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「――最近、調べ物をしているらしいね、ラズ」



 マリーからジャバウォックのことをきいてからというものの、ラズワードはジャバウォックのことを調べてまわっていた。どうしても、ノワールへの気持ちをはっきりさせることができず、心の在り所がわからなくて鬱屈としてしまう気分を、紛らわせるためでもある。ジャバウォックのことを調べるよりも自分の心をはっきりさせることが先だとわかってはいるのに、ラズワードはそんなことをしてしまっていた。

 ジャバウォックの資料は、ハルが通っている研究所に豊富にある。ハルが仕事をしている間の暇な時間、資料を少し借りていたのだが、ハルはそれが気になっていたようだ。



「あ、いえ……すみません、色々と知りたかったので」

「ああ、いいのいいの。協力できることがあったら俺もするからってことだから」

「……はい」



 ――最近のハルのラズワードに対する態度は、非常に遠慮があった。異様に優しく、そして恋人らしいふれあいをしてこない。精々、おやすみの前のキスをする程度。

 その理由は、単純だ。ハルは、ラズワードが自分のことを見ていない、そう思っていたのである。

 しかし――それは、誤りだった。ラズワードはハルのことが変わらず好きだった。自分のなかにあるノワールへの感情は、一体なんなのかわからない。ひとつの執心であることは間違いないのだが、ハルへ抱くものとはまた別である。だから、ハルへの愛情は変わらず持っているし、ハルにそうして半ば避けられていることが辛かった。ただ、ハルの態度が自分にあることも重々承知しているため、そんな気持ちをハルに吐露することもできないでいる。



「根詰めているんじゃない? 疲れたでしょ? ゆっくり休むんだよ」

「……、ハル様」



 ハルに、触れられたい。

 ラズワードの頭を撫でて、にっこりとほほえんだハルに、ラズワードは狂おしいほどの劣情を覚えた。ラズワードと一緒に布団に入り、ラズワードの前髪をかき分け、現れた額にちゅ、とキスを落とすハルにばかみたいに心臓が跳ねた。

 けれど、ラズワードは言えない。「抱いて欲しい」、そうハルに言えない。ご機嫌とりと思われることが嫌だったし、なによりハルを侮辱することになるんじゃないかという恐怖心があった。きっと彼は傷ついているのに、自分だけそんなことを、脳天気に言うことができない。



「……あの、ハル、さま」

「ん?」



 自分が恨めしい。彼のことを傷つけ、あまつさえ彼を求めてしまう自分が、憎たらしい。

 ラズワードは必死にわき上がる劣情を押し殺し、余計なことを言ってしまいそうな唇を噛みしめる。優しいまなざしで自分を見つめてくるハルにきゅんと心臓が鳴いてしまうのを、彼に悟られないようにして。感情を出さないように、彼を見つめた。



「……おやすみなさい、ハルさま」



 触れられたい、抱かれたい、彼の全てをそそぎ込まれたい。そんな、ぐちゃぐちゃと暴れ狂う欲求を、おやすみのキスに込めた。ラズワードはくっと首を伸ばすとハルの唇に自分のものを押し当て、キスをする。

 おやすみのキスにかこつけて、キスをしたかった。

 しかし、全身を触って欲しい、甘い言葉を囁いて欲しい。そんな残酷なくらいの想いは、一瞬のキスに込めるには大きすぎた。ラズワードはおやすみのキスにしては長すぎるくらいに、じっと、唇をくっつけていた。唇に熱が灯り始めたくらいで、「イケナイ」と思って唇を離す。唇を離せば熱の余韻がずっと残っていて、「物足りない」と枯渇感が胸のなかで叫んでいる。



「ラズ、……おやすみ……」



 これ以上ハルを見ていられなくて、ラズワードはハルの胸に顔をうずめてしまった。

 ハルは魂を抜かれたような顔をして。そっと、ラズワードを抱きしめ、目を閉じた。


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