「おーい! お前等じゃんかー! おれだよ、おれ〜! あん時ゃありがとうなー!」 「いい子」 開口一番にまさかの二年越しの謝礼である。裏表のなさそうな無邪気な笑顔と相俟って普通に胸を打たれた。この荒れた時代に、ああも屈託なく余所の海賊に礼を言える船長は珍しい。 「こんなトコで会えるとは思わなかった、良かった! あん時ゃ本当にありがとう! あれ? 喋る熊は?」 傍まで来て止まった"茶ひげ"の後ろ頭から降りたルフィはにこにこと嬉しそうな様相を崩さない。 ベポの事を覚えているらしく辺りを見回す姿はとても四億の賞金首には見えないが、そう思わせる雰囲気はある意味凄い。救命に携わって平常心を失った姿も目の当たりにしただけに、元気そうにしている様子にはやけに安心した。 「──よく生きてたもんだな麦わら屋。だがあの時の事を恩に感じる必要はねェ、あれは俺の気まぐれだ……。俺もお前も海賊だ。忘れるな」 「…ししし! そうだな、"ワンピース"目指せば敵だけど…二年前の事は色んな奴に恩がある。ジンベエの次にお前に会えるなんてラッキーだ! 本当ありがとな!」 しかし何故ルフィを乗せて走っていたんだと"茶ひげ"に目線を移動させると、何やら慌てた面持ちで何事か喋っている。 唇の動きからして「助けて」と「トラファルガー」は読めたが、五メートルほど離れている上非常に小声で言っているようで、ルフィと相対しているローには届いていない。ボランティアタクシーに扮している訳ではない事だけ判明した。ルフィ側から気になる発言があったので取り敢えず放っておく。 「ジンベエさんに会ったんだ? 元気にしてた?」 「あ! お前も二年前はありがとな! ジンベエも元気だぞ、直ぐにじゃねェけど今度おれの仲間になるんだ! 約束したしな〜」 「何それ凄くない…?」 非能力者にして元"七武海"のジンベエに麦わら一味加入の約束を取り付けるとは恐れ入る。ジンベエ自身がルフィの事を一個人としても気に掛けている風ではあったので意外だとは思わないものの、実現すれば敵としては結構な脅威だ。 他人を引き寄せる天性の魅力とでも言うのか、ルフィの場合は打算も無しにそうした口約束を取り付けていそうでなかなかに侮れない。 見た目は引き締まった細身の体躯を持つ青年なのにな、と改めて全身を眺めたところで、異変に気が付いた。 ルフィの背中から下半身が生えている。有り得ない事だがそうとしか言い表しようがない。 しかも見覚えのある、縦縞模様のスカートを真ん中から二つに割ったような衣服を履いた下半身だ。 侍の頭部だけでなく下半身までも麦わらの一味が持っているとなると、まさか侍もクルーの一員で、先走った仲間を助ける為に乗り込んで来たのだろうか。 詳しく尋ねようと再び唇を開いたところで、今度は別方向に気配を感じて首を回す。 「あ、ヤバい。大佐さん達来ちゃった」 「わっ…海軍!? …あれ? もしかして…」 「おい、マズいぞルフィ! 海軍だ!」 「ああ」 Gファイブ一同が其処まで迫っていた。"茶ひげ"の鰐の胴部分からルフィのクルーらしき声がかかる中、ルフィは地面に伏すスモーカーへ目を凝らすような仕種をする。 そうしている内に現場へ到着してつんのめるようにスモーカーの傍らへしゃがみこんだたしぎがその身体を仰向けに直しつつ名を叫ぶと、何故だかルフィの顔が綻んだ。 「やっぱケムリン達じゃねェか! 懐かしいな〜!」 「渾名が秀逸。何、スモーカーさんに追われて此処に来たの?」 「いや、おれの仲間が今の人数になる前からよく顔合わせてたけど、今日は追っかけられてねェぞ! おれケムリン嫌いじゃねェんだよなー」 「あー、俺も別に嫌ってはいないなあ。顔怖いけど話の分かる人に思える」 話している間もスモーカーとたしぎを眺めていたルフィが、此方を向いて首を傾げる。 「ケムリンが倒れてんのはどうしたんだ? お前かトラ男がやったのか?」 「……トラ男って、まさかローのトラファルガー姓の事言ってる?」 「おう、そのト………トラ男な!」 「分かった、ツッコまない」 悠長にそんな会話をしていると、たしぎが顔を歪ませてローの方を見上げた。かと思うと近くに半身が落ちていたのか元の姿を取り戻した刀を手に此方へ駆け寄る姿に、この後の顛末が見えて天を仰ぐ。 ローの能力によって、胸からくり貫かれても尚きちんと鼓動を刻む心臓が存在するのだと俺達が新設海軍本部へ訪れた時に知っただろうに、軍属と言えども慕う上官の胸に穴を空けられては平静を保てなかったようだ。スモーカーが気絶している事も大きいかもしれない。 「よくも!!」 「おいおい…よせ。そういう泥臭ェのは嫌いなんだ」 背後から再びサークルが拡がる。たしぎが距離を詰めきるより先にローが刀を振るったようで、スモーカーとたしぎの上半身中央からハート型を模した物体が飛び出すと、同時にそれぞれが互いの体に吸い込まれた。 オペオペの実による人格交換手術の施術対象であるスモーカーが意識不明である所為か、"たしぎの肉体"が気を失って倒れる。次に目が覚めたら身長が二メートルを越える筋骨隆々な中年男性の身体を得ているたしぎには同情だ。 「懲りねェ女だ…! そう深刻になるな」 「いやあ、胸に穴空いてる人の呼吸と脈拍確かめようとは即座に思えにくいって…。出血が無い事に気付いてたら違ったかもね」 「それもあるが、生者と死体の外見判別もつかねェ奴に親の仇みてェな眼を向けられるのは気に喰わねェ」 「まあまあ」 地に転がる将校二人に、後続で駆けて来た兵達がまた騒ぎ立てる。ローに歩み寄りながら鞘を返してその場で言葉を交わしていると、流石に殺気立った海軍が各々の武器を構え始めた。乱闘を起こす気は無いのかルフィも踵を返す。 「ルフィ! 急げ、此処はヤベェ!」 「うん! そうだ、おいトラ男! ちょっと聞きてェんだけど!」 「研究所の裏へ回れ…お前等の探し物なら其処に在る。また後で会うだろう、互いに取り返すべきものがある。行くぞアルト」 「うん」 急かす声に応じて"茶ひげ"の元に向かいながらも慌ただしく問いかけてくるルフィに、ローが研究所裏口方向を指して告げる。 「研究所の裏って何か在ったっけ?」 「麦わら屋の一味が結構な人数のガキ共を引き連れてた。敵だらけな上に内部構造も分からねェような建物の中で、やたらに隠れようとはしねェだろ…自分から袋の鼠になるようなモンだ。裏口から外に出ようとする可能性はある。待ち伏せてりゃ鉢合わせるんじゃねェか」 「あ、俺ナミちゃん達に会ったよ。一応建物の中に居てくれとは言ったんだけどな…」 俺達も一旦はシーザーに事の次第を報告しなければならないので背後の扉へと歩を進める。 「──あっ、なァ! お前もっかい力貸してくれ!」 けれども其処をくぐるより先に、今しがた別れたルフィの声が遠くから聴こえたと思うと上半身に何か柔らか過ぎずも固過ぎずもないホースのようなものが巻き付いて、思い切り横に引っ張られた。 「ぅおわ、っ!?」 back |