「初めて見た作物を、現地の人に何も訊かないで食べたの? 海賊って変に度胸あるのねえ!」

 本来の目的であった衣服の調達の為に立ち寄った店で今しがた起きた事を話すと、店主と名乗った女性は緩やかなウェーブを描く栗色の長い髪を背中側へ払いながらそう言って可笑しそうに笑った。

 ペンギンとシャチの格好を見て海賊だと気付くなり店の入り口に「休憩中」と書かれたプレートを掛け、俺達が気兼ねなく物色出来るように配慮してくれたり、こんな風に気さくに応対してくれたりと感じが良い。
 俺が形を気に入ったパーカーが店頭にはLサイズしかなかった為、Mの在庫を探して段ボール箱を物色している女性は手を休めないまま言葉を続けた。

「あれね、チョイスフルーツって言って、収穫の仕方で味が七種類に変わる果物なのよ」
「収穫、の? って、どういう…」
「蔓に生ってる状態で食べるとほんのりしょっぱいの。果汁が多いから、暑い日は青果店じゃなくて、もがずに食べられる果樹園に行く人も結構居るわ。実の部分を持って右回りに捻りながら採ると甘くて、左回りなら辛い。で、実じゃなくて茎の方を左回りに捩って採ったら酸っぱくて、右回りだと味がしなくなるの。味がしない奴はソテーにするのが定番かしら」
「…あれ? でも、シャチは辛いし酸っぱいって…」
「多分それ、実も茎も捻りながら力任せに千切ったんじゃない? 捻らずに実だけをもいだら苦くて、茎を鋏とかで切ったなら渋い味になる筈だもの……はい、Mサイズあったわ」
「ありがとうございます」

 そういえばシャチは割と雑に収穫してたなあ、と思い返しつつパーカーを受け取る。辛味と酸味の融合は余程強烈だったのか、当のシャチは甘い物が食べたいと言って今は別行動だ。俺と違って同じ果物で口直しをする気にはなれなかったらしい。

「俺達はたまたま当たりのもぎ採り方してたんですね」
「アイツも俺達と居てこの話を聞いていれば、あの甘さを百ベリーで味わえたのにな」
「ね、あれ美味しかった」

 シャチが何を求めるか判らないが、ジェラートにしろケーキにしろジュースにしろ確実に百ベリー以上はするだろう。感情が動くままに行動しては結果的に損をしているようなシャチの不運ぶりにペンギンと二人で肩を竦めて笑っていると、店内の小物が並んでいるスペースへ移動していた店主が何かを手に戻って来た。

「ねえ君、急いでないならちょっとこれ着けてみない?」
「………えええ…?」

 これ、と掲げられた品物に俺の口からは割と露骨な声色での拒否が出てしまった。

 店主が手にしているのは、小ぶりのクローバーが接合されたヘアピンが二本。加えて反対の掌に乗るのはイヤリングで、耳朶を挟む部品に連なって小さな紫色の花がぶら下がっている。随分と花の造形がリアルで、小さいながら花弁の皺もある良い品ではあれど、明らかに女物だ。
 俺の反応にも店主は別段引き下がらず、「あら、似合うと思うわよ」と悪気のなさそうな顔で首を傾げて見せる。

「これ本物の花やクローバーを樹脂でコーティングしてあるの、ウチで人気の商品よ。イヤリングも青や緑、紫色の奴はユニセックス品として売り出してるし、今じゃ男の人がピアスとか指輪してても普通でしょう? 君の周りにそういう人居ないの?」
「えー、…ああ…」
「それに君、サイドの髪も短くはないし。本読んだり下向いたりする時って意外と視界に被さったりしない?」
「…まあ…、多少…」

 そう言われて真っ先に脳裏へ浮かんだのはローの顔だ。ローは左右の耳に二つずつ存在感のあるフープピアスを着けていて、それがまた似合っている。
 とは言えあれは女性が着けるには少々ごついと言うか太い品だし、同じ耳用のアクセサリーでも店主が持っている物とは趣が違う。

 顔サイドの髪に関しては確かに彼女の言う通り、調理の際に包丁を握っている最中は視界にちらつきがちだ。が、ピンの方は見た目がファンシー過ぎる。
 似合いそう、と思って見立ててくれた気持ちは嬉しいが、今のところ俺にはアクセサリーを着けたい願望も然程無い。取り敢えずやんわり断ろうと口を開こうとした所で、思いがけず横から意見が追加された。

「良い品じゃないか、試しに着けてみたらどうだ? 俺もお前なら案外似合うと思うぞ。気に入ったら買ってやるし」
「いやいやいやペンギンさん値札見てください。結構良いお値段してますからどっちも」
「…お前は少しくらい贅沢しろ。それ位の出費痒くもない」

 ハートの財布事情は知らないが、ペンギンの発言からすると意外に潤沢なのだろうか。
 何故だか呆れたような、でなければ気遣うかのような瞳の色をして腕を組みながら近くの棚に寄り掛かるペンギンの言葉に何とも返せずに居ると、店主がいそいそと台紙からイヤリングを外し始めた。

「ほらほら、お連れ様もそう言ってるし。イヤリングは後ろのネジで締め付ける具合が調節出来るから、挟んでみて痛かったら右回りに回して弛めてね。あ、ちょっと髪触るわよー?」
「はあ…」

 今更頑なに拒否を示せそうな雰囲気でもなく、下手にやたら拒絶すれば寧ろ空気が悪くなるかもしれない事を思うとはっきり物が言えず、もう着けるだけ着けてから不要と告げようと耳の片方にイヤリングを着ける。
 その合間にこめかみから耳の後ろにかけての髪を掬われ、側頭部の辺りにピンが差し込まれて硬い感触が地肌に伝わった。

「…あ、意外と良いな、髪が落ちて来ない」
「……やだー良いじゃない! 可愛い! 何か妙に違和感ないわよー君!」
「へェ、」

 店主は何をどうしたのか、少し頭を前後や左右に動かしてみても全くサイドの髪が頬にかからない。片側だけでも顔の横へ被るものがなくなると随分視野が違うように思える。
 顔を動かす度にイヤリングの花のチャームが小刻みに揺れるのは少し気になるが、ヘアピンの効果に思ったより感心する。ただし美人な女性から可愛いと言われても微塵も嬉しくないし、ペンギンの一言の感嘆符は何を言いたいのか判らない。

 それでも指をさされて笑われるよりかは良いか、と微妙な安堵を抱いたのも束の間、イヤリングを外そうと片手を浮かせるより先に、店主が小走りで店の壁際の棚に並べてあった大判の豪奢な布を持って来た。

「ね、ちょっとこれ! そのままでこれ着てみてちょうだい!」
「………お姉さん、それ服じゃなくて布ですよね?」
「この島でお祝い事の時に着る、れっきとした衣装よ? ほら、肩の部分はちゃんと出来上がってるでしょう。裾の巻き方や結び方次第で何通りも見た目を変えられるの、絶対似合うわ!」
「お姉さん、俺ピンクは流石に、」











「いやそろそろ助けてよ!?」

 俺が痺れをきらしてギブアップ宣言をしながらペンギンを睨みつけたのは、民族衣装だと言う花模様が刺繍された淡いピンク色の肩出し服を着せられ、その布地と裾の結び目を身体の脇に寄せてスリットの入ったような形に弄られ、色鮮やかな三色の紐で編まれたブレスレットと揃いのネックレスを着けられ、仕上げだと言って店主が俺でも履けるヒールサンダルの在庫が無いか探しに店の裏に引っ込んだ後だった。

 あれよあれよと女性特有の押しの強さや「現地ならではの文化に触れてこその観光じゃないかしら?」と言った言い分に巧く切り返せないまま着せ替えられる俺を眺め続け、途中では笑顔で裾のアレンジに口を出してきたペンギンの、せめて中立かと思いきや若干愉快犯の気配がする振る舞いに内心涙目である。

「アルトお前…凄いな、本当に普通に似合ってるぞ。後は胸に何か詰めてちょっと化粧でもしたら五人中三人は騙せそうだ」
「褒められている気がしない」

 やはり何処となく面白がるような面差しで口元に笑みを乗せるペンギンに溜め息をついて、座らされた椅子の上に胡座をかく。一応は俺も身長に見合った大きさの足を持っているので流石に俺が履ける女物の靴は無いだろうけれど、この苦行はいつ終わるのか。

「アルト、きわどいぞ」
「閲覧料金取りますよ」

 脚を組んだ事で布が捲れ上がり、片側だけ膝より上の肌が露になった箇所を見てそんな事を真顔で言うペンギンに同じく無表情で返す。俺は目が据わっているかもしれない。
 するとペンギンは顔に浮かべる笑みを幾らか柔らかいものに変えて、帽子の陰がかかる双眸を細めた。

「口調。俺は、さっきみたいな奴の方が嬉しいと感じるんだが」
「……ん?」
「砕けたろ、さっきは。言葉使いが丁寧なのは勿論良い事だが、俺はあっちのが良い」

 ペンギンの元来の落ち着いた雰囲気と、これまでに何かと船内での仕事なり世間についてなり物を教わる機会が多かった事で自然とペンギン相手には敬語を使い続けていたが、先程はそれを外していた事に今更気付く。
 素で良い、と言われているようで何だか嬉しくてつい首を二回縦に振ると、ペンギンの笑みが僅かばかり深くなった。

「あーもう、サイズ無かったわ…サンダル履いたら完成なのに…」
「マジでもう勘弁してください」
「にしても、きちんと男の子の顔なのにこの格好が調和してるって逸材よねえ…。繁華街に女装した男の子達が接客するバー在るんだけど、君なら稼げそう」
「ほう。どうするアルト、其処に就職するか」
「やめて、ペンギンさん真面目な顔するのやめて、俺を潜水艦に連れて帰って」




story idea >> ガノさん(衣服を買いに行った先で店のお姉さんに遊ばれて女装させられる主人公)
food idea >> ガノさん(茎とへたの切り離し方で味が七変化する島名産の植物)

 


- ナノ -