5


「どうかお願いします!! 貴方にしか頼めないんです!!」

「……」



 今日もいつもどおりラズワードはハルのハンター業の代行をする日であった。今朝ハルに伝えられた情報によれば、今日の悪魔はレベルAの女の悪魔で、天界の中でも治安が悪いことで有名なアルビオンという街で多くの天使を殺害しているのだという。そもそもハンターが犇(ひし)めいている天界の街の中に住んでいるという時点でとんでもない強敵であることは間違いなく、ラズワードは気を引き締めてアルビオンに向かったのだが。

 思ったよりもその悪魔はすぐに見つけることができた。赤っぽい長い茶髪の髪に可愛らしい顔立ち、露出は多いがふわふわとした装飾品のおかげかあまり下品さを感じない服装。そんな彼女はわけのわからないことに、ラズワードのことを見るなり駆け寄ってきて突然ひれ伏したのである。



「頼みを聞いて頂けたのなら、私の首を差し出しますから! 私を狩りに来たんでしょう? だから……」

「ま、まってくれ……いきなりそんなことを言われても困る、そもそもなんで俺に……」



 女の頼みとはこんな内容であった。

 アルビオンの一角には、多くの娼館があるのだという。その中でも一際大きな娼館『ディーバ』にいる娼婦を彼女は救いたいのだそうだ。大分昔にここに連れてこられた彼女は、初めにそこに来た時はとても純情で優しく、そして気高い人物だったのだそうだが、ずっとそこにいるうちに気がふれたかのような言動が目立つようになってきた。その原因は言うまでもなく彼女の性に合わないであろう売春であり、しかも彼女はディーバの中でもトップの座についているらしくおかしな客も多い。無理を強いられ、彼女はますます精神的に追い詰められているのである。

 デイジーがこの街で天使を殺害しているのも、聞くところによればその娼婦に無理強いをする厄介な客を殺しているのであって、楽しんでやっていることではないらしい。

 しかし、そうして天使を殺害してまわっていることがその娼婦にバレて彼女に思いっきり嫌われてしまったのだそうだ。「もう二度と私に関わるな」とまで言われたらしい。しかし、そう言われて悲しみにくれながらも言われたとうり殺害はやめ、彼女にも関わらないようにしていたある日、彼女に今までで一番と思えるくらいに酷い客がついた。どうやら貴族の男のようで、彼女の心を抉るようなことをしているらしく、彼女は日に日に目に見えるように衰弱していった。

 だから、彼を彼女から遠ざけて欲しいのだと、デイジーはラズワードに頼んでいるのである。



「俺は貴族に楯突(たてつ)くくらいの権力を持っていないし、むしろそういう人達と問題を起こしたくない。俺の主人に迷惑がかかる」

「でも……貴方ほど魔力を持っている人滅多にいません……。その方はとても強い魔力を持っていて、下手にそこらへんの人に頼んだらその人が返り討ちにあってしまいます。お願いします……」

「……そもそも、わざわざアルビオンにきて娼館にいくなんてどんな物好きなんだよ。普通、貴族なら奴隷でも買うもんなんじゃないのか」

「……レイヴァースという貴族を知っていますか? 「騎士」を名乗る貴族の中で今最も大きな勢力を誇る……今度レッドフォード家の護衛に名乗りでるとも言われているんですけど……」

「……レイヴァース……!?」




 デイジーの頼みなどさらさら受け入れる気のなかったラズワードは、『レイヴァース』の名を聞いて顔色を変えた。聞き覚えがあったのである。

 昔、「騎士」のトップの家系といえばワイルディング家であった。三大貴族レッドフォード家の護衛を務めるほどなのだから、当然ともいえることである。

 そして、二番手と言われていたのがレイヴァース家である。レイヴァース家はトップであるワイルディングに激しい敵対心を持っており、ワイルディング家とレイヴァース家の仲は最悪と言っても良いほどであった。ワイルディング家が没落しそうになった際には度々イヤミを言いに来たり、そしてワイルディング家が没落するとレイヴァースは晴れて騎士の頂点を名乗ることができるようになったのである。

 ラズワードはその存在を秘匿(ひとく)されていたためレイヴァースの者とは顔を合わせたことがない。しかし、彼らのおかげでワイルディング家の者たちが辛い思いをしているのをよく目にしてきたのだった。


「……助けるって言っても……どうやって? 娼婦を身請けするほど俺は自由に金を使えない」

「……懲らしめてほしいんです。もう二度とあの方に近づかないように」

「……そういうことをやっておまえはその娼婦に嫌われたんだろ。彼女は自分の客を傷つけられたくないんじゃないのか」

「……でも……」



 デイジーはしゅん、と俯く。ラズワードも意地悪で言っているわけではなく、あくまでハルに迷惑をかけたくないという理由で断っているだけのため、実際のところ心を痛めていた。デイジーの気持ちに共感できないわけでもないし、ラズワード個人としてもレイヴァースは気に食わない。

 どうしたものか、とラズワードが悩んでいた時のことである。



「――」



 どこからか、女の声が聞こえてきた。少々枯れ気味の声だがどこか気品のある声。誰の声だろうと思ってラズワードがあたりを見渡すと、少し離れたところで男女が話をしている。声の主と思われる女性はラズワードからは背中だけしか見えないが、その大きく背中の開いた服からのぞく綺麗な肌、さらさらとした長い髪から美女を連想させた。

 ぼーっとラズワードが彼女を見ていると、デイジーがちょいちょいと袖を引っ張ってくる。顧みれば、彼女は口をぱくぱくとさせ、小さな声で呟いた。



「あれ……あれです……! 私の言っていた娼婦……!」

「……え!?」



 驚いてラズワードはもう一度、女性をみる。よく見てみれば、彼女は男を誘っているようであった。客引きをしているのだろう。しかし、男は見るからに金を持っていないような風貌で、やはりというべきだろうか、首を横に振り去っていく。



「私、隠れていますから……ラズワード様、ちょっと彼女に話しかけてみてくれませんか?」

「え、まて……」

「じゃあ、お願いします!」

「おい……!」



 ラズワードが引きとめようとするも虚しく、デイジーはぴゅうっと走り去っていってしまった。

 ため息をつきながらもラズワードはちらりと娼婦を見つめる。彼女は男に断られたことを気にもしないようにくるりと辺りを見渡している。頭にかぶっているベールのせいで顔はよく見えないが、まだ若い女性のようである。彼女はラズワードを発見するなり近づいて来た。




「そこの御方。お時間ございますか?」

「あ……」



 まだ距離も詰まっていないというのに彼女は声をかけてきた。どこか覚束無い足取りで歩き、長い髪を揺らし、彼女は歩み寄ってくる。完全にラズワードに狙いを定めたようだ。周囲の人々と比べて服装も綺麗なうえに、明らかによそ者であったということもあるだろう。

 自分からいかないですんだのはいいが、どうやって話を進めよう、そうラズワードが考えた時である。



「……?」



 ラズワードは目を凝らす。悪いというわけではないが特別良いというわけではない視力ではまだ彼女の顔ははっきりとは見えない。しかし、その体つき、纏う雰囲気。どこか、既視感を感じたのである。

 彼女はそんなこと全く思っていないのだろう、構わず近づいてくる。

 しかし、ラズワードが彼女の顔をはっきりと目で捉えた瞬間。彼女もほぼ同じタイミングでラズワードをはっきりと認識し。お互いに、ピタリと動きを止めた。



「――……っ」



 先に動いたのは彼女であった。彼女は目を見開き、一気に青ざめたかと思うと、すぐにラズワードに背を向けて走り出したのだ。



「――待っ……」



 ラズワードは弾かれたように走り出す。驚きと困惑で頭が真っ白になりかけたが、本能で彼女を追いかけた。元々それなりの距離があったため、すぐには追いつかない。それでもラズワードは必死に走り、そして、叫んだ。



「待って、――姉さん!」



 ラズワードの本能を揺すったもの。それは――あのときルージュに連れて行かれてから一度も、訳百年もの間会っていなかった、姉・アザレア。一瞬だけ見えたその顔は、紛れもなく、彼女であったのだ。

 高いヒールの靴を履き、以前よりもやせ細った脚。ラズワードがすぐに追いつくことは難しいことではなかった。腕を伸ばし、ラズワードはアザレアの腕を掴む。そのあまりの細さにぎょっとしたが、動揺を隠しながらも彼女に問う。



「……姉さん、ですよね。俺のこと、わかりますか……?」

「……っ」



 彼女――アザレアは、恐る恐るといった風に振り返った。瞳を震わせ、怯えるように身を縮こめる。離してほしいとでもいうようにラズワードから顔を背け、そしてか細い声で言う。



「……見ないで……」

「え?」

「見ないで……ラズワード……今の、私を、見ないで……」



 そのあまりにも悲痛に満ちた声にラズワードは思わず手の力を緩めた。すると、アザレアはガクンと膝から地面に崩れ落ちて手で顔を覆う。肩が震えているのをみて、ラズワードは彼女が泣いているのだと気付く。狼狽しながらもラズワードはアザレアに合わせてしゃがみこみ、そっと肩に触れ顔を覗き込むと、アザレアはびくびくとしながら手をどけて、その濡れた瞳でラズワードをちらりと見上げた。



「……幻滅、したでしょ……ラズワード……私が、こんなに薄汚れたことやっているなんて……」

「……姉さん、もしかしてあの時神族に言われた新しい仕事って……」

「……そう……! ここで体を売る仕事……! ずっと……ずっと、私、ここで……」



 アザレアは絞り出すような声でそう言うと、ラズワードの手を払いのける。そして、地面に手をつき、くつくつと嗤いだした。



「笑える……ほんとに、……はは、だって、……あのとき剣を握っていたこの手は……! 今、男共のチ××を握って! ねえ、このあの方の名前を呼んだ口で、ヤラしい言葉を吐いて!! 大切な人を守るために与えられたこの肉体はねえ、きっと、今、臭うでしょ! なんの臭い、ほら、散々ぶっかけられた精液の……」

「姉さん、」

「ふ、はは、ねえ聞いてラズワード。私、堕ろしちゃった」

「……え?」



 ばっと顔をあげ、アザレアはラズワードを見つめる。その瞳孔は開き、視線は定まらず、あまりにも昔と違うその瞳にラズワードはぎょっとする。



「私ね、……エリス様の子供できていたの。……はは、堕ろしちゃった。っていうか流産した。毎日毎日マ××ガツガツ突かれるんだもん。死んじゃった、私の赤ちゃん」

「……!?」



 ひく、と唇の端を引きつらせながらアザレアは嗤う。そして、突然唸り声をあげたかと思うとラズワードの胸元にしがみつき、泣き始める。その変貌ぶり。昔、憧れて、焦がれて、愛した姉の堕落っぷりにラズワードは激しく動揺した。頭が真っ白になって、何も言葉が浮かんでこない。へたりと足の力が抜けて、尻餅をついてしまう。

 幻滅したか。――正直のところ、はっきりとは否定できなかった。アザレアがとてつもなく酷い目にあっていたことは理解できたし、それによって少し性格が変わってしまうことも納得できる。しかし、彼女はラズワードにとっての光だった。目指したものだった。それが、こう変わってしまってショックを受けるのは仕方のないことだろう。

 それでも彼女は昔、世界の底辺を生きたラズワードを愛してくれた人。拒絶することなどできるはずもなかった。むしろ、救わなくては、そう思った。ラズワードは未だ心の整理がつかないものの、ゆっくりとそのやせ細った背に腕を回し、アザレアを抱きしめる。



「姉さん……逃げよう。アルビオンの外に……」

「……無理に決まってる。みて、この胸元にある刺青。これがある人間はね、売女の証なの。これがある人間が街の外にでようとすれば、憲兵に殺される。……憲兵は強い、レベル4の悪魔だって倒せるくらい……」

「……大丈夫だよ。俺がついていれば。憲兵程度の人間が何人いようがそこを掻い潜る自身はある」

「……まさか、」



 アザレアがはっと笑う。そして疑うような眼差しをラズワードに向け、吐き捨てるように言った。



「簡単に、言うのね。……貴方を信じることができると思う? 貴方は体をつかって媚を売ることしかできなかったやっすい人間じゃない。他になにも手段を持っていなかったのよ、そんな貴方が……どうやって私を連れてここから逃げるって? 無理、貴方に私を救うことなんて、絶対に……!」

「――黙れ」



 ラズワードはぐい、とアザレアを引き寄せる。アザレアを包み込むように抱きしめ、息を荒げる彼女の背を優しく撫でる。



「俺はもう、姉さんの知っている俺じゃない。戦うための力をもっている、大切な人を救いたいって意思がある。……後ろばかり見ないで、前を見ろ、今貴女の前にいるのは俺だ。自分の未来をこんなところで捨てるなよ、……どうせ捨てるんなら、俺に全部委ねて。……俺を信じて!」

「だって……! もう、百年も! 誰も、ここから逃げられた人はいない! 何人も脱走しようとした、屈強な戦士が娼婦を救おうとした……! でも、だめだった! それなのに貴方にできるはずがない、貴方の無謀な賭けに巻き込まれて死ぬのはごめんよ!」

「できる……俺は――貴女の幸せを邪魔する者たちの誰よりも、強い!」

「――……っ」



 ふと、アザレアが黙り込む。恐る恐るといったふうにラズワードの瞳を見つめ、唇を噛んでいる。

 深いブルーの瞳に宿る強い光に、何かを感じたのだろうか。『オリヴィア』の瞳とは、同じ色なのに、違う色。自分の肩を抱くその手は大きくて、力強くて。アザレアは、そう、ラズワードが昔とは変わっていることにようやく気付いた。

 そして、吸い込まれるようにその瞳を覗き込む。



「……でも、私……もう、外を歩けるほどに綺麗じゃない。わかるでしょ……? 私、こんなに穢いんだよ……?」

「――汚くありません!!」


 
 アザレアの言葉に反応したのは、物陰に隠れていたデイジーであった。ぎょっとして固まるラズワードを気にする様子なくデイジーはアザレアに近づいていく。アザレアはわかりやすく嫌悪の感情を顔にだしていたが、デイジーは――アザレアに口付けた。



「〜〜ッ!?」



 先に反応したのはラズワードである。勢いよく立ち上がり、デイジーと呆然とするアザレアの間に割って入り、胸ぐらに掴みかかる勢いでまくし立てた。



「おまえ何してんだよ! 無理やりキスするとかふざけんな、っていうか姉さんに手を出すな!」

「貴方がアザレア様の弟なんてきいていませんよ! 卑怯です、それって……それって……同じ屋根の下に住んでいたってことでしょう夜這いし放題じゃないですかふざけるな羨ましい!」

「お前と一緒にすんなこの発情猫! 俺は姉さんをそんな目で見ていない!」

「うるさいですよこのシスコン! 私を裏切るなんて……アザレア様を私から奪うなんて……絶対に許さないんですからね!!」



 ぎゃんぎゃんと言い合いをする二人をアザレアはオロオロとしながら見上げている。



「気が変わった、おまえ今この場で狩ってやる。首を差し出せ、大人しくしてれば一撃であの世に送ってやるよ」

「は、やってみなさい。一端(いっぱし)のハンターなんて目をつぶりながらでも殺せます。貴方に私が殺せるんですか?」



「ちょ、ちょっと……!」



 お互いに武器を抜いた瞬間、流石にアザレアが止めにはいった。後ろから抱きつき、今にも斬りかかろうとするラズワードを抑えようとする。デイジーはそれをみて悲鳴を上げていたが、アザレアは渋い顔をしながらデイジーに諭すように言った。



「……デイジー、どうして貴女がラズワードと知り合いなの? まさか、変なことラズワードに頼んでいないでしょうね」

「うっ……」

「どうなの。正直に言って。ラズワードにまで人を傷つけるようなことさせないで」



 厳しい口調で言われ、デイジーはしゅん、と俯いた。アザレア相手にはいやに素直だな、とそれを見ていたラズワードは思って少々面食らう。一応彼女がアザレアのことを本気で救いたいと思っていることをラズワードは知っていたため、二人の間に入るようにして言う。



「まあ……デイジーも悪気はないみたいだし……俺も変なこと頼まれたわけじゃないよ。あんまり彼女を悪く思わないでやってくれ」

「……人を平気で傷つける人は嫌い。……どんな理由があったとしても」

「……」



 それを言われたら自分もアザレアの嫌いな人に入るな、と思ってラズワードは黙り込む。たぶん自分は大切な人を傷つける人が現れたらその人を容赦なく切り捨てるから。確かに自分のために人が殺されるのだと考えればそれは辛いことだろうな、と改めてラズワードは思う。

 何をいえばいいだろう、そう思っていると、デイジーがぐいっと近づいて来た。そして、ぷるぷると拳を震わせながら叫ぶ。



「だったら……! アザレア様は、自分を犠牲にするっていうんですか……!? 人を傷つけたくないから、自分が耐えるしかないってそういうんですか?」

「……人を殺すくらいなら、私はそれでいい。私には価値なんてないの。どんなに蔑まされても、どんなに痛めつけられても、だからって私が抵抗してその人を傷つけていい理由にはならないでしょ」

「な……自分には価値がないなんて、そんなこと絶対に言っちゃだめなんですよ! 貴女が泣いているのを見て心を痛めている人がいるんですよ! アザレア様、貴女は汚くなんてない……こんなに、こんなに愛されているのに……!!」



 ひく、としゃくりをあげてデイジーが泣き出した。あ、と思ってラズワードが彼女に近寄ろうとすると、後ろから手を引かれる。



「……行きましょう。ラズワード」

「え……」

「……泊まるところ決めてないでしょ。こっちにきなさい」



 こんな状態のデイジーを無視するのかと、流石にラズワードはアザレアに不信感を抱きそうになったがその表情を見てはっとした。俯いた彼女の唇は微かに震え、ラズワードのシャツを握る手は不自然に力がこもっている。



「アザレア様……っ」



 涙混じりの声で叫んだデイジーをよそ目にアザレアはそのままラズワードを連れてどこかへ行こうとしている。ラズワードはその声に引っ張られるように振り向いた。アザレアに小さく「待って」と言って、デイジーのもとへ歩いていく。そしてデイジーの目線に合わせて少しだけ屈んで、彼女にだけ聞こえるような声で言った。



「……大丈夫、俺にまかせて」

「……」

「デイジーの言葉はちゃんと姉さんに届いている。姉さんはきっと変わるよ。デイジー、さっきの言葉、俺も聞いていて嬉しかった」

「……――ね、」

「え?」



 ぷるぷると震えるデイジーは、バッと顔を上げてラズワードを睨みつけた。顔を真っ赤にして、涙で瞳をグシャグシャに濡らして。



「抜けがけしたら、許さないんですからねっ!!」

「――わかってるよ」



 はは、とラズワードは笑って、デイジーの頭を撫でてやる。デイジーは乱暴にラズワードの手を振り払うが、それでも泣き続けていた。ハンカチで涙を拭いてやろうとするとそれを奪われてラズワードは苦笑する。ハンカチを握り締め、それで顔を覆い、デイジーは小さな声で言う。



「ラズワード様……ありがと」

「……うん」



 もう一度頭を撫でてやると、今度は素直に受け入れていた。ハンカチからちらりと目を覗かせて、デイジーはちょっとだけ笑う。ラズワードが微笑みを返してみると、デイジーは俯いて顔を隠してしまった。



「じゃあ、またね。デイジーは安心して待っていて」

「……」



 こく、とデイジーは頷く。それをみて、ラズワードはなんとなくほっとして、アザレアのもとに戻った。アザレアがどことなくデイジーを心配するように見ていて、ラズワードは誰にみせるわけでもなく、安堵したような笑みを漏らす。

 去っていく二人の後ろ姿を、デイジーはいつまでも、見つめていた。
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