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 ――何故?

 何もかもが意味がわからなかった。しかし、ロードリックは止めたところで止まる男ではない。とにかく――勝たなければ。

 混乱しながらも、ハルは武器を構える。ちら、と後ろを見遣れば、ラズワードが不安げに腹を抱えてハルを見つめていた。


「ハル様……」

「ラズ、さがっていて」


 ロードリックはようやくラズワードの存在に気付いたようだった。訝しげにラズワードを見て、舌打ちをする。


「なんだあ、そいつは? おまえの奴隷か?」

「奴隷じゃない、彼は――」


 奴隷……じゃない。

 しかし、恋人、とハルははっきり言えなかった。

 ラズワードの気持ちが揺らいでいることもあったが、何より、今の関係は健全なものなのだろうか。ラズワードの精神を壊して、本当の彼を見失い、彼でない彼と「穏やかな」日々を過ごす。この関係は恋人と言えるのか?

 奴隷と何が違う?


「は、可愛らしい奴隷だな。虫唾が走るから、そいつはどっかにやっておけ。うっかり巻きこんで殺しちまうかもしれねえ」

「……、」


 ハルが黙り込む。ラズワードが「ハル様?」と声をかけると、ようやくハルは「ラズ、離れていて」と呟いた。

 ラズワードはローブをぎゅっと握って、そろそろとハルから離れていく。その後ろ姿に、ハルはさみしさを覚えた。本当に、ラズワードは戦えなくなってしまった。自分のせいで。

 ラズワードが剣を握る姿に、こんなにも焦がれている。彼に、この状況から守ってほしいわけではない。もう一度、彼が戦うところが見たかった。何より美しい彼の姿を。

 けれども、もう彼は剣を握れない。

 せめて、せめて彼を護らなければ。この状況はよくわからないが、とにかく負けるわけにはいかない。
 
 ハルが武器を強く握りしめると、ロードリックはニッと笑った。そして、両手に身につけていた巨大なガントレットをぶつけ合い、ガンッ、と大きな音を鳴らす。


「さあ、殺りあおうじゃねえか!」


 ロードリックがガントレットで勢いよく地面を叩く。彼は土の天使。使うのは土魔術。ロードリックが地面を叩くと同時に、すさまじい地割れが起こった。そして、地割れはハルに向かっていき、割れた地面にハルは吹き飛ばされてしまう。


「うっ――!」


 ロードリックは三大貴族きっての武闘派で知られている。戦う前からわかっていた。ハルは、ロードリックには勝てない。

 ハルは急いで体勢を立て直したが、そのすきにロードリックが眼前に迫っていた。ガントレットが振りかぶられるのがなんとか見えて、ハルはなんとかランスでガードをする。しかし、力の差はすさまじく、いとも簡単に再び吹き飛ばされてしまった。

 攻撃する隙すらない。

 このままではラズワードは――……

 ラズワードのことを考えても、都合よく力がわいてくることはなく。また、ロードリックの繰り出す攻撃にハルは防御の態勢をとるしかなかった。身体は限界を迎えていて、ランスが弾き飛ばされてしまう。


「あっ――……」


 ランスは彼方、手の届かないところへ。丸腰になったハルに勝つ術はない。

 ハルが絶望を感じているなか、ランスはそのままラズワードのもとへ飛んでいった。目の前に転がってきたランスに、ラズワードは酷く動揺する。


「あ……」


 早く。早く、このランスをハルのもとへ持って行かなければ。

 そう思ったが、戦うことのできない、自らを守ることもできないラズワードは恐怖を感じた。ロードリックの猛攻をくぐり抜けて、本当にこのランスをハルに渡せるのだろうか。

 それでも、このままここで突っ立っていれば、ハルが死んでしまう。ラズワードは震える手でランスを握りしめて、子鹿のようにガクガク震える脚でハルのもとへ駆ける。
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