×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

▼ ▼ ▼




万事屋の店主である坂田銀時について述べることがあるとすれば、『どうしようもないダメ男』という一言に尽きる。雇用主でありながら給料未払いは当たり前、未成年を放って家を開けることもしばしば。依頼が入ればパチンコと居酒屋に行き依頼がなければツケで居酒屋に行く。

そしてわたしの彼氏である坂田銀時について述べることがあるとすれば、『どうしようもないダメ男』という一言に尽きる。彼氏でありながら夜の街に繰り出すのは当たり前、彼女を放って朝帰り。デートの約束をすっぽかすこともしばしば。二日酔いだなんだと言い訳を並べ今日もツケで居酒屋に行く。

今日は大事な話があるからと再三言っておいたのに。おかしいというかやっぱりと言うべきか銀さんはいない。大事な話と言うのはプロポーズとかサプライズとかそんな浮ついたものではない。会社をリストラされたのだ。このご時世、若くて独身の女が優先されて首を切られる。仕方ないとは言えこのタイミングで田舎の一人暮らしの父親が倒れたと昨日連絡があった。こんな時頼れるのは恋人や友人の存在で、仮にも万事屋の彼氏なら普段はああでも相談に乗ってくれると思ったのに。

「…クソ馬鹿野郎」

帰ろうとするとガタガタと戸を開ける音がした。

「あれお前来てたの」

「…言ったよね大事な話あるって」

「あー今日だったっけ」

「昨日言ったばかりだよね電話で。その時も誰かと一緒にいたみたいだけど」

あーとかおーとか言いながら頭をかくのはとぼけて誤魔化してやり過ごしたい時。ふわりと香る石鹸の匂いと首筋にキスマーク。ああなんかもうどうでも良くなってきた。こんなとこにいる理由なんてもう無いじゃん。靴を脱ぐ銀さんの横を擦り抜けて戸を開けた。

「別れて。銀さん。もう要らないや」

「…は?」

「バイバイ。特に何もしてもらってないけど今までありがと」

「ちょっ、お、おい名前」

動揺した銀さんは名前を呼びこそしたけど呼び止める事はしなかった。それが答えだ。呆気ないね。あーあ。仕事と彼氏を同時に失うとか笑える。その足でアパートを解約して委託業者に家具や荷物の処分もお願いして電車に乗って田舎に帰った。バイバイかぶき町。クソ馬鹿野郎。

田舎に戻ってからは平和の一言だった。嫌いな人混みもないしセクハラ上司がいる会社に行かなくていいし父親の代わりに仕事を手伝って畑の世話して一日が過ぎていく。健康的でゆったりしてていいなぁ。

「名前、今日は調子が良いから俺が畑をやるよ」

「無理しないでってば。せっかく帰って来たんだからやらせてよ」

「お前、本当に良いのか?都会でバリバリ働くって出てったのに」

「あーそうだったねもう忘れてた」

そんなもんだよ。初めての事ってドキドキワクワクするでしょう。あの頃は希望しかなかったもん。わたしの人生何か変わるかもって。銀さんと付き合った時もそうだった。飲み屋で知り合って仲良くなって冗談半分で告白された。『じゃあ付き合ってみる?』…この人といたら楽しそうで何かが変わるかもって思っただけ。今となってはよく思い出せない。酔ってたしなぁ。ただあの選択は失敗だったらしい。わたし達は恋人らしい事なんてした事もない。会っても良い大人が並んで酒飲むだけ。キスは、付き合った夜の別れ際に一度だけ。それだけ。なのに銀さんは知らない女と朝まで過ごしてたりする。彼女って、何だっけ?恋人の定義はどこに落として来たんだっけ。もうめんどくさい。恋なんていいや。

「…しばらくはここにいるよ。お父さん心配だし」

「ありがとうなぁ、悪いな」

三日ほどして思い出した。恋人らしい事、というかデートらしいデートをした思い出があった。あれは付き合ってすぐのこと。わたしの誕生日にオープンしたばかりのプラネタリウムを見ようって待ち合わせしたけど結局遅刻して来た挙句に薄暗いプラネタリウムのドームでぐーすか居眠りこかれた事。周りのカップルには笑われ哀れみの目で見られもう本当最悪だった。ああ今になってめちゃくちゃムカついて来た。その時の誕生日プレゼントなんてジャーキーだよジャーキー!定春のお宝隠した穴から掘り出した土塗れのやつ!!

「マジで別れて正解だわ」

忘れよう。どうせもう江戸に行く事もないし。




あれ?おかしいな。全然忘れられないんですけど。何故かって?あの人が…元彼が訪ねてくるようになったんですよこんなど田舎まで。どういう風の吹き回しだろうね。付き合ってる時は万事屋から20分の距離でさえも会いに来てくれた事なんてなかったのに。初めて来た日、庭でぼんやりとしてると幽霊かってくらい突然現れてめちゃくちゃ驚いてほうきを振り回した。

「ぎゃあああオバケ!!!地縛霊!!!」

「ちが、っ痛てっ!おい落ち着けって」

「本物!?なに!?こんなとこまで!?」

とにかく落ち着けと言われて息を整える。うわ本当に銀さんだ。

「あのさぁ」

「なに?本当に何?今更なんのため?ていうか住所どうやって知ったのストーカー?」

「会いに行ったらアパートも携帯も解約してるし…会社に行ったら辞めたって聞いた。リストラだったんだな」

「そーですよだから隠居してるの。もう帰りなよ。新八くんと神楽ちゃん心配してるよ。こんなとこ銀さんの好きなお店もないしつまんないでしょ」

「…また来るわ」

「え?なんで?」

それから週に三回、本当に会いに来た。こんな辺鄙な土地に往復二時間半。それ以外は他の女の所に行ってるのかもしれないし万事屋のあの椅子で寝てたかもしれないしジャンプ読んでたかもしれない。でもここに向かうためにスクーターに乗るその瞬間だけは絶対にわたしのことを思い出してるはず。それがほんの少しだけ心地良いと思ってしまうほどには愛情に飢えていた。銀さんの心の中に少しでもわたしの存在があったことを知って嬉しいと思ってるんだって、何週間かして気がついた。

「名前、お前身体は大丈夫か」

「うん。仕事してた時は休んだりしたけど最近は大丈夫」

「無理するなよ。若いんだから、尚更」

「……うん」

『名前、時間は有限だからたくさん幸せになってね 』
死ぬ前にお母さんが言ってた。ねぇ銀ちゃん知ってた?うちの母方の家系に生まれる女の子ってみんな短命なんだよ。なんでだろうねぇご先祖様が何か悪さでもしたのかな。だからお母さんはわたしが6歳になったばかりのある日突然血を吐いて亡くなった。お父さんもわたしを育てるために必死で働いて今そのガタが来てる。わたしだってもう二十歳越えてるしいつ死ぬかわかんないんだよ。だからさ、もういいよ。好きじゃないならそう言ってよ。突き放していいよ。残りの短い人生、一人でいいよ。…なんて、こんなこと銀さんに言うつもりはない。だって元カノが突然死んだら後味悪いでしょ。だから早く諦めてもらわなきゃ。

いつの間にか奇妙な顔合わせが始まって二ヶ月ほど経っていた。並んでぼーっとしたり畑や買い物を手伝ってくれたりご飯を一緒に食べたり新八くんと神楽ちゃんの様子を話したり相変わらず銀さんの意図が掴めずにいた。わたしたち友達の方が上手くいくのかな、なんて思ったりした。そんなある日、ずっと黙っていた銀さんが言った。

「俺さー、人より性欲強いんだよね」

「…はぁ?何の話?」

「今まで特定の女と付き合った事ないし誰とでも寝れるし名前と付き合って辞めようと思ったけどでも溜まるもんは溜まるし」

「そーですか良かったですね」

「だから恋愛感情っつーの?女を好きになったの初めてでさ。触れないことが大事にすることだって勘違いしてた。ずっと」

「…懺悔のつもり?いやでも普通に考えていい大人が付き合ってキスもしないとかあり得なくない?そんで外では色々済ませてくるってさ、女として価値がないって言われてるのと同じだよ」

「…だから、悪かった」

「いや……悪いとは思ってたんだ」

何その、今更過ぎる話。好きになったの初めて?馬鹿じゃないの。そんなことある?中学生でももっとマシなこと言うよ。

「戻って来て欲しい。一緒に暮らそうぜ。万事屋で」

「…無理、だよ。仕事ないしそれにわたしもう、」

「身体のこと気にしてんの」

「…なんで」

「会社の同僚に聞いた。前に休みが続いたから聞いてみたら短命なんだよねーって言われたって。心配してた」

「嘘だと思わないの」

「思わねーよ。お前絶対に嘘つかねぇもん。そういうとこが好きになったんだよ。俺は直ぐ嘘ついて誤魔化して馬鹿みたいな失敗繰り返してばっかで、でも、」

銀さんの大きな手がわたしの握り拳を包んで、ぎゅうと力が込められた。そう言えば手繋いだこともなかったねわたしたち。

「このまま、名前のこと傷付けたまま一人で死なせる男にだけはなりたくねぇ」

「そんなの…ただの自己満じゃん。理想の男を掲げてるだけだよ。できもしないのに。だったらもう関わらない方がお互いのためでしょ」

「ずっと考えてた。どうしたらいいか。そしたら付き合う時にお前が言った言葉、思い出したんだよ」

『あーあ死ぬまでにすごい素敵な恋してみたいなー』
『じゃあ付き合ってみる?』
『……いいよ。大事にしてね』

「そんなこと言ってた?覚えてない」

「名前に惹かれて告白して付き合ったけど、大事にするって方法がよくわかんなかった。だから触れないようにしてたらいつの間にか話し方もわからなくなって…結果的に避けてた。好きだよ、ちゃんと。ごめん、名前」

「……銀さん」

「好きになったのは名前だけだ。これからも」

………わからない。この人の言ってることが嘘かホントか。こんな風に目を見て気持ちを伝えてくれた事なんてなかった。こんなにちゃんと話しをした事も。真剣にわたしを見る事も。それでもこの数ヶ月の行動でわたしと銀さんの心の中の何かが変わった気がした。

「…………でももうあんな気持ちになるのは嫌」

「もう二度としない。約束する。その代わり名前のことすっげー抱くけど受け入れてくれる?」

「なにそれ。ほんと自分勝手で振り回してばっかでむかつく、銀さんのくせに会いに来たり今更優しくしてむかつく……」

「なぁ、名前にとって『大事にして』ってどういう意味?教えて」

ずるい、むかつく。抵抗できるようにゆっくり抱き締めて聞いたことない優しい声で囁く銀さんなんて知らない、むかつく。ずるい。

「…っ、愛して、ちゃんと。逃げないで…好きならそう言って…っ」

「わかった。『大事』にするよ。だからすげー素敵な恋、俺として。今度こそ」

頷いた。最低最悪の男だけど、この人が最後の恋でもいいと思えた。




「お疲れ」

「わっまた来たの?」

「来るに決まってんだろ」

あれから数ヶ月。お父さんの具合いも良くなって万事屋のすぐ近くのアパートを借りたわたしはバイトだけど働き口を見つけてまたこの町に帰ってきてしまっていた。それもこれも銀さんからの猛アプローチに屈して…というかまぁもう一回だけチャンスあげてもいいかなーって気持ちになったから。それでまたダメになるならそれまでだと半分は諦めてたんだけど毎日バイト上がりの時間に迎えに来てアパートまで送ってくれるし連絡もマメでこの人は本当にちょっと前のアイツと同じ人間なのかしらってくらい素敵な彼氏になった。やれるんだったらはじめから本気出せよとツッコみたいところではあるけど、恋愛がどういうものなのかをやっと理解し始めたらしい。こっちもどうしようもないダメ男の銀さんが本当は人に対してこんなに優しくできたんだということを知ることができたという点で一度別れた事は意味のある決断だったと思うことにした。

「なぁ本当にウチに来ねーの?神楽に気ぃ使ってんなら…」

「ううん、そうじゃない。いきなり一緒に住むと銀さんに頼りすぎちゃうしほらお金とか負担になりたくないし」

「負担っつーかそれはいいんだけど心配なんだよ。ある日アパート行ったら倒れてましたとか想像しちまって」

「縁起でもないこと言わないでよね」

「だから俺んとこ来いって」

「今はこのくらいの距離感が気に入ってるから」

「俺は物足りねぇっつってんの」

「毎日会ってるのに。むしろ前は全然会ってなかったじゃん」

「いや前はホラ…そのなんつーか…溜まったモンを処理する時間が必要だったわけで。お前見るとムラムラしちゃって」

「この性欲魔人が」

「いやもう名前以外無理だわあんなん知っちゃったら俺もう無理だわ他の女じゃ到底無理だよアレは。昨日なんてさぁまさかあんな」

「道のど真ん中で変なこと言わないでくれない!?」

バシッと背中を叩いても広くて硬いそこはびくともしなかった。

「…多分、性欲強いとかそういうんじゃなかったんだって今なら思う。気持ちの行き所がわかんなかった反動っつーか…。今は自分でもびっくりするくらい他の女に興味ない」

「それが普通だと思うんですけど。…でも、良かったね」

「だから遠慮してないでもっと頼れよ」

そう言って笑った銀さんの言葉に涙が出そうになった。返事する代わりに手を取って指を絡める。あーあ、こんなにうまくいっちゃうと死ぬに死ねないや。ごめんね、先に死ぬけどあんまり悲しまないで。どうかこの人が一人にならずにずっとずっとゆるく笑っていられますように。毎晩寝る前に血を吐きながら神様に願ったりなんかして過ごしてるわたしの命が、まだもう少しだけ続いて欲しいとやっと、思えるようになった。


みっともなく愛して

うまれたものときえていくもの

request by 朋絵様 title by さよならの惑星