▽本日のパーフェクトガール
「ねー銀ちゃんも気にならない?」
「ん?」
「キャバクラ!行ってみようよ!三人でお金出し合ってさ。どんなところか見てみたくない?名前ちゃん忙しいからたまにか会えないし」
「そーそーこっちから会いに行こうよたまには」
「えー……いや、俺は……うーん…」
もはや常連となった『りぃちゃん』と『ゆんちゃん』がカウンター席で盛り上がっている。名前の友達だ。俺目当てに通ってたはずなのに話題はほとんど彼女のことになりつつある。
「名前ちゃんのドレス姿綺麗だろうなー…この店にいるだけでもオーラヤバイもんね」
「わかる、あれはもう発光してる。女神だわ女神。で、銀ちゃんどーすんの?行くの?行かないの?」
「君たち頭数多い方が軍資金少なくて済むから俺のこと誘ってんの?前言ったよね?そういうとこ行かねーって」
「それは女の子に対してでしょ。彼女のこと応援しに行こうとか思わないの?」
「いや名前のドレス姿は見なくても綺麗だってわかるし俺はスッピンの方が……………って、え?君たちもしかして付き合ってるって知っちゃってる?」
「知ってる知ってる。結構前から」
「全然彼氏の話してくれないんだもん。問い詰めたら銀ちゃんって!びっくりしたよ!美女と野獣じゃん!」
「月とスッポン」
「雲泥の差」
「泣いていい?」
なんだよお前らこの間まで銀ちゃん銀ちゃん言ってたくせに。女の結束力か。シェークするところなんて見ちゃいねー。全然いいんだけどさ。
「はいマルガリータ。こっちはブルーマルガリータね」
「ありがとー」
「ん、おいしー。銀ちゃんのカクテルって他の人よりほんのちょっと柔らかいよね。特に最近優しく感じる」
「そうだね。名前ちゃんのお陰で腕上がったんじゃない?」
にやにやと二つの顔がからかってくる。まぁ確かに調子がいいのは事実だ。名前が仕事でいない休日は積極的に他店に赴き飲み歩いては練習に勤しんでいる。名前に美味しいって言って欲しくて。喜ぶ顔が見たくて。何より酒の勉強は好きだ。ほんの少しの配合と作り手の感覚で味がガラリと変わる。奥が深すぎるこの世界に存在する膨大なレシピを片っ端から試して自分のものにしたい。
「次の休みいつ?」
「あー明後日」
「聞いてみて行けそうなら名前ちゃん経由で連絡して!じゃよろしく〜」
「ごちそうさま!」
半ば一方的に約束を取り付けたら早々に二人は帰っていった。マジかよ、どうすんだよ。彼氏がキャバクラなんて許すわけねーだろ。
*
「えーっ!お店に来てくれるの?嬉しい!明後日かぁ待ち遠しいなー、それまで仕事頑張るね!」
「…それ思いっきり営業メールじゃね」
半身浴から上がりクリームを塗って脹脛をマッサージしている名前の横で俺はタブレットで本を読んでいた。そういえばと今日の出勤であったことを話すとマニュアルのような返事が返ってくる。
「うふふ。なんてねー。なんか恥ずかしいなぁ、わたし銀ちゃんといる時と雰囲気違うかもだし」
「彼氏がキャバクラ行くとか行ったら嫌なもんじゃねぇの?」
「んーそうだねぇ。でもりぃちゃんとゆんちゃんも一緒なんでしょ?ていうか、銀ちゃんが他の女の子に鼻の下伸ばさなきゃいい話でしょ」
「…お?珍しく嫉妬してる?名前ちゃん」
「してませーん。うち可愛い子ばっかりだからなぁーって思っただけ」
「いやそれ嫉妬だろ。嫉妬キングの俺が言うんだから間違いねーって」
「嫉妬キング?ダサいね」
「うっせーな…つーか早く上着着てこっち来い風邪引くぞ」
「んー、ずっとヒールだと足痛くて。今日同伴でお客さんと買い物に行ったんだけど思ったより歩いたんだぁ。少し低いヒールにすれば良かった」
「あーだからずっと足揉んでんのか。早く言えよ」
タブレットの電源を落として小さく丸まった背中を包むように後ろから抱きしめて見様見真似で足をマッサージする。確かにずっとつま先立ちしてるようなもんだよなぁ、そりゃ大変だわ。バーテンダーも基本的に立ちっぱなしだけどキャバ嬢はまた違った大変さがある。
名前と一緒に過ごすようになってわかったのは自己管理の大変さ。自分が商品だもんな、常に手入れをしていないといけない。せっかくゆっくり出勤できるような日でも美容院やらネイルやらエステやら、とにかく用事は山ほどある。家ではマッサージして靴磨いてたまに筋トレしてその間に客と連絡取って。この間なんてもうすぐバレンタインだからって客用のチョコを大量に注文していた。業者かってくらいに。コイツ何人客いるんだよ、ドン引きだわ。
「ま、一回くらい行ってみるわ。名前の働いてる姿見に」
「バーより全然高いから飲み過ぎには気をつけてね」
「破産しない程度にしねーと」
足を揉んでいる手を少しずつ上げて太腿をむにむにと掴むとくすぐったいようで膝小僧を擦り合わせた。
「可愛い子がいても手出しちゃダメだよ?お触り禁止。追い出されるからね。初対面から口説くと嫌われるよ」
「こんな風に触るのもダメ?」
部屋着である短いショートパンツの隙間から手を入れて下着の形に沿って優しく擦ると、ダメに決まってるんじゃん!と怒られた。
「うーん、ちょっと心配かも…退くんに見張っててもらお」
「サガルくんね。好きだねぇ」
「そういうんじゃないよ、仲がいいだけ、ん、っちょっと銀ちゃん、せっかくお風呂入ったんだからやめて」
「マッサージしてるだけじゃん」
「そ、んなとこしなくてもいいからぁっ、あっ」
「名前ちゃん、パンツ買い足したほうがいいよ」
片手で胸を揉みながら下着の下の形をゆっくりなぞっているとじく、と滑りのある蜜が指に触れる。あーまた着替えなきゃなんないね。全身綺麗でツルツルピカピカのこの女を汚すのが本当に楽しい。触れているだけでグラスに水を注ぐように心が満たされる。外では絶対に見ることができない子どもみたいな顔で呼ぶ俺の名がとても特別な響きに聞こえる。
「可愛い、名前ちゃん。赤ちゃんみたいな顔してすっげーエロい身体」
「もっ、寝るんだからぁ…ぁっ、あ、やぁっ」
「俺も寝るよ。名前のイく顔見たら」
いい大人になってこんなにセックスばっかする生活は想像もしていなかったなぁと脳味噌が本音を吐露する。でもさ相性めちゃくちゃいいんだもん。今、人生で一番輝いている。俺の息子が。
*
「いらっしゃいませ」
「三人です…初めてで…」
こちらへ、と通されたそこはもう完全に異空間だった。ここ日本?薄暗い照明の中でいくつものテーブルで繰り広げられる『楽しい時間』。酒と煙草と女。どの子もそれじゃ外を歩けないような露出のドレスを身にまとい男と楽しそうに酒を飲んだり飲ませたり。大人専用のテーマパークに来たような想像以上に凄い光景だった。席についた俺たち三人はそわそわと居心地なく店内を見回して、すぐに名前を見つけた。
「あ、あそこ」
「きゃー名前ちゃん!さすがすっごい綺麗…!ていうかあのテーブルの上すごくない?」
名前が座っている席は落ち着いていた。ゆっくりとグラスを傾けながら中年のオッサンの話を興味深く聞いては驚いたり笑ったりしながら流れるような動作で酒や煙草の世話をする。プライベートで見るアイツとは別人だった。テーブルの上には黒いボトルが何本も立っている。あれ一本いくらするんだ。考えないようにしよう。
「いらっしゃいませぇ。はじめましてー」
「あ、どーも」
初めての時はだいたい指名無しのフリー入店になるから売れっ子の名前は来ないだろう。隣に座り名刺を差し出すキャバ嬢はまだかなり若そうだった。
「なんか面白い組み合わせですねー、お友達?」
「そーなんです。行きつけのバーの客と、バーテンダー」
「えーバーテンダー?すごーい、チャラ〜い」
「チャラくねーよ」
なんだどいつもコイツも。テンプレか。
「わたしたち名前ちゃんの友達なんです」
「えっ、名前さんの?」
大袈裟に驚いた女は名前のことを慕っているようで名前の話をしてくれた。本当は本人のいないところで話題にするのは良くないらしいが。
「あたし入りたての時全然お酒飲めなくてペースわかんなくて裏で何度も吐いてて。名前さんがさり気なくヘルプについて一緒に飲んでくれて…忙しいときも他の女の子のことすごく見ててくれてるんだよ。名前さんがいる日はほんと平和って感じ」
「へぇー女の子同士で助け合ってるんですね」
「みんな憧れてるよー、可愛いし仕事できるし優しいし」
しばらくして次に来た女も名前のことを話してくれた。新人や若い子の面倒をよく見て接客や連絡の取り方も丁寧に教えてくれるらしい。連れ二人がキャバ嬢と美容の話で盛り上がっているのを聞きながら酒を飲む。こうして日常と離れた空間であーだこーだと話すのは割と悪くない……と思う。何より思った以上に真面目な仕事だったということを知った。とんでもない偏見だが、キャバクラなんて男の隣にくっついて笑ってるだけだと思ってた。外見だけじゃなくてちゃんとした立派な仕事なんだな。ふと、向こうにいる誰かと何か目配せをして次の子に代わるねーと席を立った女は意味ありげに笑った。
「あっこんなところにいい席があるー座っちゃおー」
「あ、名前ちゃん!」
突然席に座ったのは今夜の目的である名前だ。名前が新規の席に座るとは思わなかった。ほんのり頬を染めてにこにこと嬉しそうに俺たちを見る。
「慣れないところなのに来てくれてありがとう。なんか恥ずかしいなー」
「ちょ、名前ちゃん胸やば!盛り盛りじゃんそれどうやってるの!?」
「ふふー、これはヌーブラで寄せてあげてまーす。今日は背中のお肉も持ってこれるしっかりタイプを使用してまーす」
「ふわふわだー、触りたーい」
「お触り禁止よ。見て楽しんでね」
悪戯っぽく笑う笑顔の綺麗さに見惚れそうだ。言っちゃ悪いがさっきまでついてた子たちとは比べ物にならないくらい可愛い。彼女という贔屓目もあるだろうが。
「銀ちゃん、可愛い子いた?」
「いやなんかキラキラしすぎてよくわかんねー。みんな同じに見えてAKB現象起きてるわ。つーか胸にしか目がいかねぇ」
「ひどーい」
お酒はこの辺がおすすめだよとか色々教えてくれて水割りを作ってくれた。
「名前さん、そろそろ…」
「はーい。あっ、銀ちゃん。この子が退くんだよ。弟みたいでかわいいでしょ?」
膝をついてこっそりと名前に声をかけた黒服の男を見るとペコリと頭を下げた。真面目そうな若い男だった。あーアンタがお気に入りね。どーもと返事を返すと名前が近づいて耳元に囁く。
「退くんもかわいいけど…わたし、銀ちゃんみたいな格好良い人がタイプだなぁ」
俺にだけ届いた内緒話。不意打ちの言葉に胸がドキリと高鳴り急に体温が上がる。酔って少し上擦った声が余計に。
「じゃあゆっくり楽しんでね。りぃちゃんゆんちゃん、銀ちゃんのこと見張ってて!」
「もちろーん!」
「女の子に鼻の下伸ばしてたらグーパンするから!」
あはは、と笑って席を立った。
「頑張れよ」
「がんばりまーす」
少し行ったところでふらつく身体をさり気なくサガルくんが支えたのを見てしまった。あー嫉妬しちゃうわぁ。
「あの黒服の子、タイプかもー」
「りぃちゃんあーゆーのが好きなんだ。あんまパッとしなそーじゃん」
「養ってあげたいわー」
「年下好きだもんねぇ」
「ちょっと待て、俺は?年下でも地味系でもないと思うんだけどなんで俺目当てにバー来てくれんの?」
「付き合うタイプと好みの男って割と違うこと多いよ。それに付き合うのはいいけど結婚したい男は別ってよく言うじゃん」
「あーそーかも」
少しずつ場に慣れてきて次についたキャストを場内指名した。名前の同期で連れだと聞いていたらしく、酒を楽しみながら会話に花を咲かせた。
結局ラストまで居座った俺たちに黒服から一枚の名刺を渡された。名前のだ。ひっくり返すと手書きで『この後おすすめのバーに連れて行ってくれませんか?』と書かれていた。アフターのお誘いだ。退くんにOKと合図する。かしこまりましたと席を立とうとする退くんをちょいちょい手招きすると不思議そうに顔を寄せた。りぃちゃんがコソコソと耳打ちする。
「退くん彼女いますか?すごくタイプだから聞いておきたくて」
俺は隣にいるから会話は耳に入ってくる。わかりやすく動揺した退くんはいません、すみませんと何故か謝ってそそくさと戻っていった。あれ?キャバクラで働いてるくせに意外と初心じゃん。結構脈あるんじゃね?
「お待たせー、行こう」
会計を終え、私服に着替えた名前と店を出た。りぃちゃんとゆんちゃんは後は二人でって気を利かせて帰っていった。残された俺たちはいつものバー……と言っても俺の仕事場に向かって歩いた。
「タクシー拾う?」
「ううん、酔い覚ましたいし一緒に歩きたい。……ね、腕組んでもいい?」
「いーよ。足しんどかったら言えよ」
「…うふふ、なんか緊張する」
控えめに腕を絡ませて照れくさそうにはにかんだ。
「初めてのキャバクラどうだった?」
「名前に酒作ってもらうなんて変な感じだった」
「そうだねぇ。…裏でみんながあのバーテンダーさん格好良いって言ってるの聞いちゃったんだぁ。だからわたしの彼氏なのって言っちゃった、アフターのお誘いもこっちからしちゃったし。格好わるーい」
「やっぱ嫉妬してくれたの?可愛いねぇ。たまには逆も悪くねーな」
「…珍しいね銀ちゃんがスッピン以外で可愛いっていうの」
「そうだなぁ、ちょっといい気分かも」
「お酒飲んだから?可愛い女の子とたくさん話せたから?」
「名前がすげー頑張って仕事してて、周りも名前のこと慕ってて褒めてた。なんもしてねーのに誇らしかったよ。本当は俺の女だってすげー自慢したかった。あとドレス、めっちゃ似合ってた」
「…嬉しい、ありがとう銀ちゃん。来てくれたおかげで頑張れたよ」
ぎゅっと腕に力が込められた。甘えるようにくっついて微笑む。側から見ればただのキャバ嬢と客。でも俺たちは二人を繋いだあのバーに行き、酒を楽しんで家に帰る。風呂で夜の空気を洗い流して同じベッドで眠る。それを繰り返していく。今夜も。
title by モラトロジー
お店のことはよく分からないので雰囲気で読んでいただけるとありがたいです