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 少しずつ、状況はよくなっているのだろうか。ラズワードはアザレアが時間のあるときに教えた甲斐もあり言葉を覚え、戦う術を覚えていった。それに伴いラズワードはアンドレアやジュリアンナのさせることに反発するようになりアザレアが両親からどこか白い目でみられるようになっていったのだが。とくにそれに関してはアザレアは何も思っていない。自分のしたことが間違っているとは思っていなかったから。

 しかし、このところワイルディング家の空気がおかしい。

 それは両親がアンドレアとジュリアンナが体調を崩し始めたときからおこったように思えた。何がおかしい、とはっきり言うことはできないのだが、アザレアは屋敷全体の空気が澱んでいるような気がしてならないのだ。



「……おかえり。姉さん」



 いつものようにレッドフォード家から帰り、ラズワードの部屋へいってみる。ラズワードはすっかり成長して、青年と呼べる歳になった。体も随分と大きくなって、男物のシャツを着こなしているのを見て、彼も大人になってきたんだな、とアザレアはなんとなく思っていた。



「ラズワード、最近魔術の勉強も始めたんでしょう。調子はどう?」

「ああ……うん、そうだな」



 ラズワードは困ったように笑う。言葉を覚えるのにもやっとだったというのに魔術なんて大変なんだろうな、とアザレアは彼の気持ちを汲み取ろうと思ったが、ラズワードが次に見せた表情は思ったものとは違っていた。



「……姉さん、これ、どうしたの」



 ラズワードが自分の頬をつんつんとつつく。アザレアは真似して自分の頬に触れてみて、あ、と昼間のことを思い出す。



「書類で切っちゃったの。すぐに治ると思うから……」

「……ふうん」



 ラズワードはすっと目を細め、立ち上がる。そしてそのまま、つい、とアザレアに近づいてきて頬に触れた。



「……姉さん、気を付けないと。女の人が顔なんかに傷つけたら、だめだ」

「……えッ」



 予想だにしなかったラズワードの言葉に思わず驚いて、アザレアは身を引いてしまった。ラズワードの表情は何を思っているのか全くわからない、無表情とは違うが何かを覆い隠しているような、不思議な笑みをたたえていて、一瞬頭が真っ白になった。

 無意識に触られた頬に触れて、ラズワードが何をしたのかようやく悟る。



「……どう? 治癒魔術覚えたんだ」

「……あ、本当だ、治っている……」



 頬にあった切り傷が、治っている。ラズワードがそれをやったのだと理解して、なぜかアザレアはほっとした。アザレアがそう感じてしまうくらい、頬に触れたとき、言葉を発したとき――その時のラズワードの瞳はどこか熱を帯びていたのだ。

 まさか。そんなことあるわけがない。

 そう思って、このことをなかったことにしてしまったことが。取り返しのつかない事態を招いたのだろうか。

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