「アルト、それ…皮じゃね?」

 今日は醤油を使った料理が食べたいと自ら告げてきたローに応えるべく煮込み料理の支度に取り掛かってから一時間ほど。
 既に鍋の中で玉ねぎや豚肉と共に煮込まれた人参とじゃがいも、二種の食材を剥いた際に生まれた皮のみを卵液に浸している俺の手元を見下ろして厨房を訪れるなり小首を傾げたシャチの言葉に、俺も揃って首を捻る。

「うん、皮。でも包丁で剥いたから実も多少くっついてるよ」
「いや、つか…え? その皮どうすんだ?」
「えっ? どうって、塩と胡椒で味付けてフライに…」
「…それ、皮だぜ?」
「…うん、剥いたの俺だし分かってるけど…」

 ほんの数秒の間に同じ相槌を二回打つ事になりながらも、やけに怪訝そうな顔で俺の顔と手元を見比べてくるシャチの態度に何が言いたいのか解らず、此方も似たような表情になってしまう。

 果物にしろ野菜にしろ皮も食べられる種類は数多く在るし、皮と実の境目に栄養が詰まっている物もある。
 俺は此方の世界の食材に未だ不慣れなので厨房のコック係達に正しい扱い方や調理法を訊きながらの料理ではあるが、今回使った物は特に癖のない、極々普通の野菜だ。厚みが無い分揚げればサクサクとした食感が楽しめる筈だし、酒のつまみにも丁度良い。

 何をそんな顔になる理由があるのかとシャチへの反応に迷って手を止めた儘で居ると、半開きになっていた厨房の扉からペンギンが顔を覗かせた。

「シャチ、此処にアルト居ないのか…、何だ居るじゃないか。ちゃんと伝えたか?」
「え、シャチ俺に用在ったの?」
「悪ィ、ちょっと頭から抜けてた……船長なんだけどよ、さっき本持って甲板の方行くの見掛けたんだ。多分直ぐには戻って来ねェだろうから、ちょっと面倒かもしんねェが、メシ持ってくなら先に呼び戻した方が良いと思うぜ。今日の船長の分はお前が作るんだろ?」
「あーそういうの教えてくれるの助かる、態々ありがと。出来上がるまでもう少し掛かるから、頃合い見て呼びに行くよ」
「良い匂いだな、煮込み料理か」

 鍋から漏れる香りに気付いてか、落とし蓋によって中身が見えないそれを見下ろしたペンギンが呟く。その視線が続けて再び此方を向き、フライパンに注がれた油と俺の前に在る卵液が入った硝子のボウルを見るも、シャチのような反応はしない。

「余った野菜の皮でフライ作ろうとしてたらさ、何かシャチが物珍しそうな顔したんだけど…」
「皮? まァ、そこまで珍しくはないが…かと言ってよくある料理でもないかもな。そういう生ゴミは基本的に魚の餌として海へ撒いてるんだよ。日頃海の命を食わせて貰ってるから、お返しみたいなものとして」
「ああ…。集積部屋までゴミ持って行く所までしかやった事なかったからかな、知らなかった」
「撒くのが不寝番の仕事だから、ってのもあるんじゃないか。お前は未だ当番になった事ないだろう?」

 それでか、と納得する。腐らせるでもなく自分達が食すでもなく、普段から海原に生きる生き物へ還元する事を前提として処理している野菜屑だからこそ、俺が料理に仕上げようとしている事に対してシャチは不思議そうにしたのだろう。

 となるとこの船に乗る皆は、もしや野菜の皮だけを使った料理は魚の餌を食べているような心境になるのだろうか。
 下味をしっかりつけたので今更海には捨てられないし、ゴミと化すには流石に勿体ない。凝ってはいないが普通に美味しいと感じられる品にする自信はある。
 丁寧に洗って塩を揉み込んだので、人参の青臭さもじゃがいもの土臭さもそう気にならない筈だ。だがそもそもローがこれを食べる事に抵抗があるならば、いっそ俺がつまんだ方が良いのかもしれない。

「皮だって貴重な食べ物だし、美味しく食べられるに越した事ないかと思ったんだけど…」

 やはり環境が違えば其処に生きる人の意識も常識も異なるんだな、と改めて自分と皆の差のような物を感じつつ一言落とす。

 取り敢えずは予定通りにフライを作ってしまおうと黄色に染まった皮をパン粉が敷き詰められたバットに移し、まな板の上に小さな山を為している残りの皮をボウルに入れた。が、其処で隣から刺さってくる視線に気が付いて顔だけそちらへ向ける。

「……お前、普段から皮ばかり食ってたのか…?」
「うーん、ばかりって程じゃないけど…食べられる物は基本どうにか料理して食べてたよ、勿体ないじゃん。人参、じゃがいも、大根とか普通に美味しいんだし…あ、牛蒡やトマト、南瓜なんかはそもそも皮が付いた儘で食べてたな、ラディッシュ辺りも…」
「………」

 妙に神妙な面持ちで尋ねるペンギンに、一人暮らしをしていた当時を思い返しながら答えてゆく。

 住まいには自分しか居ないのだから当然ゴミの処理をするのも自分な訳で、何とか後片付けが楽になるように、日々使う備品を減らせるようにと、料理に際して出る生ゴミを減らす工夫もしていた。
 つい捨てそうになる大根の葉、にんにくの茎だとかもスープやら炒め物やらの具にすると想像以上に美味しいのだ。

 よって基本的には食材を余す所などなく使いきるつもりで包丁を握るが、この船に乗っている内はハートのルールに従うべきかもしれない。下船した暁にはキッチンが共同と定められているマンションにでも住まない限り幾らでも己の好きなように料理出来るのだし、頑固に貫きたいとまで決意している思いでもない。

「でも、命のやり取りするって考えも良いなって思うし、今度から気を付けるよ」
「…ああ、良ければそうしてくれ。そうだ、そろそろ船長を呼んでこようか?」
「でもペンギンさん、他に仕事とか…」
「コイツが言い出したんだからンなの気にすんなって! オレ等が話し掛けてお前の手ェ止めちまったしな、詫びだ詫び」
「んー…、じゃ、お願いします」
「おう! …行こうぜ、ペンギン」

 元は俺がローを呼びに行く気で居たので二人に悪いと思わないではないが、正直有難い。煮物は全体が柔らかくなるまで火を通してから三十分は経っているので、冷めると共に昆布から取った出汁と醤油、砂糖などの味が染みているだろうし、フライも素材の薄さ故に直ぐ揚がる。
 鍋を温め直すと同時に揚げ始めれば、ローに出来立てを提供出来そうだ。実際フライを食べるかどうかは本人に訊けば良い。

 そんな予想を現実にすべく早々に作業を再開した俺の視界には、扉を出るシャチとペンギンの意味深な目配せなど映る筈もなく、甲板に出向いたシャチが「聞いてくださいよ船長ォ! アイツ、アルト、船に乗ってたっつーのに野菜の皮を態々食ってたらしいんスよ! 何スか不憫過ぎるでしょ、あんなん魚に食わせんのが一番楽だから何処の海賊だってそうしてる筈なのに! それって、それってつまり…!」と顔を歪めて訴えた事も、ペンギンが「アルトを降ろす島は生活、文化、環境の水準が並以上で、税金が安くて、天候が安定した島でないと俺は許可しかねます」と真顔で告げた事も勿論想像すらする訳もなく。
 ローが「そんな都合の良い島がグランドラインに存在するか。人間が寄り集まる以上は問題の一つもねェ国なんざ有り得ねェよ」と返しながらも厳しく双眸を細めたなど、その後も知らない出来事である。



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