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いつも通りのかったるい見回りを終えて屯所に帰る途中、高い笑い声が聞こえた。見れば数人の子どもが集まって楽しそうに遊んでいる。地面に書いた丸の数に合わせてぴょんぴょん跳ねている姿は仔ウサギのようだ。
「けーんけーんぱ!」
「きゃはははっ」
「あー転んだぁ」
「だいじょーぶ?」
「もーいっかーい!」
ふと、その中の一人がこちらを向いた。一際目を引いた理由は分かっている。自分よりも少し濃い栗色の髪がキラキラと光に透けて輝く。朝、綺麗に結われたはずのそれは今日一日のはしゃぎ様で今にも崩れそうだ。零れんばかりの大きな瞳と陶器のように白く滑らかな肌は母親譲り。
「パパー!」
どん、と腹の下辺りにタックルされる。ぎゅうっと足に絡みついてから両手を広げる仕草は抱っこをせがむ時の合図。腰をかがめてひょいと持ち上げればニコニコと笑い首の後ろに腕を伸ばした。バイバーイと友達に手を振ったのを確認して歩き出す。
「そのお転婆は誰に似たんだか」
「ママー!」
「それはねーな。マジで顔だけはそっくりだけど。美人に産んでもらったこと感謝しろよ」
「へーい!」
「旦那の真似すんじゃねェ」
五年前に生まれた娘。正真正銘名前との子だ。俺と名前を足して割ったような外見の愛くるしい女の子。真選組という男所帯の中で育ててしまったせいか性格はやや男勝りな部分があるが、愛嬌があって活発で…早い話がめちゃくちゃ可愛い存在だ。
「お前、母ちゃんどうした」
「お買い物〜『女の買い物は長い』よねぇ」
「あー」
誰かの言葉の真似をする子どもを抱きながらすぐそこのスーパーに寄ってみれば店先で重そうな買い物袋をぶら下げてる名前の姿。視線の先には…。
「旦那じゃねーですかィ」
「お、出たなお天馬怪獣」
「あ!銀ちゃんだ!」
ぱたぱたと短い手足を伸ばす身体を下ろしてやれば今度は旦那の足にぴたっとくっついた。おいお前、なんでそんなに旦那に懐いてんだ。会う度に何かと悪知恵を吹き込むものだからこっちは警戒しているというのに。
「総悟くん、お疲れさま。これから帰り?ごめんね遅くなっちゃって」
「いや一旦屯所に戻る。家帰る前に報告しろって土方の野郎がうるせーから」
「ひじゅかたさんいるの?あたしも行くー!」
旦那に担がれながら短い手を挙げて主張する。
「来なくていい。お前いると長くなる」
「わたしも用事あるから一緒に顔出そうかな。そしたらみんなで帰ろっか」
にこにこと機嫌のいい名前の両手からスーパーの袋を取り上げると、ありがとうと礼を言って当然のように空いた手で俺の手を握った。
「おーおー見せつけるねぇ。いつまで新婚気分なんだか」
ひゅ〜とヘタクソな口笛で茶化してくる旦那は相変わらず堕落した生活をしているらしく今日はパチンコ帰りのようでその緩い性格と天パは何年経っても変わらない。
「旦那もそろそろ相手でも見つけたらどうですかィ。まあ俺の嫁以上に良い女なんてこの世にいやせんけど」
「ハイハイその自慢も飽きたわー。ま、仲良くて何より」
「ばいばーい!」
子どもを地面に下ろし頭をわしゃわしゃ撫でくりまわして帰っていく旦那と反対方向に歩き出す。屯所に寄れば案の定祭り騒ぎだ。
「おおいらっしゃい!いやー二人がここを出てから名前ちゃんと顔を合わせる機会が減って寂しいよ」
「近藤さんこんにちは。お手伝いできることがあればいつでも声をかけてくださいね」
「ひじゅかたさーん!」
「あ?お前また背伸びたな。まだまだミジンコみてぇだが」
名前と近藤さんが世間話している横で、土方のヤローにきゃー!と嬉しそうに飛びついていく我が娘。土方も素っ気ない態度をしているが口元が緩んでいる。それを横目で見ていた近藤さんも鼻の下を伸ばしまくっている。
「ガキのうちからモテてんなァ」
「可愛がって貰えて嬉しいね。この子には親戚がいないけど、こんなにたくさんの家族がいるからきっと寂しくないよ」
「…そーだな」
山崎や他の隊員が遊んでいる間に土方のヤローに報告をして帰路に着いた。今はもう屯所に俺と名前の部屋はない。結婚してすぐに屯所からほど近いこの家に移り住んだ。
「パパママ、ただいまー!」
「お帰りなさい」
「パパママも、お帰りなさい!」
「おー」
夕飯の支度するねーと名前が台所に引っ込むと、名前のちっこい版の子どもがどこからか髪飾りを持って俺の目の前に差し出した。
「パパ、お髪ゆって」
「母ちゃんにやって貰いな。俺はどうもそういうのは苦手だ」
「んーん、パパがいい」
「総悟くんに髪触ってもらうの好きだもんねぇ」
家族揃っての夕飯は数日ぶりだ。こいつなりに甘えているんだろう。子どもの頭なんて小さすぎて、糸よりも細い髪を纏めるのに苦労する。
「もう少し根元を持つと良いよ」
様子を見に来た名前が隣に腰を下ろした。娘が産まれてからぐっと大人の女になった顔が近くにあって思わず凝視していると、何かついてる?と聞いてきた。手は髪を持ったまま離せないから視線で合図してキスをした。少し眉を寄せた表情から、こんな時にやめてって心の声が聴こえてくる。それでも二度目は名前から触れてきた。結婚して子どもも産まれてしばらく経つというのに未だに照れながらはにかむ妻のなんと可愛いことか。
「おふたりさーん見えてますよぉ〜」
小さな手に持たれた手鏡でばっちり見られていたらしい。言い方がオヤジくさくて気に入らない。
「あっ、お鍋の火そろそろいいかな!」
逃げるように台所に消えた名前が助言してくれたお陰でいつもよりは大分マシな頭が完成した。
「あー肩凝った」
「ありがとー!」
「どうせ風呂入るからすぐ解くだろ」
「いいんだもーん。女の子はいつもオシャレしなきゃ」
「だったら外ではしゃぎすぎんのをやめるこったな」
「みんなよりはおとなしいもん」
ぽんぽん頭を撫で、ぷにぷにの頬っぺたをつまむとぷくーっと膨れた。コロコロ表情が変わる様は見ていて飽きないしついちょっかいを出したくなる。
「お待たせー!ご飯食べよー!」
「はーい!いただきまーす」
美味しいねー!と言いながら危なっかしい手つきでご飯を食べる娘の頬についたご飯粒を取りながら今日は何して遊んだの?と問いかける名前はすっかり親らしくなった。自分自身も、パパと呼ばれることにいつの間にか慣れた。名前以上に大切な物はないと思っていたが、同じくらい大切な存在が目の前に並んでいて、当たり前になりつつある幸福が恐ろしいくらいだ。
「総悟くん、怖い顔してる」
「…悪ィ」
「ご飯美味しくなかった?」
「いやめっちゃ美味い」
「良かった。そうだ、さっき屯所で話したんだけど」
あのねと内緒話をしてくる名前の方に耳を寄せる。
「今度近藤さん達がこの子を遊園地に連れて行ってくれるんだって。だからその日は二人でデートしようね」
嬉しそうにデートに誘ってくる名前が可愛くて腰を撫でるとご飯中だよ!と拒否られた。風呂に入って三人並んで布団に寝転がると名前が小さな声で子守唄を歌い始める。娘を寝かしつけるためのものだが心地良い声とリズムにいつもこっちが先に眠くなる。二人してうとうとしていると、「大好きだよ。おやすみ」と囁いた名前が子どもの頬に唇を当てた。そして俺と目が合うと、俺の頬にも同じようにして「大好き」と微笑む。眠気の中にいるからか、とても素直に笑い返した気がする。そして眠りに落ちていった。
*
「パパ」
夜中、高い声がした。夜泣きか?それとも厠か。いやだがこの声は……。
「ねぇパパ起きて」
「…どうしたんでィ」
「月が綺麗なの。一緒に来て」
「……お前、誰だ?」
目の前にいるのは小さな子どもじゃない。出会った頃の名前くらいの年齢で、そして母親にそっくりな少女だった。
「あはは、わからないの?当たり前か」
手の中にある小さな機械を握りしめた少女は俺を縁側に誘い出した。普段は小さな物音でも起きる名前は今はぐっすりと眠っていた。
「どこから話そう。緊張する。若い頃のパパって本当に格好良いね。今も十分格好良いけど」
「なんで急に成長してんだ?」
「そういうことはね、話しちゃいけないの。このシステムは、思い出を追体験する為の物だから」
わけわかんねぇ。寝ぼけてんのか?名前と良く似た話し方で、髪を耳にかける仕草も瓜二つだった。
「パパが仕事で家にいない日の夜はね、いつもママが思い出を話してくれたの。出会ってから私が生まれるまでの、お伽話みたいな話」
そう言って夜空を見上げた。
「今もこの頃も、すごく幸せだった。でも小さな頃の記憶って曖昧で思い出せなくて……。だから今日はすごく楽しかった。両親がこんなに愛してくれてるんだってもう一度分かったから。やっぱり、二人の子どもに生まれて良かった」
「なんだお前、嫁にでも行く気か」
「うん。パパったら『俺より良い男じゃなきゃ結婚は許さねェ』って言ったんだよ?だから確かめに来たの。あの人と同じ歳のパパがどんなに良い男なのか。本当にずーっと仲良しなんだね。私もこんな家庭を作りたいな」
「嫁に行くのはいいが万事屋の旦那みてェなマダオは辞めとけよ」
「ふふ、いつもそればっかりだよね。でも銀ちゃんが初恋の人だったりするんだぁ。知らなかったでしょ」
「………マジか」
父親よりだいぶ年上でチャランポランな男のどこがいいんだよ。せっかく美人なのに男を見る目はないらしい。そろそろ終わっちゃうと小さな機械を見て言うと、少女は俺にぎゅっと抱きついた。幼い子が抱っこをねだる時のようだった。
「大好き。大切に育ててくれてありがとう。ママにもそう伝えてね。ママとも話したかったけど、このシステムは一人にしか干渉できないから」
「お前…」
「ねぇ、髪触って」
一瞬躊躇った後、長く伸びた髪に指を滑らせると夕飯時に撫でたあの小さな頭と重なった。
「またね。若くて格好良いパパ」
そう言って少女は消えた。夢の中にいるような体験だった。一人残された俺は名前のいる寝床に戻ろうと立ち上がった。
「総悟くん、朝だよ」
起きてと優しい声がした。目を開けるとさっきよりも若い名前が俺の顔を覗き込んでいる。じっと見つめていると少し照れながら俺の寝癖を整えた。
「アイツは?」
「え?」
不思議そうに聞き返した名前の周りを見れば家ではなくて屯所の俺の部屋だった。江戸に出てきてからずっと使っている一室。そこに当然のように寝転がっていた。あの家は?あの名前は?あの子どもは?
「…やっぱり夢、か」
「大丈夫?」
様子が変な俺を心配そうにおでこに手を当てて熱はないか測ろうとした名前を腕の中に抱きしめた。
「すっげーいい夢見た」
「へぇ、どんな?」
「若い女が俺にベタベタ甘えてくる夢」
「え………」
「抱っこーってな。名前はそれ見て笑ってた」
「……笑えないよそれ」
「『大切に育ててくれてありがとう』だとさ」
「なんのこと?」
「いつか現実にしてやらァ」
それより今日出かけんだろと聞くと、うん!と嬉しそうに笑う名前と二人で町に出た。大きなビルのモニターから流れるニュースに足が止まる。『思い出追体験システム』という見出し。画面にはあの娘が手にしていた物と少し似た機械が映されていた。
『開発中のこのシステムは、まるでタイムマシンのように昔の記憶に戻って思い出を追体験できる物で、短時間なら過去の人との会話も楽しめるということで商品の実用化に向けて研究が進められています』
ああそうか。あの娘は夢なんかじゃなくて本当に俺と名前の…………。
「総悟くん、ああいうの気になるの?意外だね」
「別に」
「会いたい人、いるの?」
「…いや。そのうち会える」
手を引いて歩き出す。
「なんか今日いつもよりご機嫌だね。夢のせいかな」
「そーいえばアイツに会うにはやることやらねーといけねぇんだよなァ」
進路を変更すると案の定不思議そうに俺を見上げた。
「お店そっちじゃないよ」
「姐御の誕生日プレゼントだろ?そんなんコンビニのハーゲンダッツバラティパックで十分だろ。それよりこっちは一人の女の命を咲かせるっていう大事な任務があるんでィ」
「えっ!?ちょっと…総悟くん!?」
適当に手近なラブホに連れ込んでくたくたになるまで抱き合って、名前に夢の話をした。驚きながらも嬉しそうに話を聞いた後、ふいに起き上がってシーツを引っ張った。
「ねぇ、早く会えるように…もう一回しよう?」
近い未来が待ち遠しいのは同じらしい。白い肌を押し倒して繰り返しキスをした。今日の帰りは遅くなりそうだ。
夢の先でまた会おう
もう一度会えたらその時はちゃんと愛を伝えるから
request by ゆん様