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ある日の午後、高杉さんに呼ばれて部屋を訪れると機嫌の良くなさそうな顔して座れと顎で指示された。まぁ大体はそんな感じの人なのだけど。

「どうかしました?さっきのお茶が不味かったですか」

「今夜、客人と会食をすることになった」

「はい。じゃあお夕飯は要らないですね」

「………」

「……?」

「ここでやる」

「鬼兵隊の船で?」

「『久々に地球の飯を食いたい』と煩ぇから仕方なく承諾した」

「……と……いうことは………」

「適当に飯を作れ」

「えっ!そそそんな急に」

「『お世話係』の腕の見せ所だな」

そう。わたしは鬼兵隊の一員ではあるが戦闘員としてこの船に乗せて貰っているわけではない。時を遡ること数年前。目の前で両親を幕府に惨殺され自身も殺されそうになったわたしを救ってくれたのは高杉さん率いる鬼兵隊のみんなだった。行き場のなかったわたしに役に立てることがあればと船に乗ることを志願しけれど……驚くほど才能がなかった。また子さんのように銃を扱えるわけでもなく、万斉さんのように刀を使えるわけでもないし武市さんのように頭が切れるわけでもない。ならばどうする…と考えた末にお世話係になつた。掃除に始まり食事や洗濯やお使いなど雑用諸々。そしてたまに情報収集。わたしの存在は幕府や真選組には知られていないから町でも一般人と同じように歩くことができる。

「ついでにお前も同席しろ。条件は『地球飯と女と酒』」

「なななんですがその売れない演歌のタイトルみたいな条件……」

「今夜は別件で来島がいねぇ」

困った。この船で女はまた子ちゃんとわたしだけ。戦闘員でないわたしは高杉さんの仕事の関係者に会う事はない。だから戦えなくても大丈夫だとここで家事だけしてきた。それが接待なんてまさかそんな大役。

「大丈夫でしょうか……粗相したら殺されます?」

「てめェなら一瞬で肉の塊だな」

「肉……っ!?ま、守ってくれますよね?」

「どうだかな」

「ちょっと高杉さん!?」

ふう、と煙管の煙を吐いて笑う顔に見惚れそうになるけど今はとにかくご飯を!ご飯を用意しないと!!こうしちゃいられないと厨房に走り食材の在庫をかき集めて片っ端から料理していった。やばいやばいやばい不味かったら殺される!盛り付けと味付けだけはいつもより慎重に。後から聞けばその時のわたしの形相はまさしく鬼のようだったと言う……煩いなこっちには儚い命がかかってるんだよ。
後は会場の準備。そんなに広くはない客間にテーブルや座布団を運んで貰ってなんとか準備を終えたわたしは一着だけ持って来ていた上等な着物を身につけて身支度をし、髪も久々に整えた。鏡に映る自分に違和感。こんな年頃の女の子みたいな自分、あんまり見てこなかったなぁ。ここではお洒落なんて必要ないしそもそも見てくれる人もいないし。せいぜいまた子ちゃんとガールズトークをするくらいだ。まぁ内容はお察し。高杉さんの部屋に向かっていると向かいから万斉さんが歩いてきた。

「…名前か。何処の娘かと思ったぞ」

「久しぶりにちゃんとした着物を着ました。お客様に不快に思われないと良いんですけど」

「いや、年頃の女子なんだからお主はもっと着飾っても良いのではないか」

「そうすると家事ができません。わたしにできることって少ないから格好なんて気にしてられません!」

「晋助が喜ぶのにな」

「まさか!」

万斉さんに手を振って甲板に出ていた高杉さんを呼ぶとわたしを一瞥してまた船の外を見た。ほら全然喜んでないじゃないですか、万斉さん。すぐ隣に停められた船からデッキを通って鬼兵隊の船に降りたのは想像よりもだいぶ若い男性。

「わざわざ出迎え?珍しいねシンスケ」

親そうに高杉さんの下の名前を呼んで現れたのは神威と名乗るピンク色の髪をした男。肌の表面がヒリつく。穏やかでいながらも溢れ出る闘志を隠さない。この人、何か怖い。思わず高杉さんの後ろに隠れるとひょいと顔を覗かれた。

「へぇ鬼兵隊にこんな若くて可愛い子いたんだ。人を殺したことのない目だ。『綺麗』だね。名前は?」

「へ、あ、名前です」

「ただの使用人だ」

間抜けな声しか出せないわたしと違って高杉さんはスタスタと船内に歩いて行く。

「どどどうぞ」

お客様はたった一人だというのに多過ぎるかなと心配していた料理は片っ端から消えていった。聞けば戦闘民族、夜兎族。美味しいと言いながらかき込んで行く。

「やっぱり地球食は美味しいなぁ」

「良かったです」

この様子なら殺されなくて済みそうだ。

「そう言えば名前はなんでこの船にいるの?見るからに弱そうだけど誘拐でもされたの?」

「いえ、両親を殺されたところを助けて貰ったんです」

ふーんと丼の中身を空にしてお酒で流した神威さんに手酌する。名前も飲みなよと言われ自分も口を付けた。初めてのお酒。ん、辛い、熱い。美味しいようなそうでもないような。

「じゃあソイツを殺したいと思わないの?シンスケみたいに幕府をぶっ壊してやるとかさぁ」

「そう言えば殺したいと思ったこと、なかったです。その人の顔ももう覚えてないし。ただ…高杉さんやみんなの為に何かしたいとしか」

両親を殺した人は高杉さんが殺してくれたから憎いなんて思わなかった。瞬き一つの間に全てが終わっていて、空っぽになった心の中に鬼兵隊の存在があったから寂しいとも感じなかった。

「復讐とか破壊とか正直よく分からないです。でもここにいてみんなのお世話をしているってことは巡り巡ってテロ行為を促進していることになるんでしょうけど」

「炊事洗濯がテロ行為ってことか、おもしろい子だなぁ!」

「おもしろいかは分かんないれすけど」

あれ、なんか口がうまく回らなくなってきた。体も熱いし汗がじわりと背中に滲んで気持ち悪い。

「へー酒弱いんだぁ。もっと飲ませたらどうなるの?」

「辞めとけ。吐き散らかされたら堪んねェ」

楽しそうに言う神威さんの隣で静かにお酒を飲んでいた高杉さんが口を挟んだ。

「ねぇ名前、俺の船に来なよ。人間を乗せるのは初めてだけど俺の奥さんってことで側に置いてあげる。料理うまいし面白いし気に入ったよ」

「え〜まだ遊びたいお年頃なんで結婚はちょっとはやいかなぁ」

「うわ意外と尻軽なんだ。じゃあシンスケとももうヤってるの?」

「やって?何をれすか?高杉しゃん」

高杉さんの方を向くと随分と機嫌が悪そうだった。お酒を注ごうとすると奪い取られる。

「酒クセェ。風呂入って歯磨いてから話しかけろ」

「ひど!たかしゅぎしゃんだっておさけくさいですよう!」

「あァ?女がベロベロに酔ってんじゃねぇよ。仕事の話するからてめぇはもう行けって言ってんだ」

「わかりましたよー。神威さんしつれいします〜」

「えーもう行っちゃうのー?また話そうね名前」

珍しい玩具を見つけたみたいな顔をする神威さん。もう少し話したかったな。後ろ髪を引かれながら部屋を出た。




「……やば…寝てた…」

着替えを取りに行く為に自室に戻って…気が付いたら寝てた。まずい、シャワーしなきゃ。それから後片付け。神威さんはもう帰ったかな。頭が重い。お酒、恐ろしいな。

「…神威さん、面白い人だったなぁ」

シャワー室でシャワーを浴びながら呟くとカタンと誰かが脱衣所に入って来た。あれ?使用中って札かけといたのにな。まぁそのうち出て行くか〜それより喉乾いたと回らない頭で無視しているとガチャリと浴室の扉が開いた。入って来たのはうちの総督。しかも着物着たまま。

「きゃーっ!?!?!??!なに!?なんですか!?」

「てめェなぁ、」

「なになになになに!?高杉さんもシャワーしたかったんですね!?ごめんなさいすぐ出るから殺さないで!」

「アホみてぇに尻尾振りやがって」

「尻尾なんてないですけどそれより水飲みたい…ガボガボがボゴゴゥゴッ」

「飲めよ」

無理です溺死します。何でこんなに機嫌がよろしくないのですか。

「はっはっ、ごほ、たかすぎさ」

どう言うつもりで女のシャワータイムに乗り込んできたんだ。しかも全然気にしてないし。まぁ確かにまた子さんのようなグラマラスボディではないのだけど。

「神威さんは?」

「とっくに帰った」

「片付けに呼びきたんですね、後でやるのでそのままにしておいて下さい」

「あの兎の事気に入ったようだな」

「はい!面白い人でしたね。なんかふわふわーってしててノリが良くてご飯も美味しそうに食べてくれたし。高杉さんと正反対……」

チッと舌打ちが聞こえて背筋が凍る。

「とにかくもう出るので!高杉さんも出てってください!」

シャワーのお湯を止めるために思いっきり蛇口を捻るととんでもない勢いで水が吹き出した。

「きゃーー間違えた!!!」

冷たい冷たい!!慌てて止めようとする肩を掴まれてぐるりと高杉さんの方を向かされた。絶対怒ってるー!

「ごめんなさいっ!ていうか見ないで!たかす………」

そこでやっと目が合った。とにかく視線から逃れようと背中を向けていたから。てっきり怒ってると思ってたのにその表情は違った。いや確実に怒ってはいるんだけどそれ以上に…。

「い…っ!!?」

突然肩に歯を立てられ反射的に手を上げたものの易々と押さえつけられる。思考が途切れ酔いも覚めるような痛み。与えられた傷に水がかかり滲む血が流れていく。それを辿るように舌を使って舐め取る。わたしの何一つもを溢さないというように。その度に痛みで体が跳ねた。

「痛いっ!止めて、」

「てめェは…俺のモンだろうが」

唸るように呟いた言葉はシャワーの音の中でもよく耳に響いた。わたしは高杉さんのもの?当然だ。だって…。

「わたしの命は高杉さんのものだって、鬼兵隊に入るときに決めました。だから」

「要らねぇよそんな吹いたら消えそうな命なんざ」

「ひど……」

シャワーの水が高杉さんの包帯を濡らしていく。左目。その奥にある悲しみも悔しさも、痛みさえも、わたしは知らない。この人が何故幕府を敵にしているのかその理由も。ただのほほんと船に乗っているわたしに話されることもない。

「…包帯…変えなきゃ…」

手を伸ばしてそこに触れることを拒否しなかった。じっと見られることさえ嫌がるのに。もっともらしい理由を付けてびちゃびちゃになった包帯を解いた。現れた瞳は閉じられていて、そこにわたしは写らない。それが何故かとても悲しく思えて、この人を傷つけた人を殺したいって思った。

「わたし…高杉さんの為なら復讐できますよ」

難しい事はよくわからない。だから鬼兵隊の為じゃなくて貴方の為に。刀も銃も持てないわたしにできるのは家事と洗濯と掃除、そしてこの人の盾になること。それ以外に何ができるだろう。でも残った片目はそうじゃないと言った。

「ンなモン必要ねぇ。てめぇが殺されそうになったら俺が先に殺してやる」

「守ってやるじゃないんですね」

「鬼兵隊の一員なら自分の身くらい自分で面倒見ろ。…この船から降りる事は許さねぇ」

……神威さんが春雨の船に誘ってくれたのを気にしているのだろうか。初対面で会った人に靡くような女だと思われているのかな。あんなの、お酒の席での冗談なのに。夜兎族の船に何にもできない人間が乗るなんてこと、あり得ないのに。わたしは貴方がいる鬼兵隊だから…あの日貴方が助けてくれたからこの船に乗っているのに。そんなこともわからないほど、

「わたしのこと好きですか?」

「テメーはどうなんだ」

「好きですよ。割と」

「割とって何だ」

「照れ隠しです。…どうせ高杉さんに殺されるならその前に毒でも盛ろうかな」

「クク…その毒は旨ェんだろうな?」

「はい、きっと…」

触れた唇は冷えていてお酒の香りがした。こんな毒なら何度でも飲み込みたい。そんなことを思いながら高杉さんの腕を受け入れた。





「…えっ!?何これ!?」

目の前に高杉さんが!高杉さんが目の前に…!なななななぜ!?何故高杉さんの部屋で寝ているんだわたし!?しかも裸で!こんな格好で高杉さんのお布団に!ちょっと待って、高杉さんも裸じゃないこれ!?!?

「いた…」

全身が痛い。頭も死ぬほど痛い。涙出てきた。なんでこんなに全身筋肉痛なんだっけ……確か昨日神威さんが遊びに(?)来て、お酒飲んで…………。

「煩ぇ」

隣で寝転ぶ高杉さんの艶かしさといったらない。朝から刺激が強すぎて咄嗟に背を向けた。

「あのわたし、もしかして昨夜何か粗相を……?」

「記憶飛ばすタイプの馬鹿か」

「バ……カではありますけど………」

ぐんと腕を引かれ組み敷かれる。高杉さん包帯してない。この体勢に何かデジャヴを感じる。あれ?わたし…

「最後は気絶したからな。もっと体力つけろ」

あ、思い出しちゃった。わたしあの後高杉さんと…!途端に顔が真っ赤になる。嘘、嘘、わたし高杉さんとしちゃったんだ!ただのお世話係の女が!わあああなんてこと!

「ししし失礼しましたっ、朝ごはんの支度してきます!」

なんとか逃げ出して着物をかき集めて自分の部屋に戻って暫く恥ずかしさで丸くなっていた。普段通り支度して朝ごはんの準備して、いつも通り振る舞った。高杉さんは顔を見せなかった。

「ヤッホー名前」

「あっ神威さん!こんにちは」

「今日ここを立つから挨拶しに来たんだ。…あの後なんかあった?」

「うっ、貴方のせいで一夜の誤ちを……」

「その様子じゃ要らなかったみたいだね。でも渡しておくよ。ハイこれ」

手の平に乗せられたのは小さな包み。カラフルで可愛い。

「なんですか?これ」

「友情の印。金平糖だよ。あとひとつ、いいこと教えてあげる」

ちょいちょいと手招きされ近づくとコソコソと内緒話される。髪が首筋に触れてくすぐったくて肩を竦めると強い力で引き剥がされた。

「わっ、高杉さん」

めちゃくちゃ機嫌の悪そうな総督のご登場です。

「何しに来た?例の話は昨夜ついただろう」

「何ってトモダチに挨拶しに来ただけだよ。やだなーあからさまに殺気飛ばしちゃって。それとも今から一戦どう?」

「生憎だが夜兎族に暴れられたら船が崩壊するんでね」

「それは残念。でも旨い地球食が食べられたし面白いものも見られて良かったよ。じゃあまたね、名前」

ひらひら手を振って船を降りていく神威さんを見送ることなく、高杉さんは舌打ちをひとつ落として背を向けた。部屋に戻ってしまう。手の中の金平糖と内緒話をぎゅうと握り締めて背中に声を掛けた。

「あのっ、晋助さん」

足が止まる。振り返ったその表情は変わらずいつも通りだった。『名前で呼んであげると喜ぶよ』なんて神威さんの助言は効果がなかったらしい。よく考えれば幹部でもないのにわたし如きに下の名を呼ばれるなんて嫌だろうな。もう辞めよう。

「…なんだ」

「えと…えーと……お腹空いてませんか?おにぎりでもお持ちしましょうか?」

「酒も持ってこい。二人分」

「…はいっ!」

高杉さんがわたしにお酒を頼むときは機嫌の良い時。しかも二人分なんて。嬉しくて即刻厨房に走った。そして二日酔いの残る身体にまたアルコールを落として、ふにゃふにゃになりながら高杉さんに抱かれた。晋助さんって何度も呼ぶと少しだけ眉を寄せて、その人もわたしの名前を囁くのだった。

落ちていく貴方の底へ

神威が持ってきたのは金平糖じゃなくて媚薬だったりする
(後日二人で食べて大変なことになる)

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