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▽キスするたびまた君を好きになる (こうして何十年だって過ごしていける)



「なんつーかさー…俺が支えようと思ったのにアイツ自分で何でもできちゃうし発想と行動力が伴ってるっつーかさ…やること全部ハマってんだよなぁ」

「良いじゃないですか。名前さんの才能っすよ」

「姉さん昔から几帳面でしっかりしてますからね」

カウンターに男三人並んで店内の中心…名前主催のワークショップを眺めている。月に2回開かれるそれは『美味しいケーキとドリンクを味わいながら楽しく作りましょう』を軸にアイシングクッキーやキャンドル作りをしたり時には俺をメインに立たせ家で簡単にできるカクテル講座を提案したりととにかく企画が絶えない。かと思えば『たまにはおしゃべりするだけでもいいよねぇ』とただのお茶会になったり。前職で聞き手役をやってきた名前は人の心を掴むのが上手く常に客で溢れている。

「さすが名前さん。ここなら夜営業だから昼間使えるし商品出せば店の宣伝にもなりますからね」

「上手いよなぁ……やりようによっては俺より稼いじゃいそうだわ。部屋に資格の認定証どんどん増えてるし」

「この間『銀ちゃんが褒めてくれるからすごく楽しい』って言ってましたよ。あんな風にやれてるのも銀時さんがいるからじゃないですか」

「新太郎〜〜〜!お前は!本当に!いーやつだなぁ!」

バシバシ背中をしばくと勉強しかしてこなかった薄っぺらい身体がこんにゃくのようにブレる。

「イテテテやめてくださいよ!新八ですってば」

「店長ー、ドリンクのおかわりお願いしまーす」

「はいはーい」

何してるの?と不思議そうな顔をする名前からオーダーを受け取る。つんと触れた指先に二人しかわからない温かな熱を感じた。お前今日も綺麗だなぁ。
名前のワークショップのお陰でノンアルコールのメニューも増えた。そもそも開店記念のパーティーで『Caramel』のマスターに『名前ちゃんのために作ったような店だなぁ』と笑われたがまぁあながち間違っちゃいない。どんな店にしたらアイツが喜ぶかって考えながら作ったから。後はもう、楽しいと思う方向に向かって歩いて行けばいい。なんやかんやで俺も名前と一緒に第二の人生がスタートしていた。

「なーんかゆるくて甘くていい店だよなぁ」

「作ったのアンタですよね」

「義弟も入り浸ってるしぃ」

「姉さんが社会勉強しに来いって言うからですよ」

「店長、夜の分のケーキ受け取って来ます」

「あんがとなー退」

『Sugar』ってさ、それだけならただ甘いだけ。溶かせばドロドロ、固めればジャリジャリーって胸焼けするくらい。でもさ、何かに入れて分け合えばとろけるくらい幸せな気持ちになるんだ。そんで何度でも口にしたくなる。気づけば甘い日々のことばかり考えて、その中心にある彼女の幸せそうな笑顔が俺の一番の宝物になっていったんだ。


「今月もありがとね。この間の銀ちゃんのカクテル講座すごく評判でね、またやって欲しいって言ってたよ」

「あーあれね。名前の頭の引き出しすげーよなぁマジで」

仕事を終えて家に帰って二人して風呂に浸かっていると名前が二の腕を見せてきた。

「見てー、最近筋肉付いてきた」

「うわお前マッチョになんなよ?せっかくベストな柔らかさなのに」

むにむにと二の腕を摘んで首筋に唇を付けるとやめてーと拒否された。なんだよ。キスマークつけたいんですけど。

「明後日撮影あるから」

「まだモデルみたいなやつやってんの?」

「んふふ、えへへ〜」

「おいなんだそのキモい笑い方」

「ぎーんちゃん」

「んー?」

「幸せ」

「俺もー」

「キスする?」

「んー……」

「あれ?しないの?」

「待って。今どうやってお前を満足させるか手順を考えてる」

「えー、いつもそんな計画立ててんの?引いちゃう」

「独身の名前を抱けるのもあと少しだからなぁ」

「結婚したってなんにも変わらないでしょ〜」

「変わるに決まってんだろ。独身から人妻よ?人妻。あーやべのぼせてきた、なんでこんなにエロい響きなの?人妻ってさぁ」

「きっもちわる」

「結婚式楽しみすぎてもうやべぇわ。ムラムラするわ」

「…わたしこの人と結婚していいのかなぁ」

「もうキャンセル不可なんで。うちキャンセル料高いよ?」

「どのくらい?」

「お前の残りの人生貰う」

「キャンセルしなかったら?」

「お前の人生丸ごと貰う」

「一緒じゃん」

「一緒だねぇ」

頭を撫でて首筋にキスマークを…付けられないので舐めあげるとん、と可愛い声。

「名前ちゃん、そろそろ風呂出て寝ませんか」

「裸で?」

「そー、裸で。布団になってやるから」

「重たそうだなぁ」

笑いながら名前をタオルで包んで浴室を後にする。今週末はいよいよ俺たちの結婚式だ。店の経営が軌道に乗ってきたタイミングでお互いの両親に挨拶を済ませ少しずつ準備をしてようやくここまできた。なんか最近名前はますます綺麗になっていくしスッピンは相変わらず赤ちゃんだし身体は最高だしもう色んな意味でドキドキしっぱなしだ。ベッドに移動して早速唇を舐めるとくすくす笑う。

「銀ちゃん、大好き」

そしてこの言葉である。心臓がジンジンするわ。

「結婚指輪、早く付けたいね」

「悩むかと思ったら即決だったもんなお前」

「あれが一番可愛かったもん。銀ちゃんにも似合ってたし」

「坂田名前かー、やべーな」

「最近の銀ちゃんやべーしか言わないよね」

「浮かれてんだよ、いろいろと」







そして迎えた結婚式当日。真っ白なタキシードを着て髪も綺麗にセットされた俺は緊張しまくりでブライズルームをぐるぐる歩き回っていた。あー挙式の流れってどーだったっけ。挨拶の台詞飛んだらどーしよ。あーなんかゲロ吐きそう。

「新郎さん、先に写真撮影したいのでガーデンに出て貰えます?」

「はーい…」

呼ばれたのでガチガチになりながら庭に出た。風に当たりたかったから丁度良かった。名前の希望で会場はガーデンウエディングになった。ナチュラルな雰囲気と開放感のある空間に少しだけ気持ちが落ち着いてくる。天気も晴天。最高のロケーションだ。
朝、会場に着いてから別々になった名前のドレス姿はまだ見ていない。つーかドレス選びさえも同行していないのでどんな風になってるのか想像もつかない。思い出すのはキャバ嬢最後の夜…プロポーズした時に着ていたドレス姿。あれもすげー綺麗だったなぁ。引きつった顔で立つ俺を写真に収めるカメラマンが笑みを深めていーですねーと笑う。いいのか?

「銀ちゃん」

突然背中からかかった声に心臓が弾んだ。名前がいる。ゆっくりと振り返るとこの世で一番だと断言できるほど綺麗な花嫁がそこにいた。優しく微笑む表情から一秒足りとも目を離したくないのに視界がゆらゆらと歪んでいく。あ、俺、泣いてる。

「泣いちゃうくらい綺麗?」

「……綺麗。もうほんと……無理だわ」

「ひどーい。無理ってなに」

「目の前にいるお姫様が俺のなんだーって思ったらもう……なんか…、」

「あはは」

頬を伝う生温い涙を綺麗な指先が拭いとって、掌が優しく包み込んだ。

「銀ちゃん、すっごく格好良い。今日からよろしくね。旦那さん」

名前の瞳にも薄ら透明な膜ができていて、陽の光でキラキラ輝いていた。さっきまでの緊張が嘘みたいになくなり目の前にいる女の子としか考えられなくなった。あ、大丈夫だ。名前がいればなんだって大丈夫。

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「名前、銀ちゃんおめでとーーー!!!」

「ありがとう!」

「サンキュー」

隣接されたチャペルで挙式を済ませガーデンパーティーに移ると広大な緑に賑やかな声が重なってなんとも心地良い。ゲスト達からフラワーシャワーを受け乾杯した。名前とグラスを合わせてからお色直ししたドレス姿をまじまじと見つめる。自然の雰囲気に合うナチュラルな印象で肌の露出はそれほど多くはないのに可憐で美しい。光をよく通すシフォン素材が風に揺れる。髪型もダウンスタイルに変え生花の飾りがよく映える。化粧も華やかな見栄えなのにベースは俺の好きなナチュラルメイク。目が合うたびにドキドキするし眩しすぎる。

「さっきのウエディングドレスもめっちゃ綺麗だったけどそれも似合ってんなぁ。名前のために作られたんじゃねーのそれ」

「うふふ、そうだよ」

「そうって何が?」

「今日のために作って貰ったの。わたしがデザイン考えたんだー」

「ちょっと何言ってんのかわかんねーんですけど」

「ピンクのキーケース、覚えてる?」

「え?」

ピンクのキーケース、というのは名前が現役の頃に常連客から貰ったタワマンの鍵がついていたアレだ。確か引退する時に返したはず。

「実はブライダル会社の社長さんなんだ。あの人だけはお店辞めてもたまーに電話で近況を話したりしてて…結婚するって報告したらお祝いにーってオーダーメイドのドレス仕立ててくれたの」

「…まさかこの会場もそのオッサンの?」

「すっごい偶然だったんだよ。決めてから知ったんだけどね。で、今日着てる他にも試作で何着か作って貰ったんだけどそっちは新作としてレンタルに出すことにしたからパンフに載せる撮影とかしたりして」

「話のスケールがデカすぎるんですけど…」

「ご縁だよねぇ」

「やっぱすげーわお前。敵わねー」

「人との繋がりってすごいよねぇ。あったかいね」

「…そーだなぁ」

「名前ちゃーん!おめでとー!めちゃくちゃ綺麗だよー!」

「ゆんちゃんありがとう!」

次々とお祝いを言いに来てくれるゲスト達の中で飛び抜けて楽しそうに寄ってくるのは俺たち共通の大事な友達だ。

「ねー銀ちゃん挙式の時めっちゃ緊張してたよね?女神のように綺麗な名前ちゃんの姿見て泣きそうになってなかった?こっちも貰い泣きしそうになったよ!」

先日母親になったとは思えないほどテンション高めのゆんちゃんが相変わらずな口調でからかってくる。

「泣いてねーよちょっとだけまばたき多めにしてただけだよ、そりゃ緊張はしたけど。だって人前でキスよ?しかも身内の前でさ」

「誓いのキスくらい堂々とかましなさいよ」

対して最近ますますクールになりつつあるりぃちゃん。こいつらどんなきっかけで友達になったんだ?

「かますってお前な…りぃちゃんと退はいつ結婚すんの?」

「んー…どーする退くん?」

「そろそろしますか。名前さん達の式見てたらりぃちゃんさんのドレス姿見たくなりました」

隣にいた退は何食わぬ顔で彼女の手を取り薬指を撫でた。うわ、お前本日の主役の前で何する気だよ。

「きゃープロポーズ!?りぃちゃん退くんおめでとう!」

「えっ、ちょっ、ここで!?心の準備できてないんだけど」

「じゃあ帰ってから改めてします」

「何それ……」

頬を赤く染めた顔なんて見るの初めてだわ。退はこういうところを可愛いと思ってんだろうなぁ。……いや俺は何を見せられてるんだ毎回。こいつらの恋愛模様は一通り見てきたぞ。むしろ見せに来てるなコレは。意外にSっ気あるんじゃね?

「退くん、りぃちゃんをよろしくね」

「はい。お二人もお幸せに」

「うん!あ、みんなに紹介しなきゃ。新ちゃーんちょっと来て」

「新ちゃん?」

名前が呼ぶと案の定『新八です』と返事をしながらやってきたのは我らが弟。

「弟の新八でーす。大学生だよ。よろしくね」

「えっ弟!?かわいー!」

「大学生ってことはハタチくらい!?若っ!」

「優しくて頭良くてすっごく良い子なのー」

「ちょ、ちょっと離してください姉さん…!」

「赤くなってるー!」

笑い合う二人は仲の良い姉弟だ。離れていた時間や誤解を感じさせない距離感。あーいろんなことがあったなぁ。

「銀時、おめっとさん」

黄昏ていると渋いスーツ姿の『Caramel』のマスターがシャンパンを片手に声をかけてきた。

「マスター…じゃなかった、長谷川さん。ありがとーございます」

「『Sugar』の評判良いみたいだな。見た目は洒落てるし酒は本格的で旨いし甘いスイーツが食べられるって。そんで昼間は女の子達が集まって楽しそうなことやってるってさ」

「名前のお陰ですけどねー」

「いや、お前だよ。お前が一から作ったんだ。そこに惹かれて集まってきたんだよ、俺が作った店みたいにな。『Caramel』に名前ちゃんが来て、お前が来て繋がった縁が絡まってできた新しい形が『Sugar』だろ」

「長谷川さん……」

「大切にな」

「…俺、『Sugar』を長谷川さんの店みたいな場所にしたい。俺なりのやり方で」

「いーんじゃない。がんばんな」

ポン、と肩に手を置かれた。甘いけれど香ばしい苦味もあって味わい深いあの店と、胸焼けするくらいの甘さを分け合う俺の店。いつか、誰かにとってかけがえのない存在になれるように大切に守っていきたい。目の前にいる彼女の笑顔とともに。



「あーーー疲れたねぇ」

「荷物やべー。ホテル取って良かったな、さー風呂入ろう風呂」

一生に一度の晴れ舞台も無事に幕を閉じ、式場の近くのホテルに一泊することになっていた俺たちは二次会を終え部屋に着く頃にはヘロヘロに疲れていた。朝早かったし緊張したし、友達とたくさん話したし酒も飲んだ。今すぐにでも寝てしまいたいくらいだがいつもの習慣でバスタブにお湯を溜め始める。

「…名前、頼みがあんだけど」

「ん?なに?」

ベッドルームに戻ると名前はメイクを落としたらしく赤ちゃんに戻っていた。

「あのさー、ウエディングドレス、も一回着てくんない?」

「えっ?」

「いやその、ゆっくり見られなかったし…。俺だけに花嫁姿見せてほしい。だめ?」

「着るくらいなら全然いいけどメイク落としちゃったよ?」

「むしろそれがいいわ」

「まーた銀ちゃんの変な趣味?」

笑いながら荷物の山の中からドレスを出してくる。着るのを手伝って正面を向いてもらうとガーデンで初めてその姿を見た時のような気持ちが沸き上がる。

「…すげー綺麗」

「ボディメイク頑張ったよ。…あ、また泣いてる」

「泣いてねーよ。デザイナーさん、このドレスのポイントは?」

「今はヒール履いてないからうまく広がらないけど、後ろ姿綺麗にしたくてロングドレープにしたんだぁ。生地もシルクだからシンプルだけど上品に見えるしポイントでチュール重ねてるからかっちりしすぎてないでしょ?銀ちゃんに見てもらいたくていっぱい考えたんだよ」

「何言ってんのか全然わかんねーけどめっちゃ嬉しいし可愛い。鼻血出そう」

「出てるのは鼻血じゃないけど」

「ばーか、本当に綺麗なモン見ると目からも鼻血が出んだよ。ろ過されてるから透明なだけで」

「……銀ちゃんさ、すっごく前に『今日の俺を好きでいて』って言ったの覚えてる?わたしも言ってもいいかな。今日のこと忘れないで。今日のわたしを見て泣いてくれたように、これからもずっと好きを繰り返していって欲しい」

「…当たり前じゃん、あの日からずっと名前のこと好きだよ。ちゃんと繰り返してるよ、お前が気付いてないだけで毎日好きだって思ってる。ほら、これがその証」

お互いの指に光るお揃いの指輪が永遠の想いを示している。教会でした誓いのキスをもう一度贈ると幸せそうに微笑んだ。

「銀ちゃん、大好き。家族になってくれてありがとう」

「…バカ、これ以上泣かすなよ」

「意外と涙脆いんだねぇ」

「名前は意外と泣かねーな。今日ずっと笑ってる」

「わたし、筋肉痛とか遅れてくるタイプなんだよね。だから三日後くらいにめっちゃ思い出し泣きすると思う」

「この感動を筋肉痛と同じにすんなよ」

「でもね、今日が人生で一番幸せ」

「俺もだよ」

抱きしめてキスをしているとお風呂のことを思い出す。とっくに溜まっているはずだ。名前も気付いたのか浴室の方をチラリと見た。

「お風呂入ろっか」

「じゃあ脱がせていい?」

うん、と頷いたのを見ながらドレスを脱がしていく。いけないことをしているかのように感じるのは神聖なウエディングドレスを脱がせてその下の艶めくような肌に触れているからなのだろうか。ブライダルインナーを外し裸になった名前をベッドに横たえた。俺の下で笑いながら俺のシャツのボタンに手をかける。

「お風呂は?」

「入るよ。せっかくだからもう少し堪能させて」

我慢していたキスマークを鎖骨の下に付けて胸の飾りを口に含めば恥ずかしそうに漏れる声。次第に腰が浮き脚が落ち着かなくなる。

「…電気消さないの?」

「こんな綺麗な身体、明るくなきゃ勿体ねーよ。ところでボタン外せた?」

「もうちょっ…んっ!」

名前がシャツのボタンを外し終えたタイミングでそれを脱いで裸になり太腿に唇を付けて吸い上げると期待に濡れた瞳で俺を見つめた。それなのに口から出るのは否定の言葉。

「銀ちゃ、だめ」

「え?なにが」

「いつものふわふわの髪も好きだけど…その、今日の銀ちゃんすごくかっこいいから、なんか変」

「格好いいのか変なのかどっちなの?それ」

「なんか…違う人みたいで緊張する」

「はは、これでも俺じゃないみたい?」

名前の脚を開いて濡れてきたそこに舌を滑らせるとビクッと揺れる身体を押さえて更に深く沈める。

「ぅん、あっぁ…!ぎ、んちゃ、!」

同時に陰核を刺激してやると悲鳴にも似た高い声をあげてすぐに達した。

「俺だろ?」

「……うん」

「坂田名前ちゃん、今日からよろしく。愛してるよ」

「……うん、」

「はは、やっと泣いた」

腰を落として名前の中に入り込むとこれ以上ないくらい満ち足りた気持ちになった。嬉しそうに笑う瞳から溢れる涙がこんなに綺麗だなんて思う日は今後来るのだろうか。

「ん、ぁ、銀ちゃん、ぎんちゃ、ん」

揺さぶる動きが次第に大きく、深くなっていく。そのうち彼女の心の奥にまで届きそうな錯覚さえする。そこはあたたかくて、この世の綺麗なものを集めて固めたように美しいと思った。

「銀ちゃん、愛してる、っ、愛してるよ、」

「…っ、!」

胸元に落ちた透明な雫は自分の汗なのか涙なのか判断がつかないほど目の前がキラキラ輝いて眩しくてもう呼吸さえ忘れそうで、ひとつになるってこういうことだったんだと誰かが頭の中で囁いた気がした。

「愛してるよ」

何度も言った。泣きながら。言葉が心に染みる温度を分け合って確かめ合った。使い古されたものなのに二人だけの秘密の合言葉みたいだった。この一言だけで何年経っても俺たちは今日のこの素晴らしい一日と永遠を誓った瞬間を思い出すだろう。





 


「きゃあああああまた可愛くなってる……!」

「すごい…!立ってる……!これが生命…!」

「すげー。前来た時はひっくり返した亀だったのにもう自分で動いてんのかよ」

「天使を目の前にひっくり返した亀!?銀ちゃんどういう神経してんの!?」

名前はゆんちゃんの住む家によく行っているが俺は二度目。ちょうど休みだったので来てみれば『赤ちゃん』から『赤ちゃん(人間)』にグレードアップしていた。いや意味わかんねーと思うけど上手く言えないんだなこれが。

「もう最近目離せなくてヒヤヒヤするよ〜」

「可愛いねぇ、銀ちゃん」

「そーだな」

「次はりぃちゃんの結婚式かぁ〜あー楽しみ!うちもこの子がもう少し大きくなったらしようねーって言ってるんだ〜」

「いいね!楽しみだねー」

「みんなに子どもができて大きくなったらさ、子ども達とお酒飲もうね!『Sugar』で!」

「決まり!店長、予約取っといて〜」

「何年後だよ…まぁ、いーけど。それまで店あっかなぁー」

土産のおもちゃに夢中の赤ん坊のほっぺたをつんつんするとこっちを見てあー!と笑う。何が楽しいのかわからないがその顔を見てるとつられて俺の口角も上がった。

「さて、そろそろ店行きますか」

「本当だこんな時間。また来るね!」

「はいはーい。わたしたちもお店行くからね!」

「毎週のように来てるけどな」

「お酒もスイーツも美味しくて困るわぁ」

「結婚式前に太るなよ」

「名前ちゃんデザインのドレス結構細めだからエステ通いよ〜もう大変」

「りぃちゃんのドレス姿想像しただけでもう涙出る…!」

「おい名前、筋肉痛と涙は三日後説はどこ行ったんだよ」

「なんか最近涙腺弱くて〜…」

「マジ泣きすんなよ、もー行くぞホラ」

「またねー」

「バイバーイ」

「あーい!」



「…ねぇ銀ちゃん、エッグノック飲みたいなぁ。ノンアルコールのあまーいやつ」

「最近そればっかだな。店着いたらな」

「なんかねー、最近ムカムカするんだけどエッグノックは美味しく飲めるんだよねぇ」

「へー?仕事詰めすぎなんじゃね?無理すんなよ?」

「じゃあしばらくお店休んじゃおうかな〜。来年の春には家族が増えてそうだし」

「そりゃ忙しくなりそうだなー…………え?」

「うふふー」

繋いだ手を引っ張ってこっちを向かせると少しだけ頬を染めた名前が結婚式で見せたのと同じくらい幸せそうに笑っていた。

「銀ちゃん。店長と旦那さんの他にも、パパやってみない?」

「…そんなの…やるに決まってんだろーが」

道端にも関わらずぎゅうぎゅう抱き締めるとやめてよと笑いながら腰に手が回った。




『Sugar』には美味しいお酒と甘いスイーツ、そして訪れる者を優しく包むあたたかな空間がある。俺は今夜も客が鐘を鳴らして入って来るのを待っている。とろけるように心が安らぐ瞬間を用意して、その人が目の前に座るのを。グラスを磨いているとチリン、と鐘が鳴った。

「いらっしゃい」





end.



title by モラトロジー





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