような気分になった。水っぽいリップ音、湿っぽい吐息……耳の奥に生暖かい音が入り込んでくると、脳にびりびりとした甘い電流が走る。そのたびに、体がビクンと震えて、少しずつ理性が壊れてゆく。
「あ、あ、あ、……」
「神藤……気持ちいい?」
「ひ、っ……あ、……」
「んー……じゃあ、これは?」
「あっ……あぁー……先輩、だめっ……」
鑓水がぐぐっとペニスを奥にねじ込み、ぐりぐりと腰を神藤に押しつける。そして、手を神藤の体の下に差し込んで、ぐっと腹を手のひらで押し込んだ。
「あ、あ、だめ、せんぱい、それ……」
「どうだ、奥……気持ちいいだろ? ン? ここはどうだ? ほら、」
「アッ……! あ、あ、せんぱい、……あぁ……」
「俺は気持ちいいよ、……なあ、神藤? ほら、おまえのなか、ビクビクしてるぜ」
「――ッ、……」
くちゅ、と耳の中に水っぽい音が響く。
神藤は視界にちかちかと星が散るような感覚を覚えた。気持ちいいなんてものじゃない。頭が真っ白になって、意識が朦朧としてくる。耳元で鑓水が囁くたびに、それに重ねるようにして自分の唇から甘ったるい声が漏れているのがわかる。
「せんぱい……」
奥のほうがじわじわと濡れてゆくような、そんな錯覚を覚える。無意識に腰を揺らしてしまって、余計に体に快楽が蓄積してゆく。神藤のペニスからはとろとろと蜜があふれてしまっていて、シーツが濡れて、肌のあたりがぬるぬるする。
「あん……あっ……あぁ、……あん……」
「神藤……」
「きもちいい、……せんぱい……あぁ……せんぱい……」
「可愛い、神藤……いい子だ」
「あっ……!?」
鑓水は「いい子」と言うと同時に、ピストンの速度をあげる。神藤はもう、声を抑えようとはしなかった。されるがまま、快楽のままに声を上げ始める。
「――……!!」
「はあ、……なあ、気持ちいいだろ、神藤、ほら、はァっ……気持ちいいな、よしよし」
「あっ、あっ、あっ、」
「可愛いよ、神藤……はぁっ……おまえは本当に、可愛いやつだ……なあ、神藤、……」
「あっ、あっ、せんぱい、っ……せんぱっ……、あっ……まって、イッ、……俺、……」
「ん、イク? はは、……可愛いな……ほら、イけよ……いい子だから、神藤……」
鑓水がさらにピストンを早めてゆく。神藤は迫り来る絶頂に怯えるようにして、額を枕に擦りつけた。神藤が「だめ」と繰り返し言っている様子に、とうとう限界がやってきたのだと、鑓水は激しく腰を打ち付ける。
「あっ、あッ――……イク、……ごめんなさい、……イクッ……」
びくんっ、と神藤の体が震えた。鑓水は神藤の体を抱き込めながら、ペニスを奥にぐっと押し込む。どくんどくんと神藤のなかが脈動すれば、鑓水のペニスはぎゅうぎゅうと締め付けられた。その感覚に任せるように、鑓水も吐精する。
「あ、……はぁっ……はぁ……はぁ……」
「神藤……」
汗だくで呼吸をしている神藤に、鑓水はキスを落としていった。ちゅ、ちゅ……と顔や耳にキスをしていけば、神藤はぼんやりとした様子で目を閉じる。頭を撫でてやれば、すり、と神藤は鑓水の手のひらに頭を擦り付けてきた。
「神藤……おまえは本当に、難儀なやつ」
「……?」
「……いいや。すげえ可愛かったよ。ほら、神藤……こっち」
「ん、」
鑓水はペニスを抜いて、ぐいっと神藤の肩を引いた。そして、神藤の顔を自らの胸板に押しつける。神藤は戸惑った様子だったが、鑓水が頭を撫でてやると、自ら腕を鑓水の背中に回した。
鑓水は、神藤を抱きしめながら、その頭を撫で続けた。しばらくそうしていれば、小さく、すすり泣く声が聞こえてくる。鑓水は何も言わず、ただ、神藤の頭に顔を埋めた。