「人の姿がねェってだけで空気も変わるモンだなァ」
「この前は何処行ってもそれなりに賑わってたのに……今回の戦争ってそんなに何か、アレなの? 凄いの?」
「オレお前のそういうとこ時々心配」

 一時避難先に選んだ島で骨休めを挟み、その後復路に就いて二日間と少し。
 再び行き着いたシャボンディ島内に降り立ったが、幾ら進めど酷く閑散としていた。

 褒められた気のしないシャチからの言葉を受けつつ左右に視線を遣るも、人の姿が無い。
 隣島で大規模な戦争が起こると聞かされている今日に限っては建ち並ぶ店も軒並み休業しているらしく、現在地はショッピング街でありながらどの建物もシャッターが下ろされていたり扉に「CLOSED」の札が下げられたりしている。

 巨体であるベポやジャンバールが好奇の視線を浴びずに済むのは良いのだが、栄えている姿を知る土地が静まりかえっている光景は物足りなさを覚えた。

 けれども通行人の居ない道を十分ほど進んでホテルが多く軒を連ねる七十番台のグローブに差しかかると、次第に多数の人間が囁き合うようなざわめきが前方から漂い始める。
 山なりに盛り上がって生える根の下を潜れば視界が開け、大木に取り付けられた三面のモニターが正面に現れた。

 俺が元居た世界で目にしていた薄型テレビと何等変わらない造形の液晶は、接続器具が設置されたシャボンディ諸島固有種の大樹──ヤルキマン・マングローブと比較してもかなり大きい。
 そういった物を生み出す技術力はきちんとあるにも拘わらず、映像の送受信はやはり電波ではなく念波頼みなようで、画面の前に電伝虫が居るのが遠目に見えた。モニターまで数十メートルはあるのに肉眼で見えるのだから、あの電伝虫の身の丈は随分な大きさだと知れる。

 そして今日の為に拵えたのか元から広場として空けられていたのか、テレビの前は空き地と化して、何千或いは何万という人間が詰めかけていた。
 紛れ込むには良い人混みだが、この島に駐在している海軍と交戦になった場合やりにくい場所でもある。近場の六十六番グローブには海軍の駐屯所が在る為油断は出来ない。

「うわーすっげェ人…。どうします船長ォ、こン中で立ち見っスか?」

 俺とシャチが並んで先頭を歩いていたので自然とこの混み様も最初に目にする事となり、あまりの観客数にシャチが気怠げな声色で問いながら背後を振り返る。
 上映時間の決まっていない映像をこの環境で視聴するのが億劫に感じたのはローも同じだったようで、シャチの質問へ直ぐには反応を示さず、首を回して周囲を見上げたかと思うと担いでいた鬼哭を斜めに傾け、建物の一つを指した。

「昇る」
「アイアイ」

 短く告げられた意向に誰からともなく爪先の向きを変える。ローが指した五階建てホテルの扉にもやはり「臨時休業」と書かれた貼り紙がされているので恐らく中は無人だ。

 シャチが扉の隙間にナイフの刃を挟んで錠を半ば割るように壊し、中へと踏み込んで階段を使い、最上階に上がる。
 近海を海軍の巡視船が旋回しているであろう状況で船を空にする訳にもいかず、この場には全乗組員の半数しか居ないが、全員でバルコニーを陣取ると流石に窮屈になった。ジャンバールはそもそも二階建ての建物並みの身長があり、前にどれだけ人垣があろうと彼の視界は良好なので見張りも兼ねて扉の前に居て貰っている。

 中央のモニターには処刑台が映る。
 鉄骨と木材を組み合わせた古めかしくも厳つい其処に、鍛えられた上半身を晒す黒髪の男が膝をついていた。俯いていて顔は見えないが今回の主役とも言えるポートガス・D・エースだろう。

 数秒その姿を見つめていた所で不意に台の後方に在る階段から中年の男性が現れ、エースの元へ歩み寄る。胸から腹にかけて幾つもの勲章が飾られた軍服が男性の地位を語るが、装飾以上に目に留まる物があった。

「えっ…カモメ…?」
「お、センゴク元帥。きちっと姿見るの初めてかもなァ」
「そう言やそうだな、新聞でしか顔見た事なかったな」
「いや、ペンギンさん、え? 髭が三つ編み……えっ元帥?」

 至って普通の顔で会話するペンギンとシャチに俺が却って戸惑う。元帥の顎から伸びる三つ編みがやたら長い。元帥の帽子の上に居る作り物らしきカモメがやたら愛らしい。
 なかなかに奇抜、いや自己主張のしっかりしたファッションだと思うのだが、あれが海軍本部元帥と言われて納得しかねる俺の感性がこの世界では可笑しいのだろうか。

『エース、お前の父親の名を言ってみろ!』

 突如カモメ元帥が語り出した事によっていよいよ皆の意識も視線もモニターに釘付けとなり始めたので言及は諦め、一旦客室に戻る。
 キッチンを覗けばコンロの上に置きっぱなしのヤカンが在り、傍には茶葉や珈琲の粉が詰まった瓶が幾つも置かれ、紅茶に合わせるジャムまで在った。

 代金を払わず人様の物を勝手に拝借するのは非常識且つ犯罪だが、俺は最早他人の非行を詰れる立場ではない。心中で顔も名前も知らないホテルオーナーに向けて詫びてからヤカンを火にかけた。

 湯が沸くのを待つ間にも外からは元帥の話が途切れず聴こえる。
 何やらエースの出生に関して語っているのは分かるのだが、正直な所俺個人がエースの処刑に然程注目していないのであまり頭に入って来ない。

 彼の生死を巡って多勢の艦隊と海軍が全面衝突する、などとまるで小説のような予定をローに確信させるその存在の影響力が凄いという事は何となく分かるが、そもそも"部外者"である俺はハートの皆と同様の関心はどうやったとて示せないのだ。

『お前の父親は! "海賊王"ゴールド・ロジャーだ!』
「………」
「ええェ!?」
「はァ!? マジかよ!」
「本当、か…?」
「ロー紅茶と珈琲どっちー?」
「いやアルトお前それ今しなきゃ駄目な質問!?」
「珈琲だな」
「いや船長ォ!? 落ち着き過ぎィ! でも其処が格好良い!」
「うるせェ」
「すみませェん!」

 



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