「……得物を持てって事?」
「持った方が良い、とは思ってる。それだけでも威嚇になるのは解るだろ」

 俺の問いかけに対して寄越されたローの提案と言うか、言いたい事は分かる。
 刃物であれ拳銃であれ、命中率こそ持ち主の実力に左右されるが運と使い方次第では格上の相手を仕留められる可能性のある武器というのは、時には無用な面倒事を避ける原因になってくれるものだ。

「お前に関しちゃその身体自体が武器なのは承知してる。だからこそ有事の際、敢えて戦闘中に得物を手放して敵の意表を突くような動きも可能だろう。道具を主力に据える必要はねェよ、あくまで補助的な役割で使え」
「…でも、何で刃物?」

 路地の向こうに建つ武器屋を横目に尋ねる。店内には視認出来る限りでもレイピアからダガーナイフ、刃の長さも様々なオーソドックスな形状の剣、ローが持つ物とよく似た鞘付きの刀まで多様な品が並んでいる。

 俺自身、刃物はあまり好きではない。相手を斬りつける時にその感触が直に手へ伝わるから、という点が唯一且つ最大の理由だ。後々包丁で料理をしようとした時にも感触を思い出しそうで、これまでに人を刃物で傷付けた事はない。

 自分の為に、或いは他者の為に人を殺めなければならないのならせめて銃器を使いたいし、命を奪わずとも暴力に物を言わせるのなら自分の手足を使う方が余程慣れている。
 剣の類いを持ったとしてもローの口振りからして能動的に振るう必要はなさそうだが、少なからず抵抗感は抱く。かと言って素手や蹴りで相手を絶命させる技は生理的に使いたくない。

「長さや形に多少違いがあっても、剣か刀と呼べる形状のモンなら先ず俺が扱い方を教えられる。他の連中は暗器や拳銃、ナイフ類が主だから、組み手はともかく捌き方を教えるには不向きだ」
「刀でなきゃ駄目?」
「いや? 駄目とは言わねェ。例えば飛来する物を弾く時、複数人を纏めて相手する時なんかは刀が便利だと俺が思うだけだ。鞘も使おうと思えば使える上、銃みてェに弾切れや暴発で遅れを取る懸念も無い。…それにお前、あの図書館で鬼哭の鞘を使って銃弾を弾いただろ。長物は少なからず適していると思うがな」

 確かにリーチのある武器は何かと便利ではあるし、特に俺に限った話をすれば「周」による耐久性と硬度の増強が可能なので、鞘だけでも充分な武器にはなり得るだろうとは思う。
 海賊にせよ海軍にせよ、敵となる相手が武器を持っていない事の方が珍しい。それ等全てに「凝」を施した手足で応じるよりは、此方も同様に武器を用いた方が燃費は良いだろう想像も難しくない。

 加えてローが自ら指導を申し出てくれているのだ。人の生命を脅かす道具を持つなら尚の事、腕の確かな人間に師事する方が良いに決まっている。

「見込んでそう言って貰えるのは、本当に…凄く、有難いんだけど…」

 けれどもやはり、踏ん切れない。
 よく研がれた包丁は少し力を入れただけで固い南瓜も西瓜も大根も、何でも綺麗に切れてしまう。刀の切れ味とて同じで、相手が人間ならば骨まで簡単に断つ事だろう。

 人は血を流し過ぎても亡くなる。そんなつもりがなくとも結果的に相手を死に追いやる可能性はあるのだ。
 俺には、刀の類いを振るう事で将来背負うかもしれない無数の人間の死を受け入れるだけの覚悟が、全く育っていない。

 過去にやむを得ず念が使える犯罪者の息の根を止めた事があるが、そうしなければ自分の命が危うかったとは言え、相手の絶命によって気が晴れる事も安堵する事もなかった。

「……木刀だな」

 断る事も頷く事も出来ずに居ると、腕を組んで此方を見下ろしていたローが息を吐き出しながら一言零した。告げられた単語に目線を上げれば顎で武器屋を指される。

「鍔競り合いになった場合を想定した、鍔付きの木刀もああいう店なら置いてる。船の材料に使われるようなある程度質の良い木で造られたモンだったら強度も多少マシだろう。考えてみりゃ、お前は覇気も扱えるんだしな。真剣である事に拘る必要はねェ…、悩ませたか」
「いや、ローが俺に刀合ってるかもって思って勧めてくれたのは嬉しいんだよ! 悩むって言うか、ただ俺が、刃物で人を傷付けたら料理する時にもそれ思い出すんじゃないかなって、ちょっと考えただけで…」
「それを悩む、っつうんだろ。木刀なら持つのか」
「……うん、それなら…」

 候補の外にあった得物の提案に有難く頷く。くまロボットを破壊した時にもローが言っていた"覇気"については今の今まで忘れてしまっていたので何の事を言っているのか判らないが、考えが変わってくれて正直ほっとした。

 俺の返事に一つ頷いて足を踏み出したローの半歩後ろを歩く。路地を抜けると、辺りに響く足音は俺達の物のみだからか武器屋の店主が顔を上げた。

 失礼ながら何処か無愛想な印象を受ける五十代ほどの男で、無精髭を生やしている。やや目尻が吊り上がった瞳でローを一瞥し、その肩に担がれた長刀を見て、それから俺に視線を移すと少し目線を落とした。

「…そっちの若ェの、右利きだな。何が欲しい」
「あ、えっ…と、鍔のついた木刀を」

 低い声で利き手を言い当てられて少なからず驚いた。ローのように掌に剣ダコが出来ている訳でもないし、仮にそういう物があったとしても身体の横にただ手を降ろしていた今の姿勢では手の内側までは店主に見えていなかった筈だ。

 俺の返答を受けて店主がカウンターを離れ、室内壁際の棚に歩み寄って詰まれている長方形の箱の中から一つを抜き出し、迷わず戻ってくる。
 卓に置かれたそれの蓋が開けられると、全身真っ黒な刀が現れた。

「剛木"ダイヤ"の丸太から彫り出された品だ」
「ほう、…"ダイヤ"と言やあまりに硬ェんで加工が困難を極め、大概の鍛冶職人が匙を投げる樹木だと聞いたが?」
「あァ。こいつが完成するまで一年以上かかったらしいぜ。どれだけ硬くとも人を斬れはしねェからな、結局此処で埃を被っちゃあいるが……名前負けしねェ程度には業物ともやり合える。だのに鋼より軽い。その若ェのの太くねェ腕にはこいつ位が良いんじゃねェのか」

 言葉と共に手渡された木刀を、取り敢えずと握ってみる。
 元々黒い肌をした木材らしく、しっとりとした冷たくも温かくもない感触が掌に伝わった。刃にあたる部分の全長は俺の肘辺りまである。

 腰に帯刀するとなると些か長そうだが、この軽さであれば背負うも担ぐも苦ではないだろう。少し大きいフライパン程度の重量だ。鍔は楕円形で、この素材の名称らしき"ダイヤ"の名前にちなんでか菱形の紋様が描かれている。

 良い品だ、と素直に思えて購入の意思を伝えようと口を開きかけた俺の横で、またもや先にローが動く。

「これは幾らだ」
「そうさな……あんた等の顔に免じて少しまけてやるよ。大きな声じゃあ言えねェが"世界貴族"の横暴ぶりは有名だからな、良い気味だと思ってんのはオレだけじゃねェ筈だぜ」

 新聞に掲載されたであろうシャボンディの件を仄めかしながら片手を広げる店主に、ああ五万ベリーか、素材が高価そうな響きだもんなあなんて事を思う。
 だが次にローが小電伝虫を取り出したかと思うと「ペンギン、さっきの新聞売りのワゴンから北西に五分ぐらい歩いた所にある武器屋まで五十万ベリー持って来い。至急だ」と何食わぬ顔で言い放った為、俺は妙な手汗をかく事になった。

 



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