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▽純粋度87%



どんなに夜遅くても閉店間際になろうとも彼女は絶対に化粧を崩さず綺麗にセットされた髪とボディラインを強調したワンピースを着て、ヒールを鳴らして店にやって来る。

いつも必ずカウンターを挟んで目の前に座る。お気に入りのその場所は俺の正面。背中の壁に取り付けられた棚に所狭しと並んだボトルを眺めるためだと知ったのは数回目に訪れた時だ。
その存在が薄暗い店内で一際目を引くのはシャンパングラスを前にして目を伏せる表情が夜の世界に身を置く女にしてはあまりに純粋で綺麗だからだ。その顔を目の前で独り占めしている俺は何も意識していませんよという素振りで今夜もグラスを磨く。

バーテンダーとして働いて五年。このバーではまだ二年目だ。知人の紹介で入店することになったここは小さな店ではあるが比較的落ち着いた雰囲気で扱う酒の種類も多いところが気に入っていた。一応ボーイズバーなので女の客が多く時には恋バナを聞いたり言わされたりと相手をしなければならないがゆるく適当に話を聞く俺の性格はキャラとしてまぁそこそこの人気を得て成り立っていた。
うちの店に来る女性客は複数人で来ることが多い。友達と連れ添ってお気に入りの男性が出勤している日を狙って来るが、今目の前にいる女だけは違った。ボーイズバーなのにバーテンダーには目もくれずゆっくりと酒を楽しむ。しかも毎回、シャンパンを一杯だけ。時折、ピンク色のスマホが鳴って熱心に連絡を返しているのを見る。営業だろう。こちらとしては面白くない。シャンパンは注ぐだけ。目の前に座っているのに碌に喋りもしない。過度に話しかけてくるミーハーな女よりは幾分マシだし何より可愛いから別にいーんだけど。

「ごちそうさまでした」

「お気をつけて」

グラスを空にして席を立ち、コツコツをヒールを鳴らして店を出て行った。すると近くに座っていた女二人が囁き出す。

「ねぇ今の『名前ちゃん』だったよね?」

「だよね!?本物ちょー綺麗!こういうところ来るんだ〜なんか意外。高級店とかに行きそうなのにね」

「悪かったな小さくて庶民的な店で。あの子有名なの?」

「銀ちゃん知らないの?二年くらい前からずっとNo. 1なの。変に自慢しないし可愛いから女の子にも人気なんだよ」

「へー」

キャバ嬢とは見てわかっていたがまさかNo. 1だったとは。名前というのも源氏名だろうが彼女の雰囲気によく似合っている。

「あんま興味ないんでしょ。キャバクラとか行かなさそうだもんねー」

「今新しい道具集めてるから金ねーもん。なんで頑張って働いた金を女の子の酒代に使わなきゃいけねーの」

「ちょっと〜ボーイズバーで働いてる銀ちゃんが言わないでよ!!もーほんとデリカシーないんだから!」

「そうよせっかく銀ちゃん目当てで来てあげてんのに!」

「あー悪い悪い。次何飲む?めっちゃ美味いの作ってやるよ」

「んーダイキリ」

「飲み方は?」

「フローズンがいいな」

「あたしニューヨーク」

「かしこまりました」

若い女が好きなのは甘く見た目も綺麗なカクテル。特にシェーカーを使って作られるものの方がボーイズバーではよく注文される。カクテルを作る過程で動きがある方が目にも映えるしより酒も楽しめるからだ。そして目当ての男が自分だけのために文字通り腕を振るってくれるのを見ることができる…というのがカウンターに座る醍醐味でもある。そんなわけでたまにやってくるキャバ嬢の存在は異質でもあった。シャンパンを飲みたいだけなら普通のバーに行けばいいしそもそもNo. 1なら金を払わずとも仕事中に好きなだけ飲めるだろう。なんでこんなところに通ってんだか。





「……あ、」

夕方、出勤するため欠伸をしながら店に向かっているとあのキャバ嬢を見かけた。確か、名前ちゃん。今日も頭から足の先までばっちり決まってる。お高めな飲食店の前で電話していた。そうなんだ、残念だけどしょうがないね。また今度。寂しいなぁ。お仕事頑張ってね。……同伴でも断られたのか。あんな子でもすっぽかされたりするんだ。なかなかに厳しい世界だな。電話を切った表情が寂しそうで、気づけば近づいて声をかけていた。

「仕事の前にうちで一杯飲んでかね?」

驚いてこちらを見上げるぱっちりとした瞳が数回瞬きして、俺の髪を見てあっと声を上げた。

「バーのお兄さん?ライトの下じゃないからよくわからなかった」

「へー、いっつも後ろのボトルばっか見てるから俺のことなんて視界に入ってねーと思ってた」

少し嫌味な言い方をしても気にせず口角を上げた。赤い唇が言葉を紡ぐ。

「髪がね、ライトで光ってキレイだから覚えてるよ。声かけてくれたのがお兄さんで良かったぁ。他の人はあんまり覚えてないの。あっ、これ内緒ね」

シャンパン飲ませてと隣を歩く女。すげぇ、こんな短い会話で可愛いと思わせてくる。他のバーテンダーとは違うという特別感を出してくるあたりさすがNo. 1。それとも俺がキャバ嬢慣れしてなくて単純なだけか。

「オープン前だけどいい?」

「いいよ。そっちこそ大丈夫?えっと…」

「銀ちゃん」

「『銀ちゃん』。名前です。よろしくね」

人懐っこく笑いながらついてくる名前が話しやすくて内心驚く。店に来るときは話しかけるなオーラ出てたぞお前。外だからか?営業モードなのか?気軽に誘ったけどもしかしてこれ同伴になってる?まぁいいか一杯くらい奢ってやっても。カランと店のドアを開けると奥からシャッシャッ…と客に出す氷を作っている音がする。

「おはざーす。マスター、一人入れていい?」

「どーぞーいらっしゃいませ…あっ名前ちゃんじゃん。久しぶり」

「お久しぶりですー」

マスターと名前はお互い軽く会釈して微笑み合った。

「顔見知りなんすか」

「お前が勤める前からの常連さん」

「へー?着替えてくるからちょっと待ってて」

「はーい」

バックヤードでカマーベストとスラックスに着替えネクタイを締める。カウンターに戻ると誰もいない店内でいつもの席に座って薄いライトに照らされた酒のボトルたちを眺めていた。
キンキンに冷えたシャンパンのボトルをゆっくり回してコルクを抜く。しばらく泡を落ち着かせている俺の手元に視線を移し、グラスに数回に分けて注がれる金色の液体を見た。それをカウンターに置くと細く爪の先まで手入れをされた指がグラスを握った。

「いつもグラスでごめんね」

「仕事前にボトル下ろすわけにもいかねーだろ」

「本当はあまり強くないんだ」

「じゃあなんで飲みに来んの?お気に入りの男でもいる?まさかマスター?」

「約束してるんだ、仕事終わったらここで会おうねって」

「誰と?」

「ひみつー。シャンパンって、浮かんでくる泡がキラキラしてキレイで好き。ぼうっと見てると自分が魚になったみたいな気がする」

その瞳は泡の向こうの思い出を見ているかのようだった。

「銀ちゃんはどんなお酒が好き?たくさん知ってるでしょ?」

ここでやっと俺を見た。カウンターで目を合わせて話すのはほとんど初めてなんじゃないだろうか。純粋に俺に興味を持っているということが嬉しかった。

「やっぱ甘いカクテルだな」

「どんな?何が得意?」

「秘密」

「今度作ってくれる?」

「絶対飲む気ねーだろ」

カクテルなんて飲んでるとこ見たことねーぞ。社交辞令か。どうせ次来た時もシャンパンなんだろ。

「次来たら飲ませてね」

「まあ、いーよ」

楽しみ、とグラスの中身を飲み干すと立ち上がる。

「またね。銀ちゃん」

そのまま金を置いて出ようとする名前にちょっと待てと声をかけた。

「俺が誘ったんだから奢るよ」

「仕事以外でプレゼントは貰わない主義なの」

カラン、とベルを鳴らして出て行く顔はもう無邪気な笑顔じゃなかった。

「名前ちゃんもう行っちゃったの?何か作ろうと思ったのに」

ベルの音に気付いたマスターがキッチンから出てくるが店内にはもう俺しかいない。

「あの子ってシャンパン以外の酒飲むんすか?」

「昔はカクテルしか飲まなかったよ。シャンパンを飲んでたのは男の方」

「男?」

「ここに通うようになったのは男と地方から出て来てすぐの頃でさ、彼氏はここで修行してたわけ。いつか店持ちたいって言っててさ。あの子はその夢応援するーっていつも笑って聞いてたなぁ」

「へー……で、その彼氏は?」

「まぁ挫折していつの間にか来なくなったよね。名前ちゃんの人気が出始めた頃だったかな?田舎に帰ったのかそれとも客の女の子に情が移ったのか……知らないけどよくある話だよ」

ふうん、と興味なさそうな声を出して残されたグラスを見下ろした。約束したと言っていたのはその男とだろう。俺がこの店で働いたこの二年、彼女が誰かと酒を飲んでいる姿は見たことがなかった。いつも一人でカウンターに座っている。待っても来ないソイツのことを思いながらどんな気持ちでボトルを眺め酒を飲み干していたんだろう。






次に名前が来たのは深夜、客もまばらになってきた頃でいつものようにヒールを鳴らして店内に入って来たがその顔はほんのりと赤くなっていた。語尾も2割増しで伸びている。

「銀ちゃーん」

「いらっしゃいませ…あー名前ちゃん」

「来たよー」

「おーお疲れ。仕事帰り?フラフラしてっぞ」

「久しぶりに頑張っていっぱい飲んだよ〜」

「そんな状態でバーに来んなよ。帰れなくなんぞ」

「だいじょうぶー、運転手さん呼べるから」

「ならいいけどさ」

会話できるがしっかり酔ってる感じがする。この状態で酒出したくねーなぁ。まだ仕事あるから送って行けないし。ドライバーがいるならそんな心配しなくてもいいのかもしれないがこの間の寂しそうな表情を見てからどうも気になっていた。

「シャンパンは止めとけよ。どーせたらふく飲んできたんだろ」

「じゃあ銀ちゃんの好きなの作って」

「ちょっと待ってな。寝るなよ」

「はあーい」

小さな鍋を出すと締めのラーメンでも作ってくれるのかとふにゃふにゃした可愛い顔で笑われるが無視する。この酔っ払いめ。幸い今夜は空いていてカウンター席も名前だけだから手間のかかるカクテルも集中して作れる。卵を割ってミキサーにかけると不思議そうにしていた。

「ねぇ銀ちゃんってちゃんとした名前なんて言うの?」

「坂田銀時」

「だから銀ちゃんなんだぁ。『銀ちゃん』しか教えてくれないから」

「アンタも本名教えてくれねーじゃん」

そう言うと彼女はほんの少し諦めの表情をした。ピンク色のスマホをカウンターの上でくるくる滑らせて遊ぶ。

「名前は本名だよ。話してることも全部ほんと。なのに誰も本当のわたしを知らないの。お店に来てくれなくなって寂しいって言っても『他にたくさんお客さんがいるから寂しくないでしょ』って」

ほんとに寂しいのにね、とカウンターに頬杖をついて薄く笑う。思わず鍋をかき混ぜる手が止まった。

「甘いにおいがする。卵と牛乳なんてバーじゃないみたい。うふふ、楽しいね」

酔っているからか、心を開いてくれているのか今夜の名前は饒舌だった。

「ほら、これ飲め」

「なあにこれ」

「エッグノック。ミルクセーキみたいなもん。ガキの頃自販機で売ってんの飲んだ時からすげー好きでさ。ひよこの缶の。わかる?」

「わかんない」

普段ならブランデーを入れるが名前に作ったのはノンアルコールのホットで子どもも飲める甘くて優しいドリンクだ。一口飲んでうわー、と顔をしかめる。

「あっま。ケーキ溶かしたみたい」

「他所で飲むより甘いと思うぜ。名付けて銀ちゃん特製激甘スペシャル」

「なにこれー…初めてなのになんかちょっとだけ懐かしい感じ。あったかくて…ちょっと好きかも」

文句を言うが気に入ったようだ。少しずつグラスの中が減っていく。

「飲んだら帰れよ」

「バーなのに一杯で帰れなんて言っていいの?」

「いつも一杯で帰るのは名前だろーが。それ他の店で絶対やるなよ」

「ねぇ銀ちゃんのカクテル、もっと飲んでみたい」

「それ、口説いてんの?」

「バーテンダーとは付き合いませーん」

「なんで。元彼がバーテンダーだから?」

「……聞いたの?…マスターのおしゃべり。ハゲちゃえ」

「ごめん」

「いいよ。もう何年も前の話だもん」

いい加減に忘れなきゃねと呟いて視線は俺の向こうのボトルに移った。ああまたその顔。思い出は容易く彼女を透明な水の中に閉じ込める。

「彼のカクテルはゆるくて不味くて…でも練習して少しずつ美味しくなっていくのを飲ませてもらうのが好きだった。お金を貯めていつか一緒に小さなバーを作ろうねって約束したのに、いつの間にか泡みたいに消えてなくなっちゃった……」

でもね、シャンパンを注ぐのだけは上手かったんだよと笑顔で意味のわからないフォローをかましてくる。フォローする価値なんてねぇだろうが、自分を捨てた男なんて。

「忘れろよ、シャンパンしか注げない男なんて」

「わかってる。初心に帰りたい時に飲んでたの。深い意味はないよ」

「じゃあなんでそんな寂しそうな顔すんの。俺のカクテル飲んでんのに」

ハッとして俺を見た。苛々する。全然忘れられてねーじゃん。コイツは記憶の中の男を俺に重ねて見てただけだ。バーテンダーが夢だと言った口だけのシャンパン野郎に。自分の店を持ちたいなんて言いながら夜の世界に名前を縛り付けて自分勝手に消えていった男と俺を一緒にするな。なんでこんなにイライラするんだ。デカいことを言って自分の夢に女を引き摺り込んでおきながらこの道を簡単に諦めたことがムカつくのか、それともただこの女を傷つけ続けることに対してなのか。きっと両方だ。

「ごめん、銀ちゃん。失礼だったね」

「いーよ別に。そろそろ迎え呼べば」

「…あ、充電切れてる………」

「店の電話使う?」

「番号覚えてない。こっちのスマホにも入ってないし」

バッグから取り出したのは白いスマホ。恐らくプライベート用のだ。さあどうする。送ってってもいいがまだ勤務時間だ。数時間は待たせることになる。タクシーでも呼んでやるか。

「銀時ィー、早いけど上がっていいよ。もうお客さんいないし後はやっとくから」

「マジすか」

「ちょっとーマスター、お客さんここにいるじゃん!」

「名前ちゃんは別ー。銀時、送ってあげて」

「もー」

うふふと笑い合ってる二人を遠い目で見る。マスターが隣でバチンとヘッタクソなウインクを飛ばして来た。気を利かせてるつもりか。なんかムカつく。

「あーわかったわかった送ってきゃあいーんだろ」

「やったー」

着替えてタクシーを呼んで乗り込む頃には名前の目はもうとろとろで半分夢の中だった。隣に座る俺に寄りかかって目を閉じる女の無防備さったらない。丈の短いワンピースからチラつく太腿と、少し覗けば意識せずとも目に入る谷間。あー早く着いてくれ。

「名前、着いたぞ。部屋どこ?」

「…んー…エレベーター……」

タクシーを降りてフラフラの名前を抱えて指示通りに足を進める。こんな状態で歩かせるわけにはいかない。ヒールなんて竹馬みてーなもんだろ。違うか。

「ほら、鍵どこ?」

「…ありがとー……」

部屋の前まで来て下ろしてやってバッグから鍵を出そうするとキーケースが二つ出てきた。オイどっちだこれ。

「どっち?」

「しろ」

白い方のキーケースの鍵を差し込んでドアを開ける。玄関は広々としていてすぐ隣にあるシューズクローゼットにはヒールの高いパンプスが並べられていた。几帳面な性格らしくどれも綺麗に磨かれて陳列されている。

「…お客さんが眺めの良い部屋をプレゼントしてくれたの。好きな時に使いなさいって鍵くれて。でも結局一人で夜景見ても仕方ないからあんまり行ってないんだぁ…」

ヒールを脱ぎながら独り言のように呟いた。目が覚めてきたのか、あがってー、お茶飲もうよーと笑う彼女を残して帰れなかった。

「銀ちゃん、お湯沸かして〜てきとうに」

「俺が入れんのかよ。いいけど」

リビングは驚くほど何もなかった。白いカーテンのお陰か真っ白な箱のようだった。家具もほとんどない。キッチンに行ってお湯を沸かしている間にシャワーの音が聞こえてきた。客がいるのに風呂かよ。しかも男だぞ。自由すぎんだろ。
女にしては早く浴室から出てきた名前は濡れた髪をタオルで拭きながらあとは寝るだけといったラフな格好でソファに座った。言われた通り適当に入れた茶を出して隣に座ると嬉しそうにカップを持った。

「こんなところまで来てくれてありがとう」

「風呂入って目覚めた?つーかスッピンめっちゃ幼いじゃん。意外だわ。未成年じゃん。ガキじゃん」

「結構コンプレックスなんだよ?普段しっかりメイクしてるから余計に。寝る前にメイク落とさないで寝ると10歳老けるっていうじゃん、もー怖くて。帰ったら意地でもお風呂入る」

「名前は歳とっても可愛いから大丈夫じゃね」

「さすが人気バーテンダー、女の子の扱い慣れてる〜チャラ〜い」

「おめーはナンバーワンキャバ嬢だろうが。毎晩男を手玉に取って何百万の金を動かしてんだろ。こえーわ」

「No. 1なんて知りませーん。真面目に働いてたら勝手になっちゃっただけですー」

素を見せているからか余計に幼く、子どもっぽく映る。これがキャバ嬢?全然似合わねーじゃん。もっと明るい顔で生き生きできる仕事があるんじゃねーのか。同伴ドタキャンされて泣きそうになって、仕事終わりにバーで来ない男を待ち続けて寂しそうにして。お前はいつ満たされるんだよ。

「……なぁもう、辞めれば。キャバ嬢してんのだって男と店やる資金貯める為だったんだろ。もう必要ねーじゃん」

「だって、これ以外知らないもん。田舎から東京来てすぐこの世界に入ったから他に何ができるのかもわからない…、家族も友達も好きなことも全部置いてきちゃった…」

「何にもないならこれから作ればいーだろ。なんにでもなれるんだから」

「…そうかなぁー…」

「そーそー。まずはこの殺風景な部屋に好きなもの一個置いてみ?自分で望んで手に入れたモンは離れていかないから。お前好きなモンは捨てずに取っておくタイプだろ。だから始めから何も持たねーんだろ?」

濡れた髪をポンポンと撫でると眉がひそめられる。どーした、何か気に入らないことでも言ってしまったのか。

「やっぱりチャラい。女の子に頭ぽんぽんしなきゃいけないルールでもあるの?」

「…あのさー、誰と重ねてんの?いい加減にしろよ。つーか途中で辞めたならもうそいつバーテンダーでもなんでもねーから。ただの一般人のクズ男のだから。一括りにしないでくんない?そろそろ怒るよ俺」


「……銀ちゃん」

「あ?」

「銀ちゃん置きたい。この部屋に。それで、また作って欲しい…あの卵と牛乳のカクテル。ただのお茶でもいい、こうやって話しながら飲みたい。カウンター越しじゃなくて隣で」

「……何それ、告白?」

「ううん。それじゃあ銀ちゃんに悪いから。わたしがしてあげれることなんてないし」

「そんなん、名前が全部忘れて俺を好きになってくれんなら何も要らねーよ。なんかして欲しくて付き合うのは恋愛じゃねぇんだよ、ガキが」

「…そっかぁ、じゃあ………忘れられそう」

「もういい?キスしたいんだけど」

「お風呂出た時から狙ってたでしょ」

「まさか。お前こそ確信犯だろ」

「しーらない」

笑いながら軽く触れただけのそれはいい大人の癖にガキっぽくて余計笑える。

「…あ、でも一個だけ言わせて」

「なあに?」

「店でシャンパン飲むの禁止。俺が作ったカクテル以外飲むの禁止」

「うわ…銀ちゃん重……」

「あと、未来とかこれから先のことなんて言ったってわかんねーから、とりあえず今日の俺だけ好きでいて」

それを繰り返していけばずっと一緒にいられるから。

「じゃあもう寂しくないね」

「むしろウザいとか言うなよ」

「わたし結構ウザいの好き」

「ははっ、そんな感じするわ」

それから数年の間に名前は夜の世界から身を引いて資格を取って働き始める。俺は色々な縁があって独立し店を持つことになるのだが、それはまた別の話。



title by パニエ
Thema by 白桃/シャンパンとミルクセーキ


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