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 黒に連れられてハルが入ったのは、小洒落たカフェだった。まだ夕方にもなっていないというのに店内は薄暗く、オレンジ色のライトによってクラシカルな雰囲気が創りだされている。年齢層も、ハルや黒よりも上の者が多く、落ち着いた雰囲気。何よりも変わっているのが、カウンターにルーレットやクラップスが用意されていることだ。どうやらちょっとしたカジノゲームを楽しめるカフェらしい。



「ちょうどルーレットの前の席が空きましたね。いってみます?」

「えっ……でも俺、賭け事なんてやったことがないですよ」

「それなら尚更。悩み事があるときは賭博でもやってパーッとした気分になりましょう」



 にこ、と黒は笑うと、ハルをルーレットの前まで誘導した。ハルはそんな黒の後ろをついていきながら、ふと思う。もしかして、自分が悩みを抱えていることを、黒に悟られてしまったのではないかと。温厚なようでどこか鋭い彼ならありえないことではないと思いながらも、ハルは他人に心の内を気付かれてしまったことにため息をつく。

 席につくと、黒とハルは店員にコーヒーを注文した。カジノにコーヒーというのも不思議な感じはするが、これはこれで悪くないもののように思える。



「……黒さん。俺、顔に出ていましたか?」

「いいえ。私が少し敏感なだけです。他の人は気付かないと思いますよ」

「……そうですか。なら、いいんですけど」



 店員がコーヒーを淹れている間、ハルは黒に尋ねてみた。もしも思い悩んでいることが顔に出てしまっていたなら、ラズワードに不安を与えてしまいそうだからだ。きっと彼はまた別のことで悩んでいるのに、こちらまで悩んではいけない。彼の中で悩みの種を増やしては、いけない。



「……なんだか。最近、ラズの様子がおかしくて」

「……」

「ふっと俺の前から消えてしまいそうな、そんな予感がして……怖いんです」



 だから、ハルは誰にも相談できずにこうして一人で悩んでいた。だから……こうして、ポロリと口から出てきてしまった。どことなく底のない心を持っていそうな黒。彼の前にいると、勝手に口から悩みがでてきてしまうのだ。

 黒はそんなハルの言葉を聞くと、すうっと瞳を細めた。ほんの、わずかに。



「……怖いのなら、無理矢理にでもつなぎとめてしまえばいい」

「えっ?」



 店員がカップを二つ、二人の前に置く。ハルは黒とコーヒーに交互に視線をやりながら、ぼんやりと思った。コーヒーよりも彼の瞳の黒は深い色をしているんだ、と。黒はカップを持つと、少しだけコーヒーに口をつけて、目の前のルーレットを見つめる。



「例えば、彼を導く運命が悲劇だとして……貴方はそのまま彼にその道を進ませますか? ハルさんは、何がなんでも彼を引き止めなければ、いけません」

「……ラズの未来が悲劇だとは限らない」

「いいえ――このままいけば確実に彼は悲劇を呑むことになる。彼の先にあるのは、真っ黒な、闇です」



――まるで、全てを知っているように。黒い瞳を持つ彼はそう言った。

 黒に何か違和感を覚えてハルが固まっていると、黒はふっと困ったように笑う。



「……なんて。ただ私はハルさんにラズワードのことを諦めてほしくないだけです」

「……は、はい」

「変な話をしてすみません。……ねえ、ハルさん」



 黒はカップを置いて、すうっとルーレットを指さした。細い指はドキッとするほどに綺麗で、目を奪われるほど。



「ちょっと気分を変えましょう――ルーレットでもやってみませんか」
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