「必要なモンは一先ずこの予算内で収まるように調達しろ。どうしても足りなけりゃ電伝虫を鳴らせ」

 その言葉と共に見た事のない厚さを有した札束をアルトさんへ手渡した船長さんの姿が道の先に見えなくなって、暫し。

 海賊は現金をあんな無防備に持ち歩くのかと驚きつつ隣を見ると、吐き出そうとした溜め息を堪えてでもいそうな苦い顔をしたアルトさんも手中の大金から私へ視線を寄越し、次にいかにも申し訳なさそうに眉尻を下げて控えめに微笑んだ。

「本当ごめんね、貴重な空き時間に変な買い物に付き合わせちゃって」
「そんな、無理を聞いて貰ってるのは私達の方なんですから…」

 男女二人組での参加が義務付けられた舞踏会。日時と作戦ばかりに気を取られてそんなにも重要な項目を見落としていた私達の代わりに出席を請け負ってくれたハートの海賊団船長のトラファルガーさんは、ペアとなる相手の女性を探すのではなく、アルトさんを女性に仕立ててしまおうと言う発想に至った。
 海賊に同行出来る度胸と腕を兼ね備えた同性の知人など居ない為思わずその案に乗って頼み込み、結果的にアルトさんは頷いてくれたものの、一夜明けた今も表情は浮かない。

 私としても、一晩経つと遅れて罪悪感が胸腔に湧き出していた。
 初対面におけるアルトさんの態度が顔を見ても直ぐには手配書を思い出せなかった程に賊らしからぬ丁寧なものであった事も手伝って印象が好かった事と、賞金首となる位なのだからさぞ腕が立つだろうと期待して声をかけた。
 船長さんもアルトさんも赤の他人でしかない此方の話をきちんと聞いてくれて、結末がどう転ぶか解らない賭けじみた作戦遂行を請けてくれた。
 それだけで既に大恩だ。ただ、こうなるとは思っていなかった。

 話が纏まってから再度顔を合わせた今朝、船長さんは私とアルトさんでパーティーに必要な衣装類を買うよう告げてきた。

 大切な船の金を、アルトさんは自分がしたくもない女装をする為に使うのだからそれは嫌な心地だろうな、と気分が沈む。
 せめてその費用を此方側が負担出来たならまだ違ったかと思うが、ドレスから靴から装飾品まで一式揃えられるだけの貯えは情けないながらオズワルド家にない。

 こんな大それた計画を両親に話せる筈もないので、中心街でパン屋を営む何も知らない二人へ急に金を貸してくれとも頼めず、結局トラファルガーさんの決定により海賊団が資金を工面してくれる事になった。作戦に乗じて弟王の私財を貰うからそれで良い、との事だ。
 それも国庫の金ではあるのだが、対価を差し出せない私達が、否を唱えられる訳もない。

「あー……しかし恥ずかしい。自分が着る女物の服を女の子と選ぶって…」
「すみません……。あの、買いに行くお店なんですけど、私の友達が働いてるんです。宿のお客さんを連れて行くからってさっき連絡したので、少しは…何と言うか、選びやすい……かも、しれません」
「マリアちゃんが謝る事じゃないよ。ありがとう、気を回してくれて」

 そう言って口元を綻ばせるアルトさんは確かに手配書と同じ顔をしているのに、海賊に見えない。本人へそう告げれば気を悪くさせてしまうだろうから口にしないものの、街の人になるべく印象を残さないようにと昨日は腰に提げていた黒い木刀を持たずに丸腰で居る様も相俟って、ただの旅行者のように感じる。

 おまけにこうして、会話の端々に気遣いが覗くのだ。海賊イコール荒くれ者というイメージが定着しているだけに意外だし、そもそも気恥ずかしい。
 街に住む友人知人の男は皆年下か同い年ばかりで、アルトさんのように物腰が柔らかい人物などその中に心当たりがない上、名前をちゃん付けで呼ばれる機会と言えばからかわれる場面位だ。ウィルヘルムの発言に頷くのは癪だけれど、確かに年上の男性からこういう風に接される事には少なからず緊張する。

 足を進める最中、横目にアルトさんを盗み見る。決して女顔ではないけれど、どちらかで言うなら綺麗めな整った顔立ちだ。二重瞼によって目は割とぱっちりしており、頬の輪郭も角がない。

 もしかすると冬島の出身なのか肌が比較的白い上に髭も全く目立っていないので、化粧は違和感なく似合いそうな気がする。きちんと施せばより女性らしい容姿に近付けるだろうとも本心から思うし、でなければ幾ら何でも女装してくれと頼みはしない。

 それにしても、こんな形で友人でもない男性と二人きりで出かける機会が来るとは、と何となく足元を見遣る。
 買い出しなのだから頑張り過ぎても、かと言ってあまりにラフでも良くないかと五センチヒールのブーティを履いた私の足の隣には、少し暗いネイビーに染まる男性物のレースアップシューズが並ぶ。その光景を数秒見下ろしていて気付いた。

 アルトさんの身長は、私よりも頭ひとつ分は高い。よって脚の長さは大分違うし、勿論歩幅も異なる。
 なのにネイビーの靴が私の足よりも前に出る様子はない。

「……っあ、あの、あそこです! オレンジの屋根の…」
「へえ、随分良い場所に店構えてるね。しかも立派」

 気恥ずかしさが独りでに膨張してそれ以上眺めていられず顔を上げると、丁度良く数メートル先に、目的地であるフォーマルなアクセサリー及び衣服を専門に扱う店が見えた。
 国の中心地に程近い、街の中央広場を起点として東西南北の四方向に伸びるメインストリートの内の一角に建つ店は立地の良さから客が立ち寄りやすく、品揃えが良い。
 昼時故に空いている事を期待しつつ扉を押し開けるとドアベルが鳴り、此方の来訪を告げた。

「いらっしゃい……あら、マリィ! 早速来てくれたのね」
「急に接客お願いしちゃってごめんねティアナ、私が見立てるのはちょっと不安で…」
「良いのよ、お客連れて来てくれるなんて有難いもの。しかも週末の王宮パーティーの招待客なんでしょう? 腕が鳴るわ、………」

 どうせなら私の知り合いが接客した方が多少は融通が利くかもしれない、と予め店に電話をして友人であるティアナに話を通した際、ドレスを買うにあたって不自然でない理由を添えるべくアルトさんの事は「他国から呼ばれたパーティーの招待客」と説明した。
 余所の島の人をコーディネートする機会は少ないのか、嬉しそうに目元を細めているティアナに詫びながら一歩中に入る。

 続けて私の後ろからアルトさんも入店したのが床を踏む靴音で判ったが、そちらを向いたティアナの表情が笑顔のまま固まった。

「……ちょっとごめんなさいね〜、先にこの前マリィから受けた注文の話しても良いかしら?」
「えっ?」
「構いませんよ、どうぞ」

 注文をした覚えはない。何故そんな嘘をつくのかと困惑しながらティアナに腕を引かれて離れた靴売り場の前まで移動すると、ティアナは口元へ片手を宛てて内緒話をするように顔を寄せて来た。

「……ちょっと、客って女の子じゃないの!? 何あの爽やかなお兄さん、感じ良いし! まさかマリィあの人に同伴してパーティー出るの!?」
「違うよ! その……ちょっと色々事情があって、買い物するのはアルトさんだけど着るのは私じゃないの。そもそも私あのパーティー行かないし」
「ま、固定休のない客商売やってると出席難しいわよね。じゃああちらのアルトさん? は、自分の連れのドレス内緒で買いに来たって事?」
「えっと……」
「良いなァ、あたしもあんな優しそうなイケメンにサプライズでパーティー誘われたいわ。彼に恥をかかせる訳にいかないし、接客は勿論ちゃんとするけどね」

 ティアナの中で何やら勘違いが生じているが、巧く正せず二の句に迷う。何せ今日選ぶのは女性用にしては大きめなサイズのドレスと靴だ。下手にティアナの予想を肯定すると、いざ品を選ぶ時に不審に思われてしまうかもしれない。

 何と説明したものか思案する間にティアナは驚きの様相から一転して笑顔を咲かせ、艶やかなストレートの黒髪を翻してアルトさんの元へと向かってしまった。

 



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