どうしたものかしら、と心中でぼやく。

「本当マジでオススメなんだって! ぜってー気に入るから!」
「そうそう、おれ等のオゴリだし!」

 雲がちらほら浮かぶ晴れ空の昼下がりに新たな島へ辿り着き、久しぶりに午後を買い物に費やすべく、敢えてナミと上陸先で待ち合わせをした。
 ナミが一つ前の島で新しく買ったサンダルをいつ履こうか楽しみにしていた事を知っているのもあるし、普段共に暮らしているからこそ、こうした僅かな変化を自分達から作り出すのが楽しい。

 歩き回る予定だからといつもよりヒールの低いパンプスを選んで、目印の時計台前のベンチに座っていたら、二十代後半だろう男二人に絡まれてしまった。
 飲食店の従業員だ何だと自己紹介して私をこの場から連れ出そうと熱心に誘い続けているが、本当に勤め先が自慢で客として来て欲しければ、店の名前を告げるなり名刺を渡すなりしてさっぱりと去った方がまだ感じは良い。本人達は明言しないものの、飲食と言っても酒場か賭博の方だろう。
 何より、合間に幾度となく二人の視線が此方の胸元へ向けられるのはあまり良い気分ではない。

「ごめんなさい、さっきも言ったけど待ち合わせをしているの」
「じゃあその子も店に来て貰っちゃえばいいじゃん! おれ電話かけてあげるよ、番号は?」
「取り敢えず行きながら話そ!」

 この場にナミが合流すれば更に男達は浮き足立って無遠慮になってしまいそうだし、ナミはこうした部類の異性を真っ向から言葉で切り捨てるので、その言動自体は胸のすくものでもトラブルになりやすい。

 手近な店に入って素直に助けを求めてしまおうか。出来れば私一人で追い払いたいけれど、と判断に迷っていると、手首を掴まれてしまった。
 周りには通行人も居て、気まずそうに、或いは興味を隠しきれずに此方を横目に窺う顔もある。彼等の足に手を生やして転ばせる事も出来ない。

「──姉さん?」

 背中からかけられた声に、首を捻って振り向く。

 数ヶ月前に航路を分けた、ハートの海賊団のアルトが立っていた。目が合うとその眼差しが明らかに和らぐ。

「あ、やっぱり。デミスト通りの方から行くからそっち側のベンチ座ってて、って言ったろ。探しちゃったよ。……友達、じゃないよね?」

 此方を覗き込むように背筋を曲げていたアルトが、最後の問いかけのみ多少声を低くさせながら姿勢を正すと、アルトの方が男二人よりも頭半分ほど背が高いのが見て取れた。

 その事に気を取られたらしい男の力加減が少し緩んだ隙に手を抜き取り、私もベンチから立ち上がる。ヒールもあって四人の中では最も高身長となった私に対し、男達は顔へはっきり「意外だ」と書いて見上げてきた。
 けれどもその次には性懲りも無く、私のワンピースの裾から覗く腿をちらりと見るものだから、いよいよ呆れてしまう。

「行こう、姉さん」
「ええ」

 同じような感想を持ってくれたのか、聞こえよがしに溜め息を吐いたアルトがベンチを回り込んで私と男達の間に入り、港方面を目で指す。一先ず演技に乗らせて貰って、充分に離れてからナミへ連絡しよう。

「…っちょ、オイオイ、ちょーっと待ってって!」
「話の途中で横入りしてきてそりゃねェだろ、弟クンよォ!?」

 視界の端でアルトの動きが不自然に止まり、振り返ると、今度はアルトが肩を掴まれてしまっていた。
 ただしその横顔が私に向けたそれとは正反対に冷えきっていて、煩わしさを隠そうともしていない。ローの近くに居る時、私達麦わらの一味と共に過ごす時の穏やかな面持ちの印象が強かったが、そういえばヴェルゴやシーザーなど、一度嫌った相手には最低限の愛想すら取り払っていた事を思い出す。

「先約はこっちです。諦めてください」
「いやだから、先に話してたのはおれ等じゃん? 弟クンなら別にいつでも姉さんと遊べるっしょ?」
「こっちはこの出逢いに必死なんだって、君の姉さん超美人だしさ〜! あ、姉さんのカワイイお友達とか知らない? てか弟クン彼女居る? こっちのオゴリで飯でも〜って話してたんだよ。もうこの際弟クン同伴で良いからさ、ウチの店で集まって、おれ等と弟クンでパーッと気前の良いトコ見せちゃおうぜ!」

 男達が喋る毎に、アルトの目からどんどん温度が無くなってゆく。
 アルトは何も答えず上着のポケットからコインケースを取り出し、二つ折りの紙幣を一枚抜き出したと思うと、直ぐに指を広げて手放した。

「あげる」
「え。は、えッ!?」
「ちょお前、拾え拾え!」

 慌てて屈み込む二人には目もくれず此方に向き直ったアルトの髪が肩に触れて、

「失礼しますね」

 両足が地面から浮き、ぐん、と身体の側面へ重力がかかったと思った時には、辺りの景色が変わっていた。何処か建物の間の、陽光が遮られて涼しい路地に居る。

「ロビン!」

 ほんの数メートル先に居たナミが、紙袋を手に安堵を湛えた笑顔で駆け寄ってきた。私の身体を横抱きにしているアルトが足から先に降ろしてくれる動きに合わせて路地へ立つ。

「アイツ等に何も変な事されてない!? 時計台のところ行ったら絡まれてたから、ミルキーロードか何かでおどかしてやろうかと思ったんだけど、アルトが行ってくれるって言うから…」
「ええ…大丈夫よ。アルト君もありがとう」
「いえ、災難でしたね。念の為もう少し離れましょうか……あ、ナミちゃん、荷物ありがとう」

 その言葉に背後を見遣ると、時計台がまだ肉眼で確認出来る位置に在った。連れ立って歩きながら二人を眺める。

「ナミ、先にアルト君と散策を楽しんでたの? 寂しいわ」
「違う違う! 偶然! ハートも一昨日の夜此処に着いてたんだって」
「露店通りで買い物してたら、ナミちゃんが気付いて声かけてくれたんですよ。ロビンさんと待ち合わせてるって聞いて、折角なら挨拶、と思って一緒に行ったらさっきの状況で…」
「そうだったの…助かったわ。人目があったから派手な事も出来なくて」
「どうやって撒いてきたの? アイツ等いきなりしゃがみこんでたけど」
「お札を足元に落として、その隙に…」
「ええっ!?」

 予想出来た事ではあれど、アルトの発言にナミが目を真ん丸に見開いた。その仰天した表情と大きめの声に、反対側を向いているアルトが驚いたのが気配で判る。

「お金!? お金あげちゃったの、あんな奴等に!?」
「断りもなく女性の肌に触るような連中なら、そういう事されても気に障らないで拾うかなって…。ロビンさんの言うように通行人も結構居て、俺も手は出せなかったし」
「だからって! もう、ロビンを連れ出してくれたのはホントに良かったけど……もーっ!」

 誰より金銭の価値を重んじる、サニー号の会計係でもあるナミは、致し方ない事とは言え赤の他人に現金を渡すなど考えたくないのだろう。まるで自分の財布から金が失われてしまったかのように、当のアルトより余程悔しがっている。

「千ベリー紙幣だったわよね? ただ返すのも野暮だし、何か奢らせて。私もナミもお昼はまだなんだけど、急いでないなら一緒にどうかしら」
「そういうつもりで使ったお金じゃないので、気にしな…」
「するわよ! こうなったらイイお店でイイ物食べましょ、今日最初の出来事がダサくてしつこいナンパだなんてロビンが可哀想!」
「あの距離で、さっきの二人がロビンさんに何言ってるか聞こえたの?」
「冴えない男は見れば分かるわ! グルメストリートってあっちだったわよね!」

 ナミはとても仲間思いで、義理堅い。一応本来は敵同士である筈のハートの海賊団、特にローとアルトには何かと助けられてきたし、一味である私の為に損をしたアルトをこの儘あの潜水艦に帰してしまっては気が済まないのだろう。
 逃がさないとばかりにアルトの片腕へ自分の腕を絡ませ、昨日の内に港でチェックしておいたレストランと酒場が集まる区域へ歩を進めるナミの、元気に揺れるポニーテールを眺めつつ後に続く。

「あの、じゃあドリンク一杯で充分嬉しいので、残りはロビンさん達がこの島楽しむ為に使ってください。ちょっと歩きますけど、隣町に観劇ホールあって、今上演中の舞台が好評みたいでかなり賑わってましたよ」
「もう一度姉さん、って呼んでくれたら考えるわ」

 告げた言葉に対しひとつ瞬きをしたアルトは続けて先程の即興芝居を思い出してか、初めて私に対して弱ったような、少し拗ねたような、年齢に見合った表情を見せた。

「…意外と照れくさいから、あんまりからかわないでよ、"姉さん"」
「ふふ」



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