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「これが最後だから、逃げていいよ」

言葉に対して行動が伴わないって、こういうことなんだろうと思った。夏休み最終日の夜。誰もいない学校のプールで、わたし達は密かに唇を合わせた。





「先生、夏休みの間泊めて」

「はあぁ?」

蝉たちが元気に鳴いている夏休み初日。早々に事件が起きていた。この夏休みの間、両親が海外旅行に行く事になった。長年夢だったハネムーン。仕事の都合で行けなくてようやく実現した。わたしは受験生だしせっかくの旅行だから邪魔しない為に家に残る事にした。ここまではいいお話なんだけど…。
今日は図書館で勉強してきた。その間に両親は空港に出発。帰ってみれば家の鍵を忘れていた。家の中に。という訳で締め出されてしまったのだった。泊めてくれる友達を探したけど妙ちゃんは家族旅行、神楽ちゃんは実家に帰省してるし猿飛さんはなんか怪しいバイトで忙しいって。困ったなぁ、そう思って最後に辿り着いたのが学校だった。図書館の施錠に来た担任の銀八先生は突然のお願いに間抜けな返事をした。

「夏休み暇ですよね?お願い、寝るところ貸してもらうだけでいいから。担任の所なら両親も安心するだろうし」

「………いや、やばいっしょ」

「お金ないけどちょっとなら家賃払うから!お願い!ご飯も作るから!」

「………いや、あのさ名前ちゃん。いくら担任でも俺男だよ?」

「だって先生でしょ?」

「先生だって家に帰ったらただの人間だっつの」

「じゃあどうしたらいいですか?」

どうもこうもねーよと言いながら拒否する先生にお願い今日行くところないんですと泣きつくとそんなに困ってんなら仕方ないと言われ、暫く沈黙した後にニヤッと笑った。嫌な予感を感じると同時に次の言葉に絶句した。

「じゃあお礼にご飯作って。それと……一日一回ちゅーしてくれたらいーよ」

うちの担任は予想以上に下衆野郎だった。




「じゃあ行ってくっけど戸締りちゃんとしろよー?合鍵渡したよな?夜は18時までに帰って来いよ。じゃーなー」

「いってらっしゃい」

「………」

「………」

「ほら早く名前ちゃん」

「……っ」

目をぎゅっと閉じて先生のほっぺたに触れるだけのキスをすると満足そうに笑って「サンキュー」と出て行く。これが居候の条件だった。まだ2日目だ。あと30日近くもある。ということは少なくともあと30回は先生にこんなことしなきゃいけないんだ。

「…慣れる、よね、そのうち」

閉じた扉の前で呟いた。先生もからかってるだけみたい。だってこの部屋、誰かと住んでるみたいだから。部屋は二つにリビングとキッチンが別々で、その一つの部屋…先生の部屋を貸してもらっている。先生はリビングで寝てて、昼間は好きにしていいと言われているから図書館に行ったりここで勉強している。先生の部屋には意外と教材がたくさんあってわざわざ本屋さんに買いに行かなくても大丈夫だった。夏休みでも何かと学校に行かなくてはならない先生にお弁当を作って、夜は一緒に食べる。そしてお遊びのキスをする。そんなおかしな高3の夏休み。

「先生、ここわからない」

「んー?あー、ここはさ…」

夕飯の後は勉強見てくれたり映画のDVD観たり何故か二人並んでいることが多かった。

「……先生、やっぱりここにいるの迷惑?一緒に住んでる人、帰ってくる?」

「いや大丈夫。出張行ってるから。丁度秋まで」

お風呂場に置いてあった二種類のシャンプー。ひとつは先生の。もう一つは女の人向けの高そうな物だった。彼女だろうな。わたしはその間の暇潰しなんだろうな。なんて、自分から乗り込んだのにどうでも良いことを考えてしまって、少し居心地が悪かった。

「てかさ、鍵いつ届くの」

「向こうから送ってくれるから一週間はかかるって」

「ふーん」

何の荷物もないわたしは寝るとき先生の着替えを借りていた。ぶかぶかで先生の匂いがする。袖が長くて汚れそうだから3回くらい折ったりして無格好。それがおかしいのか先生はお風呂上がりのわたしをよくじっと見ていた。

「なぁ、そーやって下向いて問題解いてると胸の谷間見えるんだけどわざと見せてくれてんの?それ」

「えっ!?」

「しかも今日下着洗ってるからノーブラだろ」

頬杖ついてにやにや笑う視線の先。思わず首元を押さえた。

「部屋帰るっ」

「ダーメ」

ノートを持って部屋に逃げようとしたら腕を引っ張られて阻止された。手がぶかぶかのスウェットの下から手がするりと入ってきて、驚いて大きな声を出した。

「せんせっ」

「名前さー、授業中いっつも下向いて教科書読んで一生懸命ノート書いてるよな。誰も聞いてねーのにお前だけ」

脇腹に這わされた手がくすぐったくて、それよりなんかぞわぞわして、ぎゅっと目を閉じて首を振った。

「そんなに授業面白い?俺が見てんの気付いてないだろ」

「…知らない」

「もっとセンセーのこと見ろよ」

囁く。距離が近い。煙草の匂い。そういえば先生は家の中で煙草を吸わない。こんなに近づかないとわからないくらい。

「今日の分のちゅーは?」

はい、と言われ目を開ければ先生のほっぺが目の前にあった。顎を上げてほんの少し触れさせれば「まぁ、いっか」と言って離れていった。何事もなかったように本を読み始める。ただの遊び、暇潰し。なのに頬は熱いしエアコンが効いてるのに変に汗が出る。その日はなかなか寝付けなくて次の日朝寝坊した。リビングに行くともう先生はいなくて、かわりに適当に握られたおにぎりがあった。塩ふりすぎててしょっぱかった。

二週間経っても家の鍵は届かなかった。両親への電話も繋がらない。邪魔しちゃ悪いし、こっちも何とかやってるからそんなに困っていなかった。ただ一つ、一日一回のキスを除いては。

「…先生は嬉しいの?」

「女子高生からのちゅーだよ?嬉しくない男いんの?しかも名前の」

「うわ……」

「引くなよ。てかさ、先生だからって何もないと思うなよ。お前にとってはただの担任でも、俺は前から名前のこと狙ってたんだから」

「嘘つき」

「まぁ信じなくて良いけど」

同棲するくらい大切な彼女がいるのに。仕事でいないからって生徒に手を出すような人だったなんて。もやもやする、なんでだろう。

「ところで今日のちゅーは?」

「…たまには先生からしたら?」

もやもやを誤魔化したくて視線を逸らしテキストを開いた。すると背中で不機嫌そうな声。

「は?なにそれなんでそんな反抗的なの。そーゆーの良くないと思いまーす」

「先生も生徒にそういうことするの良くないと思いまーす」

「そういうことって?ちゅーのこと?」

「彼女いるのに」

「は?いねーけど」

「え?でも…シャンプー……部屋も…」

「あれただのダチだけど。勿論男の。シャンプーはそいつの。美容院で買ってるやつ」

「……そんなの、都合のいい嘘だよ」

「誰にとって都合いいの?それ」

つん、と背中に指が触れる。背骨に沿って降りていってまた手が服の中に入り込んでくる。ゆるゆると撫でられる感覚が変で、必死にテキストの文字を追って考えないようにした。

「もしかして俺に彼女いるって思ってたから最近拗ねてたわけ?」

「…拗ねてない」

「拗ねてんじゃん今。めっちゃ拗ねてんじゃん」

「もう煩いです勉強できません」

「こっち向いてよ」

「嫌です今目離したらこの問題一生解けない呪いにかかってるもん」

「なぁ、今日の分俺がしていい?」

「嫌で……っん、」

顎を捕まえられて視線が交わる間に塞がれたのは唇。

「名前が勉強以外でそんなに執着すんの初めて見た。すげー良い気分」

にっと笑う先生の行動が信じられなかった。今、唇にキスした。先生と生徒なのに。

「…ただの遊びじゃ」

「ないよ?俺は」

だからちゃんと見て。そう言ってもう一度唇が触れた。今度はゆっくり、視線を合わせながら先生が近づいてきて…それは男の人の目をしてた。本当に本気なんだってわかった途端に胸がじりっと焼けるような感覚がした。




あれから口にちゅーされることはなくいつも通りの日々を過ごしてついに夏休み最終日を迎えた。先生の態度も相変わらず。勉強の方は全然進んでない。テキスト開くと先生のことを思い出してしまうから。結局家の鍵は来なかった。今夜、両親が帰ってくる。やっと家に帰れる。そんな午後、思い出したように先生が言った。

「なー名前お願いあんだけど」

「なんですか?」

「プール掃除手伝って」

「プール掃除?」

「そー昨日教師たちで集まってやるはずだったのに忘れてすっぽかしたら俺一人でやれって言われちまってさ。流石に一人じゃ無理だから名前手伝って」

「えー……」

「お前夏休みどこも行ってねーじゃん。最後の日くらい夏らしいことしようぜ」

「夏は暑いから海とかプールとか嫌なんだもん」

「だからそんな肌白いんだよ不健康になんぞ。光合成しろ光合成。つかもう午後だけど」

「せめてもっと早く言ってよ…」

ほら行くぞ!と引っ張られ半ば強制的に外に出ることに。西陽がさして暑すぎる中、先生と二人で学校のプール掃除をした。暑い…。たった二人じゃ広すぎるプールをデッキブラシで擦って水をかけて綺麗にした。終わった頃には夕方。辺りは薄暗くなってきてた。

「つかれたぁー……」

「お疲れさん。助かったわ」

なんか身体動かしたら眠くなってきた。先生が片付けしてる間プールサイドでうとうとしてると突然パシャっと水がかけられた。

「きゃあっ!なに!?」

「汗かいたろ。はは、びしょ濡れ」

先生だって汗でシャツがぺったり張り付いてる。ホースを奪って先生にかけた。

「うおっ!やったなお前」

ホースの奪い合いをしながら水がかからないようにプールを走って逃げたりしてたらいつの間にか追いかけっこみたいになっていた。先生がわたしを腕で捕まえて顔に容赦なく水をかけた。こういうのっていつぶりだろう。子どもの頃に戻ったみたいで楽しくなった。

「あははっ!つめたいっ」

「お前、思いっきり笑えんじゃん。勉強ばっかしてないでクラスの連中ともそうやって笑ってりゃあいーのに」

「………先生もね」

「可愛いよ」

そう言われると急に恥ずかしくなってもう笑えなかった。そろそろ帰らないと。そんな雰囲気を察したのか、ああそうだとポケットから取り出した物に見覚えがあった。

「はいこれ」

手に乗ったのは家の鍵だった。

「え?これ…」

「実は結構前に届いてたんだけど、隠してた。名前が俺んちにいるのがすげぇ心地良くて。帰したくなかった。そうなったらもう今まで通り先生と生徒じゃん?」

今まで通り。明日から。なれるだろうか。わたしは無理かもしれない。だって、あんな風に触れられて毎日キスしてたら意識してしまうのはなんにもおかしいことじゃないと思う。わたしきっと先生のこと…。

「今まで通りとかそんなの、無理…。だってキスしちゃったし。先生は大人だからそういう経験たくさんあるのかもしれないけどわたしはそういうの知らないから」

「うん知ってた。キスすんのが初めてだったことも。つーか日頃からめっちゃアプローチしてんのになんで気付かないかなー。だから夏休みになって名前が俺のこと頼ってくれてめちゃくちゃ嬉しかった」

辺りは暗くなって小さなライトがわたし達から離れたところでぼんやりと光っていた。それでも先生のキラキラ輝く髪と瞳はよく見えて、まるで違う人みたいな声でわたしに言う。

「今まで付き合ってくれてありがとな。これが最後だから、嫌だったら逃げていいよ」

うそ。最後なんて少しも思ってない癖に。優しい声で逃げていいなんて言いながらわたしの身体をきつく抱き締めてる癖に。言葉に対して行動が伴わないって、こういうことなんだろうと思った。そんなに離したくないって思ってくれてるの?
手の中から家の鍵が抜け落ちて、ぱちゃんとプールの底に跳ねた。ホースから溢れる冷たい水が足元を濡らしては流れていく。そしてあの日のように先生の綺麗な顔が近づいてきた。やめてなんて言葉は出なくて、でも好きって言うのは先生の思い通りになってしまった気がして癪だから…代わりに先生の服を握って目を閉じた。夏休み最終日の夜。誰もいない学校のプールで、わたし達は密かに唇を合わせた。




「名前!久しぶりアルな〜これお土産アル」

「わー神楽ちゃんありがとう」

「海にでも行ったアルか?いつも真っ白なのに焼けたナ。楽しかったみたいで良かったアル」

「……うん」

神楽ちゃんに言われた通りちょっとだけ日焼けした肌。それが今年はどうしようもなく嬉しかった。

「ほらさっさと教室入れー。名前、準備室来て。プリント持ってくの手伝いなさーい」

後ろから声をかけてきたのは担任の先生。せっかく名前と話してたのに!と怒る神楽ちゃんにごめんと謝りながら準備室に行くと、先を歩いていた人にぎゅっと抱き締められる。真っ白な白衣が視界に入る。そして煙草の香り。

「おはよう、先生」

「やっぱ制服姿が一番そそるわ。早速だけど…今日の分ちょーだい」

柔らかい感触と共に予鈴が鳴った。


なんにも知らないからなんでも教えて

わたしと先生の最後の夏休み

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