数時間後には敵地、という程切羽詰まったスケジュールでもないので、寛ぎやすい格好に着替える。いつの間にかナミも居なくなっていて気兼ねせずに済んだ。彼女の仲間であるルフィ、ゾロ、ウソップは上半身の前を露にしているので着替え程度では何も思われないかもしれないものの、海賊でも配慮を忘れてはいけない。

 シャワーを浴びていないが故に服を替えただけではすっきり出来ないが、同じく格好を変えた一味がまたちらほらと甲板に集まり始めた。
 サンジがロビンやブルックにマグカップを配っていて、それぞれが適度に暖かな気候の中でゆっくり過ごしそうな雰囲気がある。事態が着実に進んでいる中、今後の動きを全員に周知させる方が優先度は高い。

「一味の半分ぐらいは多分、ローが同盟持ちかけた事までしか知らないよね。方針だけでも先に話しておく?」
「ああ」

 ローの隣へ座り直し、吊り輪から抜いた木刀を脚の間に立てて柄尻の上で両手の指を組みながら確認すると同意を貰えた。

 食事をしながら話せる朗らかな内容ではない。だが指笛で一味の注意を引こうかと片手を擡げるより先に、ふと船が前方に傾いた。バランスを崩したり風で髪が煽られたりする程の角度ではなく、周りの海面も傾斜が付いて見える事から、"海坂"の現象だと知る。
 ウソップとチョッパーは不思議そうに目を丸くして、たった今サニー号が滑り降りてきた小山のように盛り上がる海面を見上げていた。

「何だ? 船が……」
「ひゃーっ!」
「岩礁をよく見張って!」

 通話を終えたのか、最後に甲板へ出て来たルフィはきょろきょろと辺りを見回してから、進行方向に向かって階段を駆け昇ると船首のオブジェに飛び乗った。

「なんか坂道になってねェか!? この海〜! 速ェ〜、船が速ェ〜!」
「"海坂"だ。よくある」
「ねェよ!」
「いや、あるよウソップ君。思いがけない速度が出る事あるから慣れておいた方が良い」
「ホントかよ……分かっちゃいたが新世界はデタラメだな…」

 ウソップは俺の懸賞金額やローの肩書きに特に大仰に反応していた。自身も賞金首の筈だが、随分と感覚が庶民寄りらしい。言動に親近感を覚える。

「ナミー! 何処だっけ、今から行く場所」
「"ドレスローザ"っていう場所。この真ん中の指針を真っ直ぐ進まず、遠回りに辿れってトラ男君が」
「ド…ドレスローザ!?」

 俺が男部屋に居た間に、ローがナミへ指示を出してくれていたようだ。ルフィの問いに返された答えに誰より早く錦えもんが声を上げる。

「知ってんのか?」
「せ…拙者達…いや、拙者が行きたい島というのは、まさに其処でござる! お主等も其処に用が!?」
「うん、多分な! トラ男! さっき誰と喋ってたんだ!?」
「ドフラミンゴだ」

 ルフィの質問を受けてローが答えた名に、ウソップが先程の比ではない程に目を剥いて勢い良く此方を見た。

「ドフラミンゴォー!? "七武海"の!? 一番ヤベェって奴だろそれ!!」
「もう作戦は始まってる」
「何だ、作戦て」
「そうだ、作戦教えろ! よし、みんな集まれーっ!」

 作戦、の単語を聞いて号令をかけたルフィに従い、全員が芝生の上に集合する。ボーダー柄のパーカーを着たチョッパーだけは黒い鞄を手にシーザーの元へ歩み寄り、傷の具合を診察し始めた。

「先に、最終目標を通達しておく。これはお前等の船長である麦わら屋も同意した事だが……ウチの海賊団と麦わらの一味とで今回、同盟を組んだ。この面子で"四皇"を崩す」
「──同盟組んで"四皇"を倒す!?」
「"四皇"か! いいなそれ」
「よくねェよ! 待て待て、とにかくみんな落ち着け! ルフィ、知らねェ奴等に同盟の話を」
「よし! ウチとトラ男の海賊団で同盟を組んだぞ! 仲良くやろう! ししし!」

 最初に好戦的な姿勢を見せたのはゾロだけだった。ウソップの促しに、ルフィがローの反対隣へ乗り上がるとベンチ上にしゃがみ込みながらローの肩を叩く。

 同盟関係を結ぶにあたり、ルフィとは目標の共有しかしていない。責任の比重や有事の際の命令権の有無など、細かな所を何も決めていないので、ルフィの説明が簡潔になるのも致し方なかった。

 雪山で話した折、ルフィは誰かの下につくのは嫌だと明言している。何かあれば一方的にああしろこうしろと指図するかもしれないが許せ、と言ってみても、ルフィがローと俺に一定以上の信頼を寄せてくれていなければとても頷きはしないだろう。仮にも船長なのだから、自分が一度首を縦に振ればクルーもそれに追従しなければならないリスクは承知の筈だ。

 そして此方も、勿論善処はするが、麦わらの一味全員の無事の確約は出来ない。突発的に生まれた結び付きだけあって、その繋ぎ目は現時点では脆い。

 挑む相手の大きさに怖気付いてか、ローが言った通り船長であるルフィが協力し合う事を受け入れた状況下にあって尚、ウソップを含め数人が割り切れていない様子で居る点も心配だ。
 同盟の成立が口約束だとしても今更覆されては困るが、この場でもう少しシビアな話もすべきだろうか。

「どうせルフィが決めたんだろ? ……忠告しとくが、お前等の思う『同盟』と、ルフィの考える『同盟』は多分少しズレてるぞ。気ィ付けろ」
「………………」

 トレイを片手に背を屈めて俺とローの中ほどに顔を寄せたサンジが小声で告げる内容に、苦笑いが零れる。
 雪山でウソップにも似た事を言われたし、第三研究所に於いてルフィがシーザーを屋外まで殴り飛ばした事で、ルフィの真っ直ぐ過ぎる感情の動き方に若干の危うさも垣間見た。意思を押し通す行動力と戦闘力が備わっていそうな辺りが何とも頼もしくて、どうにも目が離せない子だ。

「だから、ルフィが誘拐誘拐ってガラにもねェ事言ってたのか…。この変な羊捕まえて料理してくれと言われても、流石のオレも困る所だった…」
「…シュロロロ、何を貴様等」

 咥えた煙草の先端から細い煙を棚引かせつつ背後に向き直りシーザーを指すサンジの言葉に、それまで黙って俯くのみで居た当人が篭った声を出す。怪我に加え、鼻血を止める為に鼻孔へ布を詰められた所為でざらついた声音だ。

「こんな"ゴトをしてだだで済むと思うな…!」

 その発言に、脳の中央が凍り付いて、急速に冷えが頭蓋の中で広がり、しかしこめかみを過ぎた途端に眼球の奥を焦がす熱に変わる感覚に襲われる。

「とんでもねェ大物達に狙われるど…バカ共め!」

 熱がどろりと喉を流れ落ち、心臓へ絡みつこうとする。

 鼓動が重くなる。肌を覆うオーラが乱れる。暴風に煽られる樹木の葉のように揺らいで、普段の流れを保てない。

「てめェ等の愚かさを知り"…! 死ぬ"がいい!」

 シーザーが顔を上げた。他者を下に見た、己の影響力を誇る顔を上げて、笑みに歪む口から呪詛を吐く。

 心臓が鳴いて、胃の中で刹那暴れた熱のような何かが、俺の喉を突いた。
 



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