▽こうやって愛しちゃうんだ
「あのね……仕事辞めることにしたの」
ある日、真剣な顔で言われた報告。少し前にバーに来た退から「名前さん、近いうちに引退するんで精神面支えてあげて下さい」と言われていたからあまり驚かなかった。悩んでいたのも知っていたし付き合う時に辞めれば?と言ったのも覚えている。あれから一年半ちょい。最近やたらスマホをいじったり電話したりと忙しそうだったのは客にその報告をするためだったのか。
「そっか。よく決めたなぁ。いつ最後?」
「二週間後」
「え!?すぐじゃん!大丈夫なの準備とか…ほらなんかNo. 1が引退っつーと大々的にやるモンじゃねーの?知らないけどさ」
「うん。だから結構前からお店にもお客さんにも話してあるの。ていうかりぃちゃんもゆんちゃんもマスターもみんな知ってる」
銀ちゃんに言うのが最後、と笑う名前に肩の力が抜けた。なんだよ、そういうことかよ。
「銀ちゃん優しいからつい甘えちゃいそうで…自分できちんと決めてから言いたかったの。お店ももうすぐオープンでしょ?立て込んでる時期に被せちゃってごめんね」
「それは全然いーけど……」
普段はほんわかとした話し方の名前が今日はいつになくそわそわしている。俺にキャバ嬢を辞める報告をするのがそんなに緊張するのか。
「ほら、もうキャバクラの中じゃ年齢上がってきたし若い子たちにも頑張って欲しいしお酒もますます回りやすくなってきたし、たくさんお客さんと楽しい時間過ごせてもうやりきったって感じ………っていうのは建前」
バーカウンターで向かい合う。何故か俺も緊張してきた。
「本当は…ずっと一緒にいたいから。銀ちゃんの新しい仕事も支えたいし、興味のあることを色々やってみたい。それで体調もしっかり整えて、いつか……その、……銀ちゃんとの家族が欲しいって思ったから」
「…名前、」
ああ、それが言いたくてずっと隠してたのか。それは彼女が俺との未来を考え始めたという何よりも嬉しい事実だった。
「なんて、全然気が早いんだけどね!まずはべんきょ、っ、きゃあっ!」
嬉しさのあまりお姫様抱っこしてぐるぐる回った。「なになに落ちる、離して、う、気持ち悪くなってきたぁ」とムードもへったくれもない声が腕の中で言葉を紡いで、目が合うと笑い声をあげた。
「めっちゃ嬉しいわ。ありがとう。絶対叶えような」
「…、うん、うふふ」
すっかり緊張も解けて笑う幼顔。成長が止まった子どもみたいに目を細め無邪気に口角をあげる瞬間が好きで、純粋で綺麗で何回でも見ていられるくらい贅沢な時間だと思う。この笑顔を知るのはこの街で自分だけだと思うととてつもない優越感を覚える。
「そういや退は?アイツも辞めるんだろ? 」
「…うん。新しいところ決まったって話は聞いてないけど評判良いからいろんなところから引っ張りだこだろうなぁ、お姉ちゃんさみしい 」
しゅんと眉を下げる名前の頭を撫でた。話し方がちょっと癪に触るが確かに真面目だし気遣いもできて良い人材だと思う。
「後で退の番号教えて」
「いいけど、どうしたの?」
「開店前のパーティー呼ぼうと思ってさ。アイツとりぃちゃん、結構いい感じなの知ってる?たまに二人で飲みに来るんだけど」
「えー!ついに!?素敵…!上手くいったらお祝いしようね!」
きゃあきゃあと興奮してる名前がおかしくてこっちも笑う。名前と退の切ってもきれない絆は壊しちゃダメなやつだから、見守ってやりたい。
「なぁ、名前の実家…落ち着いたら行ってみようか。お前の本当の弟にも会ってみてぇし」
「……え」
実家、という言葉を聞いて途端に表情が暗くなる。
「いやすぐにじゃねーよ?近いうちに。ほら、挨拶したいからさ。いつか結婚するなら」
「……けっこん、」
「青くなったり赤くなったり忙しいなぁ」
はは、と笑って唇を合わせる。半端なことしてたら反対されるかもなぁ。だからまずは店を軌道に乗せて、名前は仕事を最後までやりきる。落ち着いたら行こう、お前の家族にお礼が言いたいんだよ。名前をこんなに素直で単純で…優しい女の子に育ててくれてありがとうって。
*
三年ほど在籍したボーイズバーを退職しいよいよ新店舗の開店が目前に迫ってきた。
周辺の挨拶回りやビラ配りをしてふらりと立ち寄ったスタンディングバーで一杯飲んでると「相席いいっすか?」と仕事帰りらしいスーツ姿の一人の男が目の前に立ったのでどーぞと返事すると酒の入ったグラスと灰皿を置いた。
さして気にせずスマホに目を落とすと名前から連絡が来ていた。『クッキー焼いたら時間間違えて焦げちゃったー、キッチン焦げ臭かったらごめん。銀ちゃんのお店にクッキー置いたら変かな?』……なんだそりゃ。クッキーなのかもわからない黒い物体が写真に収められている。笑いながらこれ片付けてんだろうな。やべ、人がいるのににやけそう。ちらりと正面を見ると目が合った。
「…あのー、もしかして今度そこのレストランの跡にできるお店の人ですか?さっきここの店員と話してるの聞いて」
爽やかな雰囲気の男だなーという印象。同年代くらいだろう。慣れた手つきで煙草に火をつけた。
「あーそうっす。来月オープンなんすけど良かったら来てください。ちょっと女子向けのバーっすけど」
「へぇ、あのレストランたまに仕事帰りに寄ってたんで無くなって残念です。是非行きたいんすけど…俺、今度田舎帰って家継ぐことになったんですよ。なのでまたこっちに来ることがあったら行かせてもらいます」
「そりゃ残念。それまで潰れないように頑張ります」
「はは、きっと大丈夫ですよ。…実は俺も東京に出てきた頃ほんの少しだけバーテンダー目指して働いたことがあるんですよ。まぁすぐ挫折してリーマンやってんですけどね。店持つなんてマジで羨ましいです」
あー、と相槌を打つ。どっかで聞いた話だな。
「まぁ一度は憧れるよなぁ。実家は何やってんすか?」
「昔ながらの定食屋です。当時はどうしても継ぎたくなくてバーテンダーになるって見切り発車で上京してきたんですよ。なのにいざやってみたら全然上手く行かなくてすぐ諦めて逃げました。…あれから何年も経ってるけど帰る前に迷惑かけたこと謝りに行こうと思ってるんです」
「………、」
「すみません初対面でこんなつまんない話しちゃって」と笑い酒を口に運ぶ男の顔をようやくまじまじと見た。それはありふれた話だった。別に珍しいことじゃない。夢を持ち叶えようと上京し見事に成功した奴の方が少ない。それでも目の前の男に後悔の色があるから、賭けてみたくなった。
「あのさー…マスターより先に謝らなきゃいけねー女がいるんじゃねぇの?側で支えてくれたとびっきりいい女にさ」
「………ど、うしてそれを」
はい正解。煙草を持つ手が震えた。明らかに動揺して掠れた声を出す目の前の男。俺ってつくづく運があるというか何というか。人との縁を『絡める』店で働いていたからか?…ああそういえばこの男もそこにいたんだっけか。三つの縁が複雑に絡み合うのを胸の奥ではっきりと感じた。
「謝んねーの?待ってたんだぜアンタのこと。ずっと」
「……今更会う資格なんてない。俺は、逃げた。上手く行かない人生を彼女のせいにした。道連れにしたくせに」
いろんな感情を押し殺したように吐いた言葉は重く俺たちの間に落ちた。……いやだから何?後悔してんの?勝手に出て行ったことを?だったら尚更、
「アンタは男として最低なクソ野郎だけど、そのせいであの子が不幸で可哀想な女だと思ってんならマジで軽蔑するわ」
冷えた声が出た。名前も、どんな奴かも知らないサラリーマンに喧嘩腰で会話をするのは初めてだ。でも言わなきゃ気が済まない。俺と彼女とこの男の因果を断ち切ってしまいたい衝動に駆られる。
「あれから何年経ったと思ってんの?優しさにつけ込んで今でも忠犬のように待っててくれてると思ってんならいい加減目覚ませよ。お節介かもしれねーけどあの子今めちゃくちゃ幸せだから。もうお前の存在なんてとっくに過去になってるから安心してよ」
「…もしかして名前の、彼氏ですか」
「そうっすよ。俺たちもうアンタの影に怯えんのはうんざりだよ」
「そう、ですか………こんな偶然、」
「偶然じゃねぇかもしれないっすよ?あの店で働いてた俺たちなら」
しばらく吸われなかった煙草の灰が小さなテーブルにぽとりと落ちた。その腕の隣に置かれた煙草の箱から新しい煙草を一本取り出して口元に当てた。
「火、貸して貰えます?先輩」
*
日付が変わった頃に帰宅しリビングに行くと名前は部屋にいるようで誰もいなかった。テーブルの上には真っ黒い物体…ではなく綺麗に作り直されたクッキー。甘い香りを発する星の形をひとつ手に取ろうとして、口の中に残る煙草の煙がそれを躊躇わせた。
「名前、話があんだけど」
コンコンと名前の部屋のドアをノックする。第一声がこれとは、俺もまだまだ余裕がないらしい。女ひとりにこんなに必死になるのは先にも後にも名前だけだ。
「銀ちゃん?おかえり、気づかなかった」
様子が変な俺に不思議そうな顔をしてリビングに来た名前は眠たそうに、でも迷わず俺の腕の中に収まった。ソファに座っても甘えるようにぎゅうと抱きついてくる。
「飲んで来たんだね」
「一杯だけな」
「…珍しい、ね。煙草吸うんだ」
「一本だけな」
「……何かあった?」
浮かない顔の俺に気遣うように背中を撫でた彼女にキスをして、目を合わせた。
「名前、アイツに会えるとしたらどうする?」
「え?」
それ以上言わずに小さく折り畳まれたメモ用紙を手渡す。11桁の数字だけが書かれたそれを見て全てを理解した名前はすぐに目を逸らした。
「なんで……」
「バーで偶然会った。誰の番号かわかった?」
「………ゼロの…書きかた、」
『俺、ゼロの書き方変なんですぐわかると思います。よくからかわれたから』ペンを走らせながら呟いた男が懐かしそうに伏せた瞳が蘇る。平べったく潰れた不格好な円にさえ思い出があるこの二人が過ごした時間を、一瞬だけ羨ましいと思ってしまった。
「来週、田舎に帰るんだってさ。家を継ぐって。もしお前が良いって言うなら………」
「要らない。今更、もう関係ないよ」
はっきりと言い切ったそれは自分に言い聞かせているようだった。
「…あの日、店バックレたこと話して名前と一緒に田舎に戻ろうと思ったんだってさ。でもキャバクラに迎えに行ったらお前が客に告白されてんの見て怖くなったんだって。都会に出て綺麗になった女をあの金持ちより幸せにできんのかって。それから帰るに帰れなくなってリーマンに…」
「銀ちゃん、やめて。もういいから……」
話を遮った名前はほんの少しだけ泣きそうな顔をした。ひとり待ち続けたあの夜を思い出したのだろう。それでも揺らがなかった。ひとつまばたきをして俺を見た。
「ひとつだけ教えて。銀ちゃんはどんな気持ちでそれ聞いてたの?今、どんな気持ちであの人のこと話してるの」
「話聞いてる時はぶん殴りたかったけど俺にはできねぇから我慢すんの大変だったよ。今は……これで名前とアイツがちゃんと決別できんなら喜んで伝書鳩にでもなってやるよ、って気持ちと…幸せそうなお前の顔をあの男に絶対見せたくねーと思う気持ちでぐちゃぐちゃになってる」
「………ふふ、」
「あと、感謝する部分もあるっちゃある。アイツが名前を置いて逃げたお陰で俺が幸せにできるから」
「…銀ちゃん」
「さよならしてきて。俺の分も」
ありがとう、と呟いた名前は真っ直ぐに俺を見つめていた。大丈夫。もう馬鹿みたいに嫉妬したりしない。この女は俺のもので、二人分の心はいつもここにあるから。
数日後、名前は元彼と『Caramel』で数年ぶりに顔を合わせた。どんな話をしたのかは聞いていない。帰ってきた彼女は俺に笑いかけていつものように一緒に風呂に入り、甘いカクテルをねだった。
*
その日は名前がキャバ嬢として働く最後の夜だった。俺は新しい店に灯りをつけ傷ひとつないバーカウンターでただ一人の客を待っていた。やがてチリンと来客を告げたベルの方を見ると、まるで結婚式から抜け出してきたみたいに綺麗なドレスを纏った女が立っていた。この店ができて初めての客だ。
「いらっしゃいませ」
「…ふふ、」
少し照れ臭そうに笑ってコツコツと高いヒールを鳴らし座るのは俺の正面。『Caramel』での定位置。
「ご注文は?」
「店長さんのお勧め」
「飲んできたと思うから全部飲まなくても良いよ。つーか荷物少なくね?」
「退くんが明日家に届けてくれるって。すごいんだよ退くん、女の子に囲まれていっぱい告白されてたよー。お陰で全然話せなかった」
「なんでみんなああいうのが好きかねぇ」
「亭主関白より優しい男の方が今はモテるんだよ」
「肝に銘じます」
カウンター越しに俺の手元を眺める名前とは家を出るまで顔を合わせていたのに、化粧をして着飾った彼女の前に立つとまるで初めて会うかのように新鮮な気持ちになる。ふいに目が合えばこのテーブルを飛び越えて抱き締めたい衝動。
「こんな美人が客第一号なんて幸先いいな」
「うふふ。素敵なお店だねぇ。こういう雰囲気好きだなぁ…」
「どうぞ」
ことりと目の前に置いたのはワイングラス。真っ赤なポートワインが揺れる。
「ワイン?珍しいね」
「ポートワインのカクテル言葉、知ってる?」
「……?、…あ、そういうこと……ふふ、」
『愛の告白』。これを男性から女性に贈ると愛の告白を意味し、これを女性が飲めば成功…なんて話がある。なんともロマンチックなカクテル言葉だが失敗すれば男の方は大恥だ。
「銀ちゃんって本当にいつもカクテル言葉意識してるよねぇ」
くすくす笑いながらグラスを持った名前はそれを口に運ぼうとして、止まった。グラスがあった場所に次に俺が置いた物を見てみるみる涙が溢れてくる。
「…俺と結婚してくれませんか、名前さん」
小さな箱の中でエンゲージリングがキラキラと輝く。このダイヤも、目の前の涙も、同じくらい綺麗で…ずっと見ていたいと思う。
「……はい」
今度こそグラスを傾けて一口ワインを飲んだ名前は心の底から嬉しそうに笑った。それはいつも家で見るあの無邪気で眩しくて、俺の思い描いていた笑顔そのものだった。
「手出して」
「なんか緊張しちゃう」
「はは、手震えてる」
「銀ちゃんも」
ぴったりと左手薬指におさまった指輪はよく似合っていた。退に号数聞いておいて良かった、と内心安堵する。アイツ名前のことはマジで何でも知ってるな。もうこっからは俺のモンだから簡単には教えねーけどな。
「仕事本当にお疲れ様。よく頑張ったな。これからは俺の隣で笑ってて。ずっと」
「うん、ありがとう」
「悪いけどキスもその先も家まで待ってくれる?」
「……じゃあそろそろ帰ろっか」
「本当、罪な女だよなぁ」
グラスを片付けて店の電気を落とし二人で手を繋いで帰った。玄関を閉めて早々にキスをする。手近にあるドアを開ければ俺の部屋。羽織っていた俺の上着を落としドレスの背中のチャックを下ろした。
「これでもう退に名前の着替え手伝わせなくて済むな」
「あれからずっとして貰ってないよ、誰かさんに殺されるから」
「お前は平気なわけ?もし俺が他の女にパンツ履かせて貰ってたらどー思う?」
「……介護」
「誰がジジィだコラ」
お互いに服を脱がし合って裸になるとより一層エンゲージリングが際立つ。
「綺麗だね、すごく嬉しい」
「次は結婚指輪な」
「…その前にわたしも買ってあげたいなぁ、銀ちゃんにも…婚約指輪」
「はは、男にも?」
「銀ちゃんモテるんだもん、あんな素敵なバーの店長さんだし、それに……」
「ん?」
「わたしの旦那さんになるんだもん、誰にもあげない」
「やっぱ適度に嫉妬するもんだよな」
「ん、」
ゆっくり話したいのも山々だけどこんなに良い女が肌を晒して俺の目の前で焼きもちをやいているのを見てもう我慢なんてしていられない。ベッドに押し倒して舌を触れ合わせると腕を絡ませてもっとと俺を引き寄せた。
「っふ、ぁ」
「名前」
甘い香りのする口紅を舐めながら小さな顎に伝う唾液さえ愛おしく思う。ああ人を好きになるってこういうことか、人を愛するってこういうことかと思わせてくれる女。
「っ、ん、…銀ちゃん、」
「…あ、ごめんつい」
最近どうもキスに集中しすぎて名前を焦らしてしまっているらしいがそんなつもりはない。この身体は全部商品だから、俺が傷つけたりしちゃいけなかったわけで。唯一好きにできるのが口の中…なんて思っているからだろうか。実は今まで気を遣って触れていた部分もある。爪で引っかかないようにとかそういう程度だけど。……そこでふと思い至る。
「名前ちゃん、今日でキャバ嬢終わったんだよな?」
「…え?うん、」
「じゃあさ、もういーんだよな?」
「なにが?」
「キスマーク付けていい?」
ぱちぱちと長い睫毛が揺れて、キスマーク?とハテナを飛ばす。マジか、お前。…いやマジか。ここへ来てそこからかよ。
「こういうの」
左腕を取って手首の内側辺りを軽く舐めから唇を密着させて何度か吸うのをぼうっと眺めていた。赤くついた痕を見せてやると、あ、と声を上げた。
「なるほどー…、よく女の子たちがコンシーラー使って消してたんだよねぇ」
「感想は?」
「……悪くないね」
「よっしゃ」
首筋を舐めるとびくりと震える身体を撫でながらチュッ、と音を立てて吸う。それを何度も繰り返して至る所に痕を付けた。その間に胸を触りの突起をくりくり弄っているとその手に名前の手が添えられた。
「…ね、わたしもやってみたい」
「いーよ」
どこがいい?と聞くと人差し指が示したのは心臓の上。
「なにそれ最高じゃん」
名前を起こして対面で座ると熱のこもった赤い唇がそこに触れた。はぁ、と胸元で呼吸されてるだけで股間が熱を持つ。髪を撫でながらあんまり強く吸いすぎないで、何回かに分けてやってみてと指示の通りにして離れた唇の触れていた所には薄らと愛情の証が付けられていた。
「ふふ、楽しい」
「俺も」
「なんか、嬉しいねキスマークって」
初体験でもしてるかのように初々しいやり取り。身体を重ねることは快感を求めるだけじゃない行為だと教えてくれたのは名前だ。
「せっかくだからこの体制で挿れてみますか」
「恥ずかしいから聞かないでよ」
「名前が上な」
手を足の間に持っていくと外側をなぞっただけで溢れているのがわかる。遠慮なくそこにつぷりと指を埋めると簡単に飲み込まれた。まるで導かれるかのようにうねる。
「んー、ん、っあ、」
「人妻になる気分はどう?」
空いている指を膨らんできた突起に擦り付けてやれば声が一層部屋に響く。答える余裕もないほどに乱れていく姿に釘付けになる。
「あぁ、や、そこ、んっ」
「もっと?」
ぐちゅりと掻き混ぜる指を増やして奥を狙えばビクビクと身体を震わせてしがみついた。すぐに達するところがまた可愛い。
「あぁっ、い、あっ…っ!」
指をぎゅっと締め付けてイった名前の唇を啄みながら腰を支えてまだひくついているそこにはちきれそうな塊を当てがうと重力と名前の体重によって難なく沈んだ。
「…んん、ぎん、ちゃ」
「っ、好きだよ」
囁けばきゅんと吸い付くナカに出してしまいそうになり息をついて耐えた。あ、ちょっとしばらく動けないわこれ。
「ほん、とびっくりするわお前。魔性の女だよ」
「銀ちゃんが、早いだけじゃなくて?」
「あー?誰が早いって?じゃあ動いてよ。先にイった方が負けな。はいスタート」
「なにそれ」
「言っとくけど名前の方が有利だからな?さっき一回イってんだから」
「……馬鹿」
対面座位で繋がる俺にもたれかかっていた身体を少し起こした名前はゆるりと腰を浮かせて前後に揺らす、と同時に背筋に電気が走るような痺れ。ちょっと待てこれやばくね。秒でイける。
「ちょ、ちょっと待って!ちょっと待って名前ちゃん、」
「え…っ、痛かった?ごめんね下手で」
「いやそーじゃなくて、その、あー…」
もごもごと言い訳を考える俺の反応を見て察した名前は嬉しそうに笑って俺を押し倒してまた腰を動かした。ぐち、と結合部がやらしい音を出す。
「あ、ちょ、やべ…、っ」
「ん、銀ちゃん、気持ち、い?」
「てめっ調子乗んなよ、ぅ、あ」
やばい、すげぇ気持ちいい。腰を揺らすキスマークだらけの名前が欲に濡れた瞳で俺を見下ろす。慣れてなさそうだったのになんだそのエロい腰使いは。引き締まったくびれが陰核部を擦り付けるようにうねる。その動きと共に揺れるハリのある胸。手を伸ばしてふわふわのそれを揉みしだいていると動いてないのに呼吸が乱れていく。余裕なく声を漏らす男をどう思われているかなんて考えられなくなりそうなほどに気持ちいい。軽く腰を揺するとその振動で名前も眉を寄せた。
「ん、はぁっ、ぎん、ちゃ、っ」
イきたい。断続的に下から突き上げると余裕のある動きは止まって俺の腹に手をついて喘ぐだけになった名前をひっくり返し正常位にしてガツガツと腰を打ち付ける。
「あー、天に召されるかと思ったわ、あれで、イったら、カッコつかねーよ、っ!」
「やっあ、ああ!イっく、っ!」
「愛してる」
大きく身体を震わせてしがみついた名前の爪が背中に食い込んだ。ぎゅうぎゅう収縮するそこに誘われるまま白濁を吐き出した。
「はっ、はぁ…っ、ん、わたしも…」
くたりと力の抜けた左手に光るダイヤに唇を落とした。
「さてと、風呂入って第二ラウンド行くか」
「行かないよ、馬鹿」
「化粧してる名前とスッピンの名前って俺の中では別モンなんだよなぁ、だからもう一回しねーとヤった気になんねー」
「ほんと意味わかんない」
「そこも好き?」
「好き、かも」
最後の夜の香りを落として真っさらになった名前を丁寧に時間をかけてもう一度抱いた。プロポーズと指輪を受け取ってくれた名前が最後に照れながら「愛してるよ」とキスをしてきた瞬間、俺は産まれて初めて心臓まで溶けるような幸せを味わった。
title by すてき