ラブホテルに着くなり、鑓水は神藤をベッドに押し倒した。神藤は何一つ抵抗することなく、大人しくベッドに沈む。
ばふ、とベッドが音を立てると、神藤が着ている喪服から線香の香りが舞い上がってきた。独特の仄暗さに、鑓水は腹の中に泥が這い上がってくるような感覚を抱く。息が詰まるような気がして、ぐ、と神藤の首元に顔を埋めてみたが、いつもの彼の匂いはしなかった。
神藤はよく、香水と煙草が混ざった匂いを漂わせている。今日は葬式があるから、先にシャワーでも浴びて匂いを落としてきたのだろうか。今の彼からは線香の匂いしかしなくて、落ち着かない。
「なあ、神藤。何かあった?」
こんな状態で誘ってくるなんて、相当彼は余裕がなかったのだろう。鑓水は神藤の耳元にそっとキスをして、尋ねた。ちゅ、と音を立てれば、神藤は小さく身じろぐ。
「……今日、葬儀があった梨瑚さん……死の間際に俺に『悪魔のような顔』って言ったんです。魔女を殺したあとの、俺のこと」
「まあ、裁判官の仕事を見慣れていないなら、そう見えるかもな」
「そうですね……。そう言われるのも当然だって思っています。でも、俺は……ほかの裁判官みたいに正義のために魔女を殺しているわけじゃない。私情で殺しているようなものです。ただ、ただ……魔女が憎くて……。そういうところ、梨瑚さんも感じ取ったんだと思います」
鑓水が神藤のネクタイをほどく。シャツのボタンを外すと、するりとシャツの中に手を滑り込ませた。はだけた首に鑓水が唇で吸い付けば、神藤が小さく声をあげる。
「あっ……」
「でも、おまえは間違ったことはしていない。法的にはな」
「はい……もう、何年前ですかね……俺と鑓水先輩、それから……。同じ学園で過ごしたのって。あの日々が、なんだか幻みたいで……本当にこの俺が、あんな普通の青春送っていたのかって。夢のように思うんです」
鑓水が唇で神藤の体を愛撫する。神藤は手の甲で口を塞ぐようにして、小さく身もだえた。いつもよりもずっと素直だ。ねだるように鑓水の背中に這う神藤の指。全く抵抗してこないし、呼吸に合わせてゆっくりと腰を揺らして快楽を受けとめている。神藤の吐息と布がこすれる音が響き、徐々に部屋の湿度が上がってゆく。
「あ……、俺、今の自分の生き方を後悔はしていないんです、でも……たまに、……少しだけ、……あっ……、学生だったころが懐かしくて、あ、ん……そんな自分がバカみたいで、……あ、……あっ……イヤになる」
「バカなんかじゃねえよ、昔のことは大切な思い出だ。懐かしがって何が悪い」
「……そういう、ものですか……ん、……でも、昔と今を切り離さないと……たぶん、学生時代の俺、……あ、……今の俺に失望しますよ……自分は将来、こんな、悪魔みたいな人間になるのかって……」
「あのよお」
「んっ……」
鑓水が体を起こす。鑓水は神藤を見下ろし、くしゃりと神藤の髪を撫でた。神藤はきょとんとしながら鑓水を見上げて、そっと口を隠していた手を下ろす。
「べつにおまえ、悪魔でもなんでもねえから。こうしてめそめそしてるくらいだからな。ちゃんと、おまえは俺の知ってる神藤だよ」
「め、めそめそなんてしてない……ですよ……」
「してるっつーの。おら、こっち向け」
「んっ……」
するりと滑り込むように、鑓水は神藤に口づけをした。
鑓水のキスは、甘ったるくて優しい。神藤は何度もこのキスに心を溶かされている。悔しいが、今はこのキスが欲しくてたまらない。神藤は自ら舌を絡め、すがりつくように鑓水に抱きついた。
秘めやかに水音が響く。舌と舌がこすれるたびに、じん、と頭の中に小さな電流が走るようだ。とろとろと蕩け合うように舌を絡め合って、くちゅ、と甘やかすような音に頭が浸食され、頭のてっぺんからつま先までしびれるような感覚にさいなまれる。指先の感覚がなくなってきて、自分がどこかへ飛んでいってしまいそうで、神藤は確かめるように鑓水の背中を何度もひっかいた。
「あ……」
「……ふ、可愛い顔」
「……先輩、……」
「うん?」
「先輩は……昔から、優しいですよね。だから、俺は……先輩に甘えてばかり」
「ああ、そうだな。ほら、今も甘やかしてやるよ。どうしてほしいか、言ってみろ……神藤」
鑓水に頬を撫でられると、神藤の体はゾクゾクと甘く震えてしまった。ぼんやりと揺れる視界の中、見下ろす鑓水は、昔から変わらない優しい顔。
やっぱり、この人に自分の弱い部分を見せるのは気に食わない。
けれど、この人だけが、すべてを理解してくれる。
かっこいいって、昔から思っていた。だからこそ嫌いだったのに、だからこそ憧れていたのだ。
今でもその気持ちは変わっていない。
「……先輩、鑓水先輩……俺の代わりに、俺のことを許してくれませんか。……先輩、……俺を、……優しく、抱いてください」
鑓水が神藤の唇を親指で撫でる。そうすれば、神藤の唇から熱っぽい吐息が零れた。
「いいよ、神藤。俺が全部許してやる」