「アイツ元気だな…」
「最早はしゃいでるな…」
「あれ、何か前にもこんな会話してねェ…?」
「そうだったか? まァ客、って言うには働かせ過ぎだが、この状況でぐったりせずに居てくれんのは正直有難いな…」

 根元が腐って折れてしまった倒木へ腰掛けて休む俺とシャチから数メートルは離れた所で、焚き火へ枝を追加してゆくクルーと、その傍に新たな枝を拡げて並べるクルーの姿が見える。湿気を含んだ木は燃やすと爆ぜて危ないので乾かす為だ。
 その横では、精肉店で売られていても可笑しくない程きちんと皮を剥がれて解体された兎の肉に塩を擦り込んでいたアルトが傍で見ていたベポに何かを指示し、立ち上がった。

 その儘此方に歩いて来て、グリップ部分に指を引っ掛ける為の穴が予め拵えられているナイフを俺に見せてくる。

「ペンギンさん、もう少しナイフ借りるね」
「あァ。…しかしお前、船長の能力は苦手なのに、動物は解体まで出来ちまうんだな」
「あ、それオレも思った。すんげースパスパやんのな、オレ割と出来るつもりだったけどお前のが作業早いわ」

 俺の感想に、アルトは小首を傾げた後、親指でナイフの柄の輪郭を撫でつつ照れと気まずさの入り交じった笑みを浮かべた。

「血が苦手って訳じゃないし、ローのはちょっと特殊だよ。切断された肉体が明らかに生きてる、動いてるって光景が慣れないや。動物は俺も自分が生きる為に殺して捌くから、苦手とか言ってらんないかと思って慣れるようにはした。でも、身の周りに内蔵を使う料理があったのは慣れるにあたって幸いだったとは思う」
「……確かに、牛や豚の内蔵は地元の名物料理に使ってる島多いもんな!」
「じゃ、もう何羽か狩れないか試してくる」
「一緒に行って、何か手伝おうか?」
「ありがと、でも大丈夫。休んでて」
「……そうか」

 軽い足取りで森の中に戻ってゆくアルトを見送り、後ろ姿が完全に見えなくなってから、どちらからともなく深い息を吐いた。その溜め息は三人分だ。

「……生きる為に、か」

 俺達の後ろで、表面がでこぼこと荒れていた切り株を自身の能力で平らに斬り直して作った簡易的な椅子へ座って警戒を続けている船長が零した一言に、場の雰囲気が多少重くなる。

 海上で時化に見舞われ、釣りも満足に出来ない数日を過ごして辿り着いたのは、運の悪い事に無人島だった。
 余所の島との距離は比較的離れており、小さな鳥の類いは飛来出来ない為か、食用の実をつけるような植物は少ない。しかし辺りの海域は晴天と雨天のバランスが悪くない気候が故か草木自体は育ち易いようで、兎や鹿といった草食動物が存外多く生息していた。

 幸いにもログが半日で貯まってくれたものの、船の備蓄食料が心許ないという事で、今夜は現地調達に挑もうとの話になったのだが。何故かアルトのサバイバルスキルが頭一つ分抜き出ていた。

 元々視力が良いのか、日が暮れてしまい視界の悪い森の中で枯れ木を見付けるのが早い。すばしこい兎を発見するのも早いし、俺からナイフを借りてものの十数分で綺麗に首を裂いた二羽を狩ってきたかと思ったら、肉の臭み消しに使える野草もついでとばかりに摘んで帰って来た。

 俺とシャチ、他のクルーも、蒲焼にすべく各自が蛇を追って一匹は捕らえたが、夜の森は満足な装備も無く獲物を狩るにはあまりに効率が悪い。走り回っても成果は未だ一匹である。
 アルトの方が年下なのに、こうも経験値と手際に差がある。──恐らく前の船で、たった一人で何度も同じ状況に追いやられたのだ。慣れてしまう程に。上達してしまう程に。
 そうして技術を身に付ける度要求は増して、それでも応えるしかなかったのだろう。とても暴力で以て反旗を翻す性格には見えない。

 己を生かす為に、働くしかなかったのだ。俺達に手伝いや連携を求めないのは、一人で全てを請け負う事に慣れてしまっている証拠だ。

「あーあ、次の島で美味い焼肉屋ねェかなー。アイツに奢ってやりてェ」
「奢れる程小遣い残ってるのか? 一昨日賭けトランプやってなかったっけか」
「へへー、アレ勝ったんだぜ! 船長、もし次の島にそういう店なかったら、イイ肉買って船でバーベキューしません?」
「それ用の機材がねェだろ」
「まァその辺は、安い鉄の廃材とか調達してって感じで」
「……良いだろう」
「うっし!」

 歯を見せて笑うシャチが片手を掲げるので、俺も右手を擡げて互いの掌を打ち鳴らす。見聞色の覇気で周囲を探り続けている船長は静かな儘、少しだけ表情を和らげたように映った。
 アルトの発した、「周りに内蔵を使う料理が存在した」という言葉から受けた、かつてアルトが前の船では食事に際して良い部位を分け与えられる事は稀だったのではという嫌な想像を追い払う為の、明るい話題を生んだシャチに内心で礼を言う。口に出してしまうのは無粋だ。








 俺の数十メートル先には、脚を折り曲げて地面に座り込み、眠そうに船を漕いでいる年若そうな雌の鹿が居る。子供どころか番いも居ないのか、群れからはぐれたか、単独だ。

 そして俺も一人きりなので、気兼ねなく精孔を閉じて自分の気配を限りなく薄くしている。俺は狩猟免許は持っていなかった為、獣を狩る場合は「絶」で存在感を希薄にして、ある程度距離を詰めた所で足へオーラを集めて一息で飛びかかって仕留めるやり方を取る。近くにハートの誰かが居ると寧ろやりにくい。

「流石に鹿を担いで戻ったら目立つかな…。鹿って速い種はかなり速いし俺の走力が鹿並みって事に……っていうか、鹿は多分最後にバラしたの去年だな。捌くの自信ない。鉄分も摂れるから皆に食べさせたかったけど、殺して直ぐじゃ肉も固いし…諦めるか。シチューにしたかった……」

 とうとう無防備に眠り始めた鹿に背を向け、元来た道を戻る。
 仮にもハンターなのだから船の蓄えを増やす位の成果を出したい。そんな思いからこの後も狩りを続け、途中から茸の採取に熱中してしまい、ベポの嗅覚を頼りにローも含んだ捜索隊が結成されるとは、今の俺が知る筈もない。
 ついでに兎のステーキへ梅肉ソースをかけようとしてシャチに止められる未来も、勿論知る筈がない。


story idea >> 残機さん(無人島でサバイバル能力を発揮する主人公に梅料理を添えて)

 


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