(微裏注意)こうも平和が続くと何か刺激が欲しくなる。
今日の見回りは沖田隊長とペアだ。例に漏れず全くやる気が無いようで助手席に座りアイマスクをつけている。見回りの意味ないんですけど。まぁ普段なら見回り自体サボっているこの人からすれば真面目に仕事をしているという認識さえあるのかも知れない。それにしても今日は平和だ。こうも何もないと雑談もしたくなる。相手があの沖田隊長だとしても。
「そういえば沖田隊長って姫ちゃんのどういうところが好きなんですか?」
返事はないし暫く沈黙していたので寝ているのかと思い視線を外に向ける。手を繋いで歩くカップル、スーパーの袋を下げて足早に歩く主婦、フラフラとパチンコ店から出てくる中年の男達。よぼよぼと杖をついて散歩している老人と同じタイミングで欠伸を噛み締めた。
「一言でいうとめちゃくちゃ可愛い」
ふいに隣からそんな声がした。
「起きてたんですか。…ていうかそりゃ見た人全員が思う感想じゃないっすかぁ。えーとじゃあどんな時に可愛いって思うんすか?」
また長い沈黙があった。愛しい彼女のことを考えているのだろう。この人は普段悪魔の化身かと思うほどの振る舞いを見せるが姫ちゃんのこととなると打って変わって人間らしくなる。恋は人を変えるとかナントカという言葉があるがまさにそれだ。二人仲良く笑い合う姿は年相応の微笑ましいカップルだ。あー羨ましい。なんでこんな血も涙もないような人にあんな美人で性格の良い彼女がいて、日々虐げられながらも真面目に仕事してる俺には恋人のこの字もないんだ。
「『だめ』」
「は?」
「『だめ』って言う時が特にそそる」
「それ絶対隊長がなんか変な悪戯した時に姫ちゃんが怒って言う言葉でしょう」
「案外別のところで聞けるんでィ」
「そりゃ毎日ちょっかいかけてますからねぇ」
「まぁ童貞には刺激が強い話だけどなァ」
「だっかっらっ!!!童貞じゃねぇっつの!」
……という会話をしたのがつい数日前の話だ。
その日、彼女宛に小包が届いたので部屋に向かった。空き部屋ばかりの通りの奥を進むと密やかな話し声が聞こえてきた。どうやら部屋にいるらしい。ちょうど良かった。声を掛けようとすると何か…様子がおかしい。空気が普段と違う。姫ちゃんの部屋の一歩手前で立ち止まる。
「…っ、や、総悟くんってば、」
「真っ昼間からこんなにしといて何が嫌なんでィ」
「誰か、来ちゃ……っん、」
「今日姫は休みだしわざわざ部屋に来る奴なんてネズミくらいだろ」
「だからって…!も、っあ、」
……………これは………お取り込み中のようで。
白昼堂々何やってんだあの人は。つーか姫ちゃんは休みでもアンタはバリバリ仕事中だろうが!!!姿が見えないと思ったら女の子の部屋で『休憩』かよ!良いご身分で!!ああ腹立たしい!!
反射的に身を潜め気配を消してしまうのは監察の性だ。行き場を失った小包を抱えどうしようかと考えを巡らせる。まぁこんな甘ったるい空気をぶち壊して声を掛けるなんて大人気ない事はしないが嫉妬と怒りで気が狂いそうだ。ちょっとくらい立ち聞きしてもバチは当たらないだろう、多分。
憤慨しているその間にも部屋の中では沖田隊長の言葉攻めにも取れる低い囁き声と姫ちゃんのいつにも増して高く甘やかな声が鼓膜と心臓を震わせる。思わず神経を集中させて聞き耳を立ててしまうのは…男の性である。
しばらくの沈黙の後にくぐもった呼吸と、ちゅっと濃厚なリップ音がした。うわ、なんていうか、めちゃくちゃリアルだ……。
「おーすげぇや。姫の身体も明るいうちが好きなようでさァ」
「も、違うよっ…、そ、うごくんが、ぁっあ、」
布が擦れる音と、微かに届く水音にカッと身体が熱くなる。これ以上の立ち聞きは本格的にヤバいんじゃないか。しかし立ち去るタイミングを完全に失ってしまった。足が動かない。下手に動いてバレたら確実に殺される。
…確かに付き合ってしばらく経つ恋人の二人なら愛情を確かめ合う行為くらいはしているだろうと想像付くが、日頃隊士達から天使とか女神とか言われ神聖な存在と崇められるほど美しい姫ちゃんが乱れる所なんて考えたこともなかった。それもこんな風に、通称ドS王子に人目から隠れ密やかに辱められている情事を偶然とは言え覗いてしまうなんて。無粋だとは思いつつその様を脳裏に想像してしまう。おい止めろ俺、それは流石に彼女に失礼だろ。
「溢れてくるところも全部見えるぜ、ほら」
「っあ、やぁっ、そんなに、だ、め…!」
「もうイくのかよ」
「ひゃあっ、だめ、総悟くっぁ、あっ」
「だめって言われるともっとしてやりたくなんだろ」
「っあぁ、は、んん、」
ちゅ、ちゅ、と耳を塞ぎたくなるような艶かしい口づけの音によって姫ちゃんの切羽詰まった嬌声が掻き消される。あ、ヤバい勃ちそう。
「……流石にこれ以上は有料でさァ」
瞬間、ぞくっと背筋が凍る。部屋の外に…真っ直ぐ俺に向けられた殺気に別の意味で震え上がる。あの人、絶対気付いてる。
「っ…そ、ごくん……、?」
「何でもねぇ。ネズミを追っ払っただけでさァ。それよりこっちに集中しな」
「んあぁ…っ!」
おおおおお邪魔しましたァァァァァァァァ!!!!!
心の中で叫び声を上げながら一目散に逃げた。部屋の通りを抜けてからはドタドタと足音を立てなるべく遠くに走りまくった。怖すぎるだろ沖田隊長ォォォ!!!!!ていうか色んな意味で怖い…!姫ちゃんの責められる声を聞いた上にあんなことやこんなことになっているであろう二人の痴態を想像してちょっと勃ったとか絶対言えないし、ていうかもう絶対殺されるゥゥウゥゥゥウゥ!死刑確定しちゃったァァァァ!!!!いやいやそもそも昼間っからあんなことしてる沖田隊長が10割悪いのに何でこっちが悪いことしたみたいな空気だったの!?冤罪!俺は冤罪だァァァァ!!!!
「あああああああァァァァぁァァァァア!!!」
「おいどうしたザキ!?顔真っ赤だぞ!?何だその血は!?」
「…あ、局長…」
通りかかった局長に言われてみれば手の中の小包にぱたぱたと赤い染みが出来ており廊下にも飛沫が飛んでいた。俺の大量の鼻血で。嗚呼…局長にあの人のことを報告するべきか…しかし報復が恐ろし過ぎて何も言えない。命のカウントダウンはもう始まっている。
「………とりあえずティッシュください」
二つの意味で。できればボックス一箱。
その後盛大にニヤついた顔の沖田隊長に「アイツの『だめ』、最高だろ」と囁かれた。そして自分から聞かせた癖に理不尽にも「姫の声を記憶から消せ。今すぐに」と文字通りボコボコにされたのであった。
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