馬鹿にしてるのか
カチリ、
別にそう珍しい事でもなく、ただそいつと通りすがったというだけなのに視線が混じれば余計な一言が出てきてしまう。
「なんだよ、」と。
ありもしない不機嫌さを付け加えて吐き出す言葉に、良い返事など返ってくるはずもなく、そいつの元々悪い目つきがさらにつり上がる。大体誰かが近くにいて、待てだの落ち着けだのと仲裁に入って大事にいたらず終わるのだけれど、今日は運がいいやら悪いやら、その他がいなかった。
俺も俺だとは思う。
だいたいたった一つ上だといっても、相手は学年の特攻と言われ、仮にも武闘派と呼ばれる最上級生の後輩なのだから、俺よりも充分に実力は勝っていた。
負けず嫌いな自分の性格をうんざりとするほど突き付けられる瞬間でもあるのだけれど、それでもきっとその方向は目の前の人とは方向が違っている。だからこそ、煮える心臓に垣間する痛みが異様に染みて泣きだしそうなほどに辛くなる。
「っち、」
まっすぐに向けられた拳がよけられた事が気にくわなかったらしく舌打ち。一発目はいい、その後が異様に早く反応が遅れ左頬にかすった。瞬間除けることも含めて後ろに反転するために足を振り上げたのにかすりもしせず空を切った。
いつからなのだろう、と逆さに垣間見た先輩の姿を視界に入れつつ次の体勢に持っていく。
その間にも素早さは衰えず、俺よりも早く次の攻撃態勢にあった相手は俺に詰め寄ってきたので攻撃よりも引く手を取るしかない。
俺が構えを立て直した時に出来た二人の距離はせいぜい五歩分だろうが、たぶん先輩なら勢いで三歩分地面を蹴り上げれば俺を射程圏内に入れられる。ならばこちらが先手を打たなければ隙をすべてあちらにもっていかれる。もう勢いしかないと蹴り出した瞬間、一気にあちらの殺気が消えた。それが作戦なのか本気なのか一瞬戸惑って、終わったと思った。
「お前だてにい組してきたわけじゃねぇんだから、頭悪いわけじゃねぇだろ」
だから、放たれた言葉の意味を理解するのにやけに時間がかかった。そんな俺を見て呆れ顔をあからさまにして先輩は背を向ける。
「ま、待てよ!」
「アホなてめぇの相手してるほど俺も暇してねぇの」
「くっ」
いつもなら饒舌にでてくる嫌みの言葉が出てこない。それは突き付けられたものが俺と先輩の決定的な違いを意味するものだと感じてしまったからだ。
俺と先輩が常々争うのは日常過ぎて誰もおかしいことだとは思わない。生意気な後輩が喧嘩っ早い先輩を挑発している程度のことで、それは俺達以外にこの学園で歳が近ければよくある光景。
悔しくて視線をはずしても遠くなっていく足音を拾う己の耳が疎ましかった。
「背後狙わねぇとか俺に勝つ気ねぇだろ」
足音混じりで捉えた音に詰まっていた喉は勢いよく毒を吐き駆けだした。
「馬鹿にしてるのか」
吐けない想いはいつだって
届かない拳に込めて振りかざし
掠りもしないとにぎり返し
それでも貴方の瞳に浮かびたくて
挑み続ける私を貴方は笑って許してくれますか
2010/04/24/
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