6(3)

 ――少女の名は、リリィ。ノワールと共に神族を統べるルージュとして施設の長に君臨する少女である。

 彼女がこの場に現れた理由が皆目見当つかないラズワードは唖然としながら彼女を見つめるばかり。彼女とは神族と共に魔物退治の任務に就いたとき以来である。彼女がラズワードにあまり良い感情を抱いていないらしいということはラズワード自身もわかっていたが、まさか殺意まで抱かれているとは思っていなかった。


「ルー……リリィ様、俺を殺す……とは?」

「言葉の意味のままよ。私はこれから貴方を殺すの」

「……俺、なにか罪を犯したりしましたか?」

「罪? ――そうね、罪というなら……神族のトップに色目をつかった罪、とか?」

「はっ!?」



 リリィはにこっと人形のように笑うと、ゆっくりとラズワードのもとに歩み寄ってきた。

 状況把握が全くできず、混乱したままのラズワードは、地べたに座り込んだまま。唖然としながら近づいてくるリリィを見上げていれば、やがてリリィはラズワードの目の前までやってくる。

 

(なにがなんだかわからない……神族のトップに色目って、ノワール様にってことか? 言っておくけど誘ってきた回数は俺よりノワール様の方が多いからな!)

「なんで私に殺されようとしているのかわからないって顔してるのね」



 リリィはふっと目を細め、小首をかしげる。ふわりと揺れた髪の毛が、彼女の可憐さを一層際立たせている。

 そして、ラズワードは次の瞬間、思わず剣を落としてしまった。

 リリィが、脚をあげる。少しずつワンピースの裾があがっていき、細く柔らかなふとももが露出していく。そして、足はやがてラズワードの右肩に。リリィはラズワードの肩にヒールを押し付け、ラズワードを踏みつけるようにして押し倒してしまった。



(ふ、ふとももが……っていうか目のやり場、困るんですけど……!)



 調教師のなかでも女王と呼ばれ恐れられるだけはある、とんでもなく蠱惑的な押し倒し方であった。特別女性に興味のないラズワードも、さすがにこの状況には参ってしまう。角度を少し変えれば、下着も見えてしまいそうだ。

 ラズワードが目を白黒とさせていれば、リリィがかがむようにしてラズワードに顔を近づける。ちらちらと見える白い太ももが気になりながらもなんとかラズワードがリリィと目を合わせれば―ーリリィはまた微笑んだ。



「どんな甘い言葉でノワールを誘惑したの? ノワール、全然私のこと見てくれないの」

「そ、そんなの知らない……貴女とノワール様のことなんて、俺には関係な――」

「私を見ずに、自分の死だけを見つめている。私を見るたびに悲しそうな顔をして、自分の存在を責め続けている。おまえは死神よ。生きようとするあの人を、おまえは死に導いている」

「……」



 てっきり、ノワールに恋をするリリィが自分に嫉妬しているものだとばかり思っていたラズワードは、彼女の言葉にすっと体温がひいていくのを感じた。

 彼女は、私利私欲でラズワードを殺そうとしているのではない。ノワールのために、ラズワードを殺そうとしているのである。ノワールへ死を与えようとしている、ラズワードを。

 それを理解したラズワードは、まっすぐにリリィを見上げ、静かに言葉を紡ぐ。



「死を望んでいるのは、ノワール様自身だ。俺はそれを叶えようとしているだけ。貴女に、邪魔などされてはいけない」

「……なぜ、おまえはノワールのその望みを叶えようとするの」

「ノワール様を幸せにするため。あの人にとって――……死こそが、最大の幸福だったからです」

「……」



 リリィはすっと笑顔をひっこめると、ラズワードから脚をどける、そして、ラズワードに背を向けた。



「……私はそう思わない。今、ノワールが生きるのが苦しくても……生きたいって思ってほしい。生きて、生きていてよかったって思ってほしい」

「そう祈れるのなら、俺だって祈っています。けれど――ノワール様は俺に訴えた。たすけてと、俺に言った。俺は……ノワール様の願いを叶えたい。あの人が死にたいと望むのなら、それを俺が叶えたいんです」

「……ノワールも、おまえも、莫迦ね。死は終わりであって幸せにはなりえない。幸せになれない人間なんていない。たとえあの人が一人で幸せを見つけられないのなら、私がそばにいて一緒に探してあげる。……おまえは、あの人が幸せになる未来を断つと言っているのよ。私はそれが許せない――けれど」



 リリィはラズワードが落とした剣を拾うと、それをラズワードに手渡した。そして、再び踵を返すと、リンドブルムのもとへ向かっていく。



「おまえも私も、ノワールの幸せを望んでいる。その答えは、お互いに譲れない。それは、わかっていた。わかっていたから――……私はここで、おまえを殺す。私は私の答えを間違いだとは思わない。おまえを殺して、私は――ノワールを幸せにするわ」

「……、リリィ様。俺もリリィ様と同じことを考えています。けれど、貴女に殺されるつもりは――」

「――そうよ。殺されるつもりはないんでしょう? 戦いなさい、私と。ノワールをかけて、決闘しましょう? そのために剣を渡したんじゃない」

「……な、」



 ――リリィと戦う。

 それは、ラズワードが一番避けたいことだった。レヴィの企んでいる革命について考えているときも、まずでてくるのが、ルージュ――つまり、彼女・リリィと戦わなければいけないということである。どうしても女性であるリリィを傷つけたくないラズワードは、彼女との闘いを拒みたかったが……引けない。

 リリィは本気だ。本気でノワールのことを想い、こうしてラズワードに戦いを挑んできた。それを、相手が女性だからといって無碍にしていいものだろうか。



「……無事ではすみませんよ」

「あら、自信があるのね。私を相手に」

「――当たり前でしょう。俺は、あのノワール様を殺すために強くなったんです。ここで負けるわけがない」

「……そう。それなら、勝ちなさい。私も貴方に負ける気はないわ」



 ふ、とリリィが振り返る。
 
 翻るレースと共に光の粒子が舞い、リリィの周囲にいくつもの魔法陣が現れた。



「私の名は、リリィ・デルデヴェール。この肉体と魂をかけて、貴方を討つことを誓う! 覚悟なさい、ラズワード・ベル・ワイルディング!」
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