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やさしいとどめ


「あのさー、別れて欲しいんだけど。ていうか実は俺、結婚してるんだよね。てことで明日から来ないで欲しいんだけど」

「……は?」

その言葉でわたしは恋人と職を失ったのです。



「あ〜〜〜どうしよう」

ハローワークから出て一歩でもう絶望。
なかなか良い条件の勤め先ないなぁ。連絡しますーって言ってくれたけど担当の人のあの感じ、当てにならない気がする。
名字名前、フリーター改め現在無職。先日バイト先をクビになりました。というのも何か失敗をしでかした訳でも無断欠勤した訳でもありません。ただバイト先でこっそりと付き合っていた店長(25)が実はバツイチ子持ちでしかも既婚者っていうまさかの事故物件で、わたしと付き合っているのが本社にバレただかバレそうだかどうでもいいけど、もう少しでエリアマネージャーになれそうだからと言って別れ話とクビをいっぺんに突きつけられた訳です。どう考えても理不尽過ぎない?あり得なくない?なんで騙された方が職まで失わなきゃいけないわけ。ああイライラする。そういう訳で絶賛求職中です。でもうまく行かない。前の所、結構時給良かったんだよなぁ。できれば同じくらいでほどほどにゆるいところがいいんだけど。そんな好条件のバイト先なんてないか。あああムシャクシャする。何なのあの男。ちょっと顔が良いからって!ちょっとわたしの好みの顔だからって口説いてきやがって!バツイチ子持ち既婚者!?そんな大事な事はマジックで顔にでも書いておけよ!

「あーあ!カラオケでも行こっかなー!」

平日の真昼間から誘うような恋人(ここ強調)も友達もいないし一人カラオケでもしようかな。そう思ってアパートから近いカラオケ店に直行すると流石に空いててスムーズに入店できた。

「会員証お持ちですか」

「ないです」

じゃあこれに記入を、と紙を出してきたフロントのお兄さんはふわふわの銀髪だった。わぁ、パンク系?バンドやってる人?存在感あるなぁ。すっごい眠そうだけど。フリータイムを選んで渡された部屋番号のついた扉を開ける。さてさて歌うぞ!!………と意気込んだものの、つい最近までバイトに明け暮れていたお陰で流行りの歌もドラマも未履修だ。まぁいっか一人だし好きな歌歌おーっと。デンモクを操作して好きな歌を片っ端から入れて歌った。悲しいかな思い付くのは見事に失恋ソングばかりで感情が入りすぎて、そのうち気持ちがピークに達してマイクに向かって叫んだ。

「っ店長のバカヤローーー!」

あースッキリする。楽しい。一時間ほどぶっ通しで歌って飲み物を取りに行くと大好きなメロンソーダが品切れだった。ああ、メロンソーダ……ないとわかるとますます飲みたくなる。今日空いてるからいいよね?誰もいないフロントの呼び鈴を鳴らしてみる。チーン。あ、楽しいなこれ。

「はいはーい」

たっぷり30秒は待ったかもしれない。とても面倒くさそうに奥から出てきたのは入店の時にも対応してくれた男性スタッフ。左手にはジャンプ。ゆるゆるだな。

「メロンソーダ補充して欲しいんですけど」

「あーハイ」

背中をかきながらジャンプを置いた銀髪のスタッフはドリンクバーの下の棚をバコンと開けてメロンソーダの補充を始める。ここ、髪色自由なのかな。暇そうだしいいなー。ていうか髪何回ブリーチしてるんだろう。めっちゃ綺麗。どこの美容院か聞いても良いかな。

「失恋でもしたの?」

「へ?」

「ずっと失恋ソングばっか歌ってるから」

「…へ!?」

き、聞こえてたの!?ていうか、もしかして。

「『店長のバカヤロー』って、職場で不倫でもしてた?」

ニヤリと笑う銀髪の人。うわ!うわうわうわ!最悪!顔から火が出そう!!

「盗聴ですか!?最低ですね!?」

「あんだけデケー声で叫んだら聞こえるに決まってるだろ。今アンタ入れて三人しか客いねーから。女アンタだけだしよく響いてるよ」

「うっ、……!!!いいでしょカラオケなんだから何歌っても叫んでも!!」

「いーけど」

新しいコップにメロンソーダが注がれる。身体に悪そうな芝みたいな緑がしゅわしゅわといっぱいになって、ちょっと溢れた。

「まともな恋愛しろよ、せっかく可愛いんだから」

泡が床に落ちたベタベタのグラスを渡されて、うわ、と思ったけど仕方なく受け取ると空っぽになったドリンクの箱を持ってバックヤードに引っ込んでいった。…え、床はわたしが拭くべきですか。何その、適当な言葉と対応は。とりあえずおしぼりで軽く床を拭いて、部屋に戻る。それからは失恋ソングも歌う気にならず、テレビ画面に映る最新のMVをぼーっと眺めていた。知らない人ばっかだ。なんか急に下界に降りてきた気分。盛り上がってた気持ちが冷めてしまった。
なんか、わたしの人生何だったんだろう。ここ数年頑張って働いて、そこそこ古株になって後輩もできて常連さんもいて。そんな矢先に新しい店長になったあの男が来て全部壊れてしまった。可愛いとか言って口説いてきて、仕事中も隠れてキスしたり秘密のやり取りしたり、そんなスリルを楽しんでいたのは自分も同じだ。恋愛にのめり込みすぎた。きっとどこかで気付くきっかけもタイミングもあったはず。情けない。空っぽになった自分だけが残ってしまった。メロンソーダを一口飲むと手がベタベタになった。それがまた不快で居た堪れなくて。

「っ、うー……っ…」

ぼたぼた涙が零れ落ちる。もう惨めすぎて。無職のわたしよりもあんな適当に仕事してる銀髪の人の方が社会的に上なんだよねぇ。ああ恋愛なんてもう懲り懲り。何よ、まともな恋愛って。まともな恋愛だと思って大真面目に恋してたの。好きだったの。なのに何でわたしは今カラオケで一人で泣いてるんだ。

「…帰ろ」

財布を取り出そうとしてバッグの底に鍵がひとつあることに気がついた。あのバツイチ子持ち既婚者が住むアパートの合鍵。すっかり一人暮らしだと思い込んでいたけどただの単身赴任だったというオチ。思い出して笑える。鈍すぎる自分に。それを部屋のゴミ箱に投げ入れるとかちゃんと軽い音がした。次いでメロンソーダを飲み干してトイレで手を洗ってからフロントに行くと銀髪じゃないスタッフさんだった。スーツ着てる。ていうかすっごいイケメン。店長さんかな。

「ありがとうございました」

愛想笑いもしないしやけにクールな人だなと思いながら、でも銀髪の人と顔を合わせたくなかったからちょうど良いやと店を後にした。もしかして店長さんにも聞こえてたかな、バカヤローって。もう何でも良いや。

「……あ、」

自動ドアの横に貼り付けられた『スタッフ募集』の文字。あんなに暇そうなのにスタッフ足りないの?…ん?時給なかなか良いじゃん。うーんでもなぁ、もう今日は何も考えたくないや。とりあえず募集のチラシをスマホで写真に撮って帰った。





家に帰ると知らない番号から着信があった。ハロワかなと思いながら出てみて後悔した。

『カラオケJOY4の坂田っスけどー。名字名前さんッスか』

「うわハイそうですけど」

『うわって何だよ。部屋に家の鍵忘れてるけど』

会員証を作った時に記入した電話番号にかけているのだと言う。確かに書いたな、住所と電話番号。忘れ物したら逐一こうやってお客さんに電話するのだろうか。ていうか家の鍵は忘れてない。あれは、わざと捨てた物だ。

「要らないので捨てといて下さい。わざわざありがとうございました」

『何だよ人がせっかく電話したのに。家近所だろ?俺もう上りだから出て来いよ』

「嫌です。お客さんの個人情報を軽く扱わないで下さい」

『店の横のコンビニに集合な』

「は?行かな」

……切れた。意味わかんない。ていうか本当に要らないんだけど。行かなくてもいいかな。そう思ったけど向こうには番号も住所も知られてるし後で来られても怖いな。…鍵を受け取るだけにしてさっさと帰ろう。家の鍵とスマホだけ持ってコンビニに向かうと銀髪の人は普段着に着替えて店の前に座っていた。うっわ、こういう人声かけにくい。

「来たじゃん」

「個人情報流出されたくないんで」

「は?しねーよ。そんなん一発でクビになるわ」

う、クビ。今一番聞きたくない言葉なんですけど。つい先日首を切られた女が目の前にいます。

「ほら」

「ほんと要らな……え?」

目の前に出されたのは鍵じゃなくてコンビニの袋だった。中身は、メロンソーダ。それとチョコとか飴とか。

「なんか失礼なこと言ったんじゃねーかと思って。あの後歌わねーしフリータイムなのにすぐ出てったし。俺あんま考えずに物言うからさ」

「意外とまともな人だったんですね」

「かわいくねー」

「さっきは可愛いとか言った癖に」

「笑った顔は可愛いと思うんだよなぁアンタ。まだ見たことねーけど」

「………何それ、超適当」

さっさと帰ろうと思ってたけど、何となく隣に腰を下ろした。この人、名前なんて言ったっけ。

「昼間にヒトカラとか、学生?」

「フリーターでした。今無職」

「へー」

ガサガサと袋からメロンソーダを出して飲んだ。美味しい。強い炭酸で眉に皺が寄る。隣から伸びた手がチョコの袋を開けて、一つぽいと口に入れた。

「それわたしの」

「買ったの俺」

なんか本当にどこまでもゆるいな、この人。肩の力が抜ける感じ。まぁどーでもいーや、何とかなるかーって気持ちになってくる。実際の状況はなにも変わってないんだけどさ。

「名前何つったっけ」

「名字名前ですけど」

「俺の名前覚えてる?」

「…山田」

「坂田な」

さかたさかた。坂田さんね。

「暇ならウチでバイトしねー?」

「えーどうしようかな」

「条件悪くないと思うけど。時給そこそこ、賄い付き。ついでにイケメン揃い」

「そのイケメンの中に自分は入ってるんですか」

「あったり前。俺がナンバーワンだね」

あはは、って笑うと坂田さんもニヤリと笑った。声出して笑うなんて無職になってから初めてかも。

「かわいーじゃん」

顔を上げると立ち上がってのそのそ歩いていく銀髪の人。それから数日後、わたしは『カラオケJOY4』にアルバイトの電話をすることになるのだった。


title by さよならの惑星





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