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たくさんのプレゼントよりもほしいもの


(総悟くんお誕生日の一日)


一緒にいればいるほど思い知るが、姫は本当によくできた女だと思う。

美しい外見を鼻に掛けることもなく真面目で誰にでも警戒なく親切にし、足りない部分を自覚すれば勉強や努力で補おうとする。常に愛想を振りまいて仕事も手を抜かない。

人の些細な変化もよく見ていて、食堂で隊士の体調を気遣ったり一人ひとりに声をかけている姿をよく目にする。
怪我をした奴がいれば救急箱を抱えてすっ飛んで行き、腹の底から心配そうに手当てするもんだからお前は過保護な母親かと言いたくなる。


彼女が屯所にいるだけで空気が違う。
平和の世界を生きてきた女。
その身にまとう柔らかな空気を隊士たちは感じ取っていた。それは自然と安らぎに変わる。いつしか彼女の待つ屯所に帰ることが心の支えになっている奴もいる。


かく云う俺も姫を特別視しているその一人だ。
他の隊士と違うのは女中としてではなくひとりの女として、姫のことを特別に思っているという意味だ。
表向きは彼女を拾い身の回りの面倒を見ているだけ。その上、姫から与えられた友達というカテゴリの中でひとり地団駄を踏んでいるに過ぎない。
俺が邪な目で姫を見ていることなんて本人は夢にも思わないだろう。

言われた仕事をこなし笑顔を絶やさないが、本当は周りが思うほど強くない。自分がここへ来た理由もわからず得体の知れない不安と共存しているのだ。
夜にひとりで泣いているのを知っている。
眠れない夜があることを知っている。
だがそれを周囲に見せることはない。優しさだけではない、芯の通った強さがある。それを知るのは、俺だけだ。


だが、ただそれだけのこと。
俺もその辺の隊士と同じその他大勢に過ぎない。
俺は彼女にとって、いい友達でいなければならない。
この世界でたった一人ぼっちの彼女に寄り添う、友達に。









「総悟!誕生日おめでとう!すまんなぁこんな日に」

「関係ねェですぜ近藤さん。この歳にもなって誕生日なんてしみったれたモン祝うのも恥ずかしいでさァ」

「何言ってんだ、今年は姫ちゃんもいるし今夜にでも盛大にお祝いするとしよう」

「いや、姫には言わないでくだせェ。誕生日ごときで浮かれてるなんて思われたら小っ恥ずかしいんで。じゃ」

近藤さんの返事も待たず踵を返す。
姫に言えばそれこそ張り切って祝ってくれそうだ。だがそんなふうにされるのも恥ずかしいしもう当日だ。仕事もあるしわざわざ言うことでもない。





「総悟くん」

攘夷浪士による武器の取引きがあることを掴んだため、午後には取引現場を押さえに出る。部屋で刀の手入れをしていると姫が訪ねてきた。
手を止めて入るように促すと、流れるように部屋に入って刀の邪魔にならないような辺りに熱い茶を置いた。
姫がいた世界では着物を着る習慣は殆どないと言っていた。それを感じさせない美しい所作。つい目で追ってしまう。


「午後、出かけてもいいかな?」

「かまいやせんが、今日はどこへ?」

「………万事屋さんちで枕投げ大会するの」

嘘だな、と即答できるほど不自然に目が逸らされた。
指摘してくださいと言っているようなものだ。バレてないとでも思っているのだろうか。逆に、試されているのだろうか。


「ふーん。下の隊士に言っときまさァ。仕事で送っていけねェから気つけな」

「うん、ありがとう。総悟くんもお仕事がんばってね」

あからさまにホッとした表情で言うから吹き出してしまいそうだ。平和ボケしてんなぁ。
手入れを終えた刀を持つ自分とのギャップが滑稽に思えた。












「話に聞くともっと骨がある奴らだと思っていたが…どうやら見込み違いだったようでさァ」

「沖田隊長!お疲れ様です。あとは我々が送検します」

「おー頼まァ。俺は見回りしながら帰るんで」


攘夷志士の取引現場は情報通り行なわれた。
一斉に取り囲み切りにかかったが…大した抵抗もなく、呆気なくお縄についた。拍子抜けだ。少しは楽しめると思ったのに。つまんねぇ。

片付けも隊士に任せると予定よりかなり早く暇になってしまった。
真っ直ぐ屯所に戻ったところで姫はまだ帰っていないだろう。今頃楽しく『枕投げ』に興じている頃だ。

特に用もないが大通りをブラブラと歩く。
休日ということもあり賑わっていた。出店も多い。
若い女たちが髪飾りや化粧品など楽しそうに眺めている。

そういえば、姫も今日化粧をしていたな。
もとがはっきりとした顔立ちだから化粧をしたからといってそんなに変わる訳ではない。
ただ紅を引くとぐっと大人っぽく見える。姫は派手な化粧をしないので紅も比較的落ち着いた色を好んでいるようだった。
その艶のある桃色の唇を見る度に、思い切り食らってみたい……とドS心が疼く。

帰ったら軽くからかってやるか、と思っていると雑貨が並ぶ出店で耳飾りが目に入る。気まぐれに店内へ足を踏み入れると奥の方にピアスが並んでいた。
初めて外を連れて歩いた日に触れた髪の感触を思い出す。人形のように精密に形取られた耳に人工的に傷付けられてできたピアスホールがやけに不釣り合いに見えたのを覚えている。


並んだピアスの中に、小ぶりな薄紅色の花の飾りに石のついたピンクゴールドのピアスが目に入る。色も大きさも控えめなのに、やけに存在感があるそれを手に取ると姫がこれを付けている様子がぼんやりと浮かんだ。

「おっちゃん、これくだせェ」

「おやこれは真選組の沖田さんじゃあありませんか。プレゼントですか?良いものを選びましたな」

「そりゃどーも」


「この天然石は複雑にカットされていて、浴びた光によって様々な色に輝くように反射するんです。美しく稀少な石なんですよ」

「へェ」

「これを送る貴方と、身につけるお方に幸せがありますように」


小さな箱を隊服のポケットに入れて店を出た。
女に贈り物か。柄でもねェのに気になって買っちまった。姫のことを考えると調子が狂う。






なんと言って渡すか悩み、随分と回り道をして屯所に帰ると姫もちょうど戻った頃だった。
俺を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる姿がいじらしくて自覚しないうちに微笑んでしまう。誤魔化すように頭に手を乗せた。

枕投げのことを指摘するとわかりやすく狼狽えて後退していく小さな身体を壁際まで追い詰めていく。
廊下の影で壁と俺の腕の間に収まって逃げ場を失った姫は、降参とばかりに身を縮こませて謝ってきた。やり過ぎたか。


思い立ってポケットから小さな箱を取り出す。
指先で手に取って姫の耳に通し、カチリとキャッチを留めた。
長く何も通していなかったようだったが、まだしっかり穴は通っていた。
もう片方の耳にも同じようにして彼女の耳の一部になったピアスを見下ろす。想像通り、とてもよく似合っている。


「それ、付けてなせェ」

「きれい……………」

「よく似合ってるぜィ」

「ありがとう……大切にするね」


姫も驚いていたが気に入ったようだ。
その穴を塞いだ独占欲が込み上げてくる。
自分が送った物で惚れた女の美しさが際立つことが嬉しかった。

目の前に姫がいることが日常になりつつある。
その事実が何よりの誕生日プレゼントに思えた。






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