鋼同士が押し合う面がギチギチと音を立てているのだろうが、耳元で唸る風と互いの声に消されている。
 俺は決して刀の名前や外観に詳しくないもののたしぎの刀はそれなりに立派な物に見える。だがどんな名刀であれ、オーラを纏わせた鋼による殴打を耐えられるとは考えにくい。たしぎもまた武装色の覇気の使い手なのだろう。

 だろう、で見当をつけるしかない成長途中の覇気使いはある意味厄介だ。
 ローのように熟練の域に達しつつあれば覇気を纏った肉体や武器は肌が黒々と艶を帯びた見た目に変化するし、力の研磨が不十分なら無機物に覇気が干渉する事が出来ないので、こうした初撃で判断出来るのだが。覇気はオーラのように目で見ての確認が叶わないだけに、俺側のオーラ調整が難しい。

「私やスモーカーさんを攻撃する事がどういう事態を招くか、分からない訳じゃないでしょう!? 直ぐに降伏しなさい! あなた達の攻撃の意思が明確である事は最早揺るぎませんが、話だけは一応…」
「俺が頼みを聞く相手はローに限りませんが、俺に命令して良いのはローだけですよ」

 意外なまでに穏便な勧告が寄越されたが、その内容に検討の価値は無い。
 遠回しに、しかし即答で抗う意向を告げるとたしぎの面持ちが一層険しくなる。

「────太刀筋に入るなお前等!」

 不意に、背後から重低音の声が響いた。

 ぞわ、と悪寒が背筋の真ん中を一瞬駆け上がる。
 押し付けていた鞘を引き、手首を捻って鞘の角度を九十度横へ曲げながら躊躇わず後ろ向きに倒れ伏す。

 ばふ、と体重が雪布団に吸収される物音が俺の背中から生まれたと同時に、視界の中で何人もの海兵が無作為に胴体の何処かしらを真っ二つにされた。

 たしぎは俺と向かい合っていたからこそ、この場における大将同士の様子が視界の端にでも映ったのか、可能な限り身を低くして飛来した斬撃を回避している。
 スモーカーの忠告から攻撃の到達までには一秒前後しかかからなかったのに反応が速い。

「お前等邪魔だ! サークルから出てろ! ローの作った円内に居る間は、手術台に乗せられた患者だと思え! 此処は"手術室"、奴はこの空間を完全に支配執刀する"死の外科医"だ!」

 半ば恐慌状態に陥った部下の一団をスモーカーが一喝するが、Gファイブの兵は今や五体満足の者の方が少ない。命じられたからと言って直ぐの退避は難しそうだ。
 たしぎでさえ、自分の周囲の惨事に顔を強張らせている。部下に手を出された怒りより生理的な恐怖が上回ったのだろうか。それにしてもスモーカー、例え方が巧い。

 俺も後ろに目が在る訳ではない。だからこそ時として反則技とも呼べる「円」の発動には躊躇わないが、今こそ発動しておくべきだったと遅ればせながら反省する。飛ばされる剣撃に呼吸を合わせれば回避と共にたしぎの刀を蹴り折るぐらいは出来たかもしれない。

 ローも俺も自分の能力の効果適用範囲が比較的広く、且つ技が大味なので、補助はし合っても連携を取るという事はあまり無かった。そもそもローがサークル内に身内を含んだ状態で戦闘行為に及ぶ時、クルーはローの真後ろに居て死角を潰す役目を担う場合が殆どだったのだ。

 パンクハザードの面子にしても、条件が揃えば悪魔の実の能力で以て遠距離からの一方的な蹂躙も可能なローが、シーザーを。"有限の蜜(セルフチャージ・パナシーア)"の付属効果である保温性オーラで全身を覆える俺がモネを相手取ると予め決めてある。

 その他の兵は半獣人とは言えども覇気にも目覚めていない人間の集まりなので、ローの鬼哭の一薙ぎで充分そうだと互いに意見が一致した。
 けれどもローが俺の視界と知覚の外で刀を振るう場合の合図なり、俺がローをも射程距離に入れざるを得ない状況で麻痺粉を撒く際の隠語なりは決めておけば良かったかもしれない。こんな事態になるなど予想もし得なかったが故の後悔だが、後々話し合ってみる必要はありそうだ。

 何せローの斬撃、サークルありきの場合だと当たったところで相手が死なない為、ロー本人は殺気を持たずに飛ばす事が多い。なので却って避けにくい。お蔭で先程は一瞬焦った。

「………ッよくも…!」
「あ、」

 誰より早く戦意を取り戻したらしいたしぎが、抜き身の刀を手に勢いよく地を蹴る。ただしその切っ先が狙う対象を間近の俺ではなくローに移したようで、一直線に横を通過する姿を思わず間の抜けた声で見送ってしまう。

 サークルから出ろ、というスモーカーの指示はたしぎにも宛てられたものだと思ったのだが、彼女の矜持がそれを許さなかったのだろうか。気持ちは解らないではない。ただし敵方と己の実力差を見誤らないで欲しいものである。

「トラファルガー、貴方がその気なら!」
「やめろたしぎ! お前の覇気じゃ受けきれねェ!」

 闘気の籠ったソプラノに存外冷静な制止が被さる。が、ローは得物を振るって来た相手は基本的に敵と見なす、ある意味平等な男だ。俺と違って性別次第で反撃方法を変えたりはしない。

 俺が立ち上がった時には既にローの刀が閃いて、たしぎの身体は刀諸とも腹を境に切断され、駆け寄った勢いで上半身が前方へ投げ出されていた。
 下半身は両足で立って動きを止めている。侍もそうだったが地味に凄い。

「あーあ……」

 自慢ではなく事実として、"七武海"加盟前のローの懸賞金額は四億四千万ベリーに到達していた。数字だけで言えば現在のキッドには三千万及ばないが、ルフィ、アプー、ホーキンスといった今では"最悪の世代"と称される他の海賊団船長の値段は越えている。

 最早同格の海賊か、海兵内でも上級将校でなければ歯が立たない程度にはこの二年で実力を伸ばしているのだ。
 しかも覇気使い且つロギアの中将が人払いをしようとした、つまりは他人を庇いながらの交戦は難しいと判断したような相手に大佐の身分で挑むのは、流石に浅慮だ。庇ってやりたい気にはなれなかった。

「大佐ちゃんが真っ二つにィ〜!」
「おい、生きてるよな!」
「たしぎちゃーん!」

 しかし部下からは結構な慕われようだ。可愛がられよう、と言った方が合っているのかも分からないが、俺が此処に突っ立っていると怒りの矛先を纏めて向けられそうで、そうなると煩わしい。たしぎの現状は自業自得にすら近いと思うのだが、そう口にして良いのはローかスモーカー位だ。

 ナミ達の事も気掛かりだし、ローと二人でスモーカーを叩くべきかと三人の元へ向けて足を踏み出す。
 だが数歩も行かない内に上半身のみとなった身体でたしぎが刃の折れた刀を振るい、圧倒的に敗けても尚噛みつく姿勢を面倒に思ったのかローが鬼哭を上段に構えると、後ろの集団がにわかに騒がしくなった。

 ちら、とローと視線が交わる。その薄い唇が僅かに動いた直後に視界がぶれた。

 



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