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―――――
―――
―……



「……私……本当に最低だなって思うの……」

「……とりあえず、謝って返したほうがいいんじゃないでしょうか」



 なんとなく投げやりな言葉を吐いてしまって、ラズワードはしまったと思った。……なんというか、正直に言えばイラッとしたのだった。彼女は「自分がノワールに嫌われている」という。しかし今の話を聞けば、全くその要素は感じられない。むしろイイ感じじゃないかと、彼女の思考が理解できなかった。それには彼女について知らなすぎるということもあるが、ラズワードがもった感想は、女の子って難しいなあと、なんとも幼稚な感想だったりした。

 ただ、不愉快に思ったのは、たぶんそれだけが理由ではないと思う。妙に彼女に共感した感情が、今の話のなかにあったような気がする。

 果実が腐ってどろりとした果汁が溢れるような――ジク、と嫌な熱が心のどこかに走る……そんな感情。



「……そうする。……ねえ、ラズワード。貴方は本当に私を恨んでいないの? なんでこうして私の話を聞いてくれるの?」

「……だから……俺は奴隷商たちのことはなんとも思ってないって言っているでしょう。別にいい人ぶっているわけでも、許したというわけでもありません。あの施設での記憶なんて……あの人のこと以外どうでもいいんです」

「……ノワール? ラズワードは、ノワールが今までで唯一専属の調教師になった奴隷だよね? あのときは、一日中一緒にいたんでしょう? ……どんなことを話すの? 私、調教師としてのノワールを知らないの」



 リリィは興味ありげに目をパチパチと瞬かせた。ラズワードはそんな彼女を、ああ、恋をした女の子はこんな表情をするのかと、そう思って見つめた。可愛らしい、愛らしい、そう思うと同時になぜか嫌気がさした。――自分とは、違うな、と。



「――教えません」

「えっ、どうして!」



 すっとラズワードは立ち上がる。ぽかんと自分を見上げるリリィに、ラズワードはにっこりと微笑みかけた。



「では、ルージュ様。さすがに傷心中の貴女に手をだしたいとは思えないので、申し訳ないですが今日はこのへんで。またお会いできたら嬉しいです」

「……ま、まってよ……! ラズワード、貴方は、ノワールのこと……」

「ああ……ノワール様のことですか? 俺は、あの人のことを――」



……そこまで言って、ラズワードは口を噤(つぐ)んだ。あの人のことを? なんだ? 殺したい、助けたい。……なぜ? 約束だから? 本当にそれだけ? 



「……じゃあ、さようなら、ルージュ様」

「え……ら、ラズワード……!」



 リリィが立ち上がって、ラズワードの名を呼ぶ。しかしラズワードは振り返らなかった。ノワールのことをコレ以上考えてはならないと、そう思った。そうだ、きっと彼女こそがノワールの側にいるのに相応しい存在だろう。あんなにも純粋に彼を想っている女(ひと)ならば――



「ら、ラズ!」

「……ハル様……と、エリス様。ずっと見ていらしたんですか?」



 物陰から、ハルとエリスが飛び出した。エリスは最後まで隠れていようとしていたのか、勢いで飛び出したハルを恨みがましく見つめている。焦った様子のハルはそんなエリスを放っておいて、ラズワードにつめよった。



「お、おまえ……! 俺という存在がありながら女の子になんてことを……!」

「……すみません。でも神族の情報を得るために利用しようとしただけです。……思った以上にルージュ様が普通の女の子だったので良心が傷んでやめましたけど」

「利用って……えげつないなおまえ! っていうか理由はどうでもいいの! 俺以外の奴とああいうことするのが問題なの! ラズがああいうことしていいのは、俺とだけ!」

「……あの人は散々人を貶すようなことをしていましたからね、これくらいいいかなって思ったんですけど……まさかあんなふうに純粋な恋心をもっているとは思いもしませんでした。……それはさておき、ハル様、ごめんなさい。俺は誰と交わったとしても、ハル様を好きだという気持ちを忘れないという自信があってああいうことをしてしまいました。……でも、俺のそんな考えなんて関係ないんですよね。……ハル様のことを考えていなかった。嫌ですよね、どんな理由があっても俺が他の人の逢引なんてしていたら」

「あたりまえだ! 俺は自分にそんな自信があるわけじゃないし……あんな美人とああいうことをされたら、もしかして俺に飽きちゃったのかなってそう思っちゃうんだよ! 怖いんだって、ラズが、俺から離れていく可能性を少しでも感じるのは……」

「……すみません……ハル様、本当にごめんなさい。俺が好きなのは、ハル様だけです、それは絶対に変わらないですから……!」



 ラズワードはハルの怒っている様子に、改めて今回の自分の行動が走りすぎていたものだと、そう思った。ハルが傷つくだろうと考える余裕もなく、リリィがルージュだと気付いた瞬間に、衝動的に行動してしまったのだ。これを逃したらもうチャンスはないだろうと。

――いつも、ノワールのことになると冷静に欠けてしまう。

 なんて恐ろしいことだろうと、思った。



「……まあ俺はラズのこと信じているし……いいよ、今回だけね、許してあげる。次……そういう諜報活動みたいなことしたいならさ、別の手段とってくれると嬉しいな」

「……はい。すみませんでした……」

「んー、じゃあ、ラズの反省の気持ち教えて欲しいなー。今夜はさ、俺の言うことなんでも聞いてね」

「……言うことって……」

「朝言ったやつ、本当にやろうか。首輪つけて猫プレイしよ!」

「犬じゃありませんでしたっけ」

「リノにもらったバイブが猫のしっぽの形だったから」

「ああなるほど……」



「……ねえお前ら俺の存在忘れてない!?」



 今すぐにハルに抱いて欲しいと思ったのは、きっとこんな恐ろしい雑念を消してしまいたかったから。
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