「そういえばさ、アルト君の故郷って正月を祝う習慣在った?」

 ボンゴレ棟の談話室で綱吉からイタリア語を教わっている最中、横でパソコンを開いてスパナとあれこれ話し込んでいた白蘭が不意に投げ掛けてきた問いに、はてどうだったろうかと視線を宙に投げた。

 両親が健在だった頃は二人が国際結婚だった事もあり、父母両方の母国の伝統料理を一月一日に食べていたけれど、祝日というよりは記念日のような扱いだったように思う。
 二人の死後はハンターを目指す為の勉強と身体作りに勤しみ、ライセンス獲得後はあちこち旅行していたので、気付けば年を越していた事ばかりだった。なので他人はどうだか知らないが、俺個人にそういった習慣は無い。今思えば世間の過ごし方を然程気にしない一家でもあった。

「在った…のかもしれないけど、俺は縁が薄かったですね」
「伝統行事とかあんまり興味無いタイプ?」
「いや、寧ろ体験したいタイプですよ。特に料理は国柄と言うか、地域差も個性も出ますし」

 単語の書き取りを進める手を止めてしまった俺を咎めるでもなく話に乗ってくれた綱吉の言葉に緩く首を横に振ると、シャープペンシルの頭を顎に宛がった綱吉が何やら思案気に眉を寄せた。
 イタリアで生活するにあたって最低限必要な、公共施設を始めとした街中で頻繁に見かける単語や常套句を教えてくれる綱吉も元の生まれと育ちは異国だそうで、勉学に励んでイタリア語を習得したからか教え方が巧い。態々言葉を覚えて移住するぐらいにこの国が好きなのかと思っていただけに、そんな顔をするのは少し意外だ。

「俺こっちの正月料理ちょっと苦手なんだよな…」
「どんなの食べてるんですか」
「定番の組み合わせがザンポーネとレンティッキェって料理で、ザンポーネは豚足の形してるソーセージでさ。形って言うか、実際に骨を抜いた豚足に味付けた合挽き肉を詰めてるんだけど…俺が母国で住んでた地域には豚足食べる習慣無かったのと、見た目がやっぱさ、ちょっと。健康第一を祈願する品なのに脂っこいし」

 綱吉の手で、ノートの余白部分に「Zampone」と「Lenticchie」の文字が書き足される。イタリア語の良い所は単語の綴りが割と英語に似ている点だ。語尾が独特の発音である事が多いので聞き取るにも喋るにもまだまだ苦労するが、耳で捉えた音が殆どその儘文字になっている場合が多い。

「僕レンティッキェ割と好きだな。茹でたレンズ豆にトマトソースかけた奴だよ、こういうの」
「ウチもあれは食べる」

 横長のテーブルを前に大人が五人は座れるだろうソファーに腰掛け、少し離れた位置に居た白蘭が幾らか距離を詰めてスマートフォンの画面を見せてくれる。そこそこ粒の大きな赤紫と焦げ茶の間をとった色合いの豆がとろりとしたトマトソースと共に皿へ盛られ、或いは鍋で煮込まれた画像が幾つか並んでいた。

 画面をスライドさせると、確かに豚足ソーセージも一緒に盛られた写真がちらほら出てくる。個人的な感想だが見た目は強烈の部類に入るだろう。
 仕事柄、食べられるものは取り敢えず口に入れてみる事は多々有ったものの、どれだけ味が良くとも外見が好きになれない料理というのもやはり在った。主に育った環境の影響なのだろうけど、自分の中で"食材"とみなしていない生き物が他国では家庭の食卓に並ぶと知った時の気持ちは何とも言い難い。

「基本的には正月当日より、一年最後の日の十二月三十一日の方がメインっぽい雰囲気あるけどね」
「あー、だな。俺初めて見た時びっくりした」
「その日は何があるんですか?」
「馬鹿騒ぎ」
「お祭り騒ぎ」
「人災事故」
「えっ」

 何故か物騒な発言をしたスパナに思わず顔が向いたが、他二名の言い様もなかなかである。しかも何方もスパナの答えに突っ込みもしなければ否定もしない。どういう事だ。俺の反応が面白かったのか、薄く笑む白蘭がソファーの背凭れへ寄り掛かりながら片手を振って言葉を足す。

「いかにもー、な催しも在るよ? チェノーネって言って、三十一日は大多数のリストランテが晩餐会メニューを出すんだ。これも地域と店舗で差はあるけど…ロビーで食前酒とつまみ出されるのは何処も変わらないかな?」
「何でロビーで…」
「料理を出来立ての状態で振る舞えるように、予約客を集めてから最終的な準備始める所が多いみたい。前菜はバイキング形式だから、バラバラに来られたら後から来た客が食べる料理はどうしてもぬるくなっちゃうでしょ?」
「あー…」
「その後にちょっとした皿が三種類ぐらい出て、間に舌を休めるのにシャーベットとかジェラート挟んだらメイン」
「肉と魚どっちも出してくる所多いよな。一皿で良いし、出来れば選びたいんだが…」
「分かる。去年あれだよね、スパナ鴨肉苦手なのに鴨のロースト来ちゃったもんな。しかも付け合わせの野菜もポテトとか腹に溜まる奴…」

 こく、と小さく頷くスパナの双眸が当時を思い出したのか少しだけ不満そうに細められる。俺も鴨は好きでも嫌いでもない。上等な物は臭みも無くて柔らかで素直に美味いとは思うのだが多少癖のある味だし、単に食べ慣れている牛、豚、鶏の方がより美味しく感じられるという話だ。

「で、デザートとコーヒーと食後酒で締め。腹空かせといたからって前菜食べ過ぎるとメイン入らない位ボリュームは有るから、まあ損はしないんじゃないの。ある程度のランクの店なら食事が終わる頃に生バンドの演奏が入って、もう酔っ払い達によるダンスパーティー開始だよね」
「バンドに合わせてダンス…?」
「あ、バンドって言っても淑やかな方。曲もワルツ、タンゴ、サルサ、ディスコ辺り」
「いや最後の淑やかさと真逆のテンションですけど」
「カウントダウンが始まる前にスプマンテが配られて、新年迎えたら乾杯。そして爆竹と花火の乱舞タイムスタート」
「すみません淑やかさが行方不明なんですけど」
「南の方が過激なんだよなー。要らない電化製品とかも家の窓からブン投げるんだって」
「流れ弾がデカい」
「威力がえげつない爆竹も有るから、死傷者出るしな」
「さっきのスパナさんの説明が的確だった件」
「外に花火投げたらパネトーネとスプマンテでまた乾杯」
「その前にデザート出たのに!?」
「お、パネトーネ覚えたんだね」

 とんだクレイジーナイトだ。歴史と情緒在る街並みと綺麗な海が魅力な、あくまで表の世界はそこそこに治安の良さげな国だと思っていたのに、年末の大掃除の仕方が怖い。花火も打ち上げれば良いだろうに上空ではなく地面への発射とは。
 まさかこの、マフィアとしての何かは振り切っているものの人としてきちんとしている三人がそんな火器パーティーに参加しては居ないよなとついそれぞれの顔を窺うと、白蘭が態とらしく小首を傾げた。

「三十一日に何処かリストランテ予約しようか? 行事は体験したいタイプなんでしょ」
「いや俺ダンスからっきしなんで」
「火花飛んで来ない位の高層階に在る店の、踊らなくて済むように少人数用の個室取って、食事だけ楽しめば?」
「………………」

 俺が新年へのカウントダウンをどう過ごしたのかは別の話だ。




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イタリアの大晦日と正月料理についてはざっくりとしか調べていないので、ふわっと読んでください
 
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