鉢富

とつとつと私の影を追う姿に横目をやりながら、揺らんでいく夕焼けを歩く。歩数を合わせることは簡単だけど、そうしないのは私の我儘だと思ってほしい。

「茶屋が見えるな、休もう」
「あ、はい」

追うのに懸命だったのだろう。久しぶりにあげられた額には汗が滲んでいた。私が表側に腰を下ろせば自然と隣に彼は座る。そんな当たり前のことさえ安堵を覚える自分が少し切なく感じるのだけれど、今起こっておいるものは至って本当に当たり前の事。
はたと注文も済ませ事を振り返る。もう卒業前の春が覗く季節に、最後を味わうように学園をふらりとしていれば丁度学園長に出くわし頼まれごとをした。そこにたまたま、本当にたまた彼、紫色の制服をまとわせて富松作兵衛が通りかかり学園長の目に止まった。いつもの思いつきだったのだろうが、予想外の展開に驚きながらも顔色は変えることなく冷静を装った。それにきっと彼は忙しいから断るだろうと思っていたんだ。そう、まさかあんなにあっさり、承知するなどと思わなかった。

「すいません」

ぽつり、と唐突に零すそれに現実に戻される。隣を見やるとまだ私とは体格差がある成長期の小さな体がさらに肩身を狭めていた。

「なぜ謝るんだ」
「…鉢屋先輩なら私がいない方が早く終わったと思うので」
「そんな事はないさ、それにそれなら富松は最初から断っていただろう。お前の同行の目的は私を超すことだったか」
「それは」
「年の差ひとつとは思った以上に差があるものだ。私とお前では二つ違うだろう。それに体格差だってあるし、そんなに簡単に私を越されたら私の立場もないしな。それでもついてきたのはどうしてだ」

解っているんだ。それでも富松の口から聞きたいと思った。よく同級生に口うるさく言っているのも、名を呼び続けている姿も見るが、逆に先輩に対して口をそう開く姿は見たことがない。そう思い出せば続けて彼の尊敬して止まない先輩の後ろを従順に追いかけていた記憶がよみがえった。

「まじかで先輩から学びたかったんです。もう機会もないと思ったので」

それはそれはまっすぐな視線で嘘の欠片も匂わせない様子で富松は答えた。そんなに正直すぎてはこれから苦労してしまうだろう、と心配になるほどの純真な瞳はやはり私を貫いた。
その頃丁度注文していた品が運ばれてきて遮られた会話に救われた。なにせ私は返す言葉を失っていたから。そこからどちらともなく出てきた団子に口をつけて茶をすする。
ちらりと横目で様子を窺えば、丁度私側から見える口はしに団子のたれをつけていた。さすがに私の視線に気が付き、富松の手がふき取りにかかる隙をかいくぐり、輪郭を包むようにそえ、そこを親指で触れる。柔らかな頬の感触はまだ幼さをまとっていて、驚きでこちらに目線をよこす。何気なく拭った指を己の唇に近づけてなめとれば、甘いみたらしが一瞬で口内で溶けて消えていった。

「私も残せてよかった」
「え」
「最後に後輩に残せるものがあって、本当によかったと思うよ」

しばらく呆けた顔をしていた富松だったが、意味を理解したのだろう。満面の笑みでありがとうございます、と返してくれた。

せめてその記憶に残るなら、私も今日という日を心に閉まって君の記憶にこの想いを置いていこう。旅立つ時は荷物が少ない方がいいのだから。

「恋の終わりは嘘で結んで」





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