「樹さんにします」


小さな決意と共に顔を上げると、傍に立っていたマスターと目が合った。
どうやらじっとこちらを見つめていたらしい。


「…………」
「ま、マスター?」


どう対応していいのか分からず、相変わらず人に考えを読ませないその瞳をただじっと見つめ返す。
沈黙の数秒間。


「なるほど、樹くんか」


そう呟くと同時に、視線は樹さんのいる方へと向けられた。
ふむふむ、という言葉がぴったりな様子で小さく頷くマスター。

――なんだ、この置いてけぼり感は。


「あの……」


カラフルな服の裾を小さく掴んで声を掛けると、マスターは「おっと」とわざとらしい反応と共にこちらを振り返る。


「うん、いいと思うよ。君と樹くん!」
「そう、かな?」
「どちらも知っている僕が言うんだから間違いないよ! でもどうして彼を選んだんだい?」
「え?」

「頼れる人というなら常葉さんがいるし、女の子に優しい人というなら伊吹くんがいる。ナナちゃんはまあ、あんな態度だけど、頼まれたことはきちんとこなしてくれるし。どうして樹くんがいいと思ったの?」


一人一人名前を挙げながら指を折るマスターに、どこか試すような声音でそう尋ねられた。

確かに彼の言う通り、他の三人もそれぞれ素敵な人なのだろうとは思う。
四人とも癖のある風だったけれど、それはまあ言い換えれば個性があるということで。

伊吹さんとの99日。
七瀬さんとの99日。
常葉さんとの99日。

きっと、他に無い特別な時間を過ごせるはずだ。

――でも。


「まだ少しだけしか話してないけど、樹さんは誰かを尊敬したり心配したりが自然と出来る人なのかなって。そういう人に悪い人はいないって、教わったから、その」


どうしたら上手く伝えられるだろうかと考えながら答えると、出会ったばかりの人について勝手に語っていることが恥ずかしくなってきて、語尾に行くにつれて段々声がしぼんでいく。
ちらりと盗み見たマスターの表情は、明らかに楽しんでいる人のそれだった。

(私、何言ってるんだろう……!)


「やっぱりなんでもないです!! 忘れて……!!」
「なーんだ、ちゃんと考えてるんじゃないか! 大丈夫、君の予想は外れていないよ」


必死に否定する私をくすくすと笑いながら答えるマスターを見て、両手で顔を覆った。
何というか、もう、居たたまれない。


「もう嫌だ……」


小さくそう零すと、マスターは先程までのからかうような笑みから一転して、柔らかい微笑みを浮かべる。


「ほら小春ちゃん、顔を上げて?」


幼馴染と同じ声で呼ばれた名前。身体に染みついていたのか、自然と顔を上げていた。


「99日間は長いようで短い。沢山話して、沢山笑って、彼を知っていけたらいいね」
「……はい!」



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bkm

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