×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



zoccon!




『明日キスしてもいい?』

水曜日の午後9時45分。自宅にて。
ラジオをBGMに課題をしているとスマホが新着メッセージを知らせた。何気なくそれを開いて硬直した。明日キスしてもいい?明日キスしてもいい?明日、

キスって何だっけ?

送り主の名字名前は同じクラスの隣の席で無法地帯の3Zにしてはまともな人種で真面目なカテゴリに入る。それなりに挨拶や会話はするがこんな風に『キスしていい?』なんて個別のメッセージを使って冗談を言い合うまでの間柄ではなかったはずだ。これは何て返すのが正解なのか?心理テストか揶揄いかそれともバックに名前の友達であるチャイナや志村姉でもいるのか。
悶々としながら課題を終えシャワーを浴びていたら日付を超えていた。こんな夜中にあのメッセージはどういう意味だと送るのも気が引けて考えることを放棄しベッドに寝転がった。頭の上で手を組み、白い天井をぼーっと眺めていたら深夜まで眠れなかった。


▽1限目
ピピーーーーッ!
次の日の授業は朝から体育だった。ひとつ向こうのコートで名前は審判をやっていた。時計を見て、首から下げたホイッスルを口に当て勢いよく音を鳴らす。

「オイ総悟何止まってんだよ男子はまだあと5分あんだからな!今鳴ったのは女子の方!!」

「煩いですぜ土方さん。ホラ早く走って下せぇよコートの端から端まで往復した回数が得点になるらしいですぜ」

「それシャトルランだろ!!」

「ちょっとそこ走って走ってー!パスパスパス!!!」

近藤さんからパスされたボールを山崎の方へ投げると強すぎたのか顔面にヒットしぶっ倒れた。真面目にやれと野次が飛び交い何故か乱闘騒ぎになるのもこのクラスではお決まりの展開だ。一方で女子の方は平和に休憩していた。そろそろ次の試合が始まるらしくまた名前がホイッスルを口に咥えた。昨日のメッセージのことが頭にべったりと張り付いて離れない。『キスしてもいい?』



▽2限目
「暑くないの?」

パタパタとノートで仰いで少しでも暑さを逃がそうとしている名前にそう話しかけられた。衣替えをしたばかりで夏服は新鮮だ。もう三年目だというのに漸くまじまじとその彼女を夏服を見た気がする。

「さっきのバスケ、審判だったのに応援してたら汗かいちゃったよ」

「確かに汗くせーや」

「えっほんと!?ちょっと待ってもう一回汗拭きシートで拭くから!」

「冗談でさァ」

「なんだー!もう!」

冗談、なんですかね。昨日のメッセージも。
名前の様子は清々しいほどいつも通りだ。でもスマホを見ればしっかりと残っている10文字。たった10文字の言葉の羅列に何故こんなにも悩まされているのやら。
こっちの気も知らない名前はいつも髪は下ろしているが暑さのためか両手で束ね始めた。ゴムを口に咥えている、その横顔に釘付けになる。しばらく両手を動かして髪を整えゴムは唇を離れていく。ポニーテールになり露わになった首元の髪がしっとりと張り付いている。左手で頬杖をついたまま右手は教科書を手に取った。パタパタとそよいでやると目の前に扇風機があるかのようにこちらに顔を向けた。

「わー涼しーい」

目を細めて嬉しそうに笑う。前髪が散る。睫毛が揺れる。ふわりと香るのは制汗剤というよりはシャンプーの爽やかで甘く優しい香り。

「名前ズルいアル!おいサド王子、こっちにも風寄越すネ!」

「1秒につき500円な」

「高ぇよ高すぎるよ!!」

「…君たち、授業中なんだけど」

悲しそうに呟く銀八の声はクラス全員が聞かぬフリをした。


▽4限目
3限目は選択授業だったから名前とはクラスが別だった。4限目は自習ということで馬鹿騒ぎに興じる3Zの連中を横目に、俺はいつ彼女にあのメッセージのことを聞くか悩んでいた。ただの間違いなら向こうから何か言ってくるかと思い待っていたが全く何もない。これはマジで予告キスでもあるのか?反応を試されているのかとさえ思う。

「自習なら教科書いらなかったね」

「確かに。まぁあったところで授業になるか怪しいもんですがね」

まあねーと言いながら紙パックのジュースを飲む名前はスマホをいじっている。白いストローがゆっくりと柔らかそうな唇に触れ、すうと飲み物が彼女に届く。一連の動作を目で追ってしまうのは例の一言のせいだ。



▽昼休み
屋上に上がると楽しげな女子の声が聞こえてきた。「じゃあ購買行ってくるアル」「はーい」分厚い瓶底メガネのもっさい女が横を通り過ぎようとして足を出せば思惑通り突っ掛かった。ギリギリで踏み止まりそりゃもう酷い形相でぐるりと振り返る。

「テンメェェ足引っ掛けてくんじゃねぇヨ!!」

「悪かったな長ェ足が邪魔して」

「言うこと聞かせられねーならその足ブッちぎってやるアル!!」

ぎゃあぎゃあと毎度の小競り合いを経て神楽は再度購買に向かった。気を取り直して屋上に足を踏み入れれば俺の頭の中の9割を占める彼女が座って弁当を広げていた。

「沖田くんと神楽ちゃん仲良いねぇ」

「アレが仲良いってんなら名前もやってみやすか」

「いや、いいです、足折れそう」

「優しくするのになァ」

「痛くしないならいいよ」

「そういえば近藤くん達は?」と聞かれて購買だと返す。いつもなら自分も購買に寄ってから来るが今日は登校に余裕があったからコンビニに寄って来ていた。お前のせいでろくに眠れなかったんだよ、知らねぇと思うけど。

「いつもパンだよね」

「楽だしウマイ」

「美味しいよねぇ。でもそれだけじゃ栄養取れないんじゃないかなーっていつも思ってんだ、実は」

そう言う名前はいつも弁当だ。小さい弁当箱に詰められた中の一つにフォークを刺して俺に差し出した。

「唐揚げ食べる?」

「お、サンキュー」

何の気なしにフォークを受け取り口を開けて止まる。これ、か?これが昨日言っていたキスのことか?

「いっただきー!」

「ちょっ、」

ドン、と背中を押されそちらを向けば右手がほんの少し軽くなった。唐揚げは瓶底メガネの口の中。

「テメーマジでふざけんなよ」

「購買の焼きそばパンと名前の唐揚げは絶品だから早い者勝ちヨー。これ世界の常識アル」

「おーい総悟!メロンパン食うか?」

次いでぞろぞろと屋上にやってきたのはいつもの昼飯メンバーである近藤さんと土方、山崎だ。二人だけの空気が一変してどんどん騒がしくなっていく様を見て名前はまた笑った。先に食べ終わり弁当をしまってから小さなポーチを取り出した。中から出てきたリップクリームを唇に滑らせる。何度かぱくぱく動かして艶めいたそこを、今日は何度見てるんだか。


▽5限目
サボったので特筆することはない。屋上で日向ぼっこしてもスマホゲームをしていてもダメだった。何をしても彼女のことしか考えられない。童貞か。山崎の奴でもあるまいし。たかがキスとか言われたくらいで。俺から行けばいいのか?逆に待ってるんじゃないか?いやでももしそうして『ドッキリ大成功!』の立て看板を持ったクラスメイト達が出て来たら………ペットボトルのお茶を一気飲みしようとしたら盛大にむせた。



▽6限目
考えすぎて頭が痛くなってきた。
不貞寝を決め込み机に伏していると案の定起きろと注意された。前に出て問題を解けと指示され大人しく従う。あー俺が一つのことでこんなに頭を悩ませたことが過去あっただろうか。目の前の数式をちらりと見てチョークをこつこつと黒板に当てる。はぁ、もう6限だぞ?何もなかったらどうすりゃいいんだ。やっぱ間違いだったか。だとしたら誰に送るつもりだったんだろう。誰とキスするつもりだったんだ?誰にキスしたいと思ったんだ?
席に戻る途中、真剣にノートの上でシャーペンを走らせている名前は下唇を少し噛んでいた。隣の席になってから知った、集中してる時の名前の癖。今はもうそれさえも………いや、考えるのはもう止めておこう。ぼーっと窓の外を見ているとつん、と右肘に指が触れた。

「寝不足?ガム食べる?」

小声で話しかけ手のひらに乗せられた一枚の黒いガム。サンキューと返して口に入れた。なんだこりゃ辛ェ。スースーする。

「難しくって眠くなるね」

笑いながら名前も包みを開けてシートガムを噛んだ。数回噛みちぎって全て口に入れた後にぺろりと唇を舐める仕草は最早確信犯かってくらいの威力がある。

「辛すぎんだろコレ」

「辛くなきゃ眠気覚ましにならないじゃん」

二人して涙目になりながらすーはーと息を吐いた。



▽放課後
ついに下校時間だ。こりゃマジで考えるだけ無駄だったな。下駄箱で靴を取り座って紐を結んでいると後ろから張本人が声を掛けてきた。「沖田くんバイバーイ」。オイもういい加減にしてくれよ、これ以上振り回すのは。

「キスすんじゃねぇんですかィ」

「えっ?」

「ホラ昨日メッセージで」

「メッセージ?………あっ!?え!?何これ!?」

スマホの履歴を見て取り乱し、「違う、違うから!!」と面白いほどに真っ赤になりながら弁明する。

「『明日教科書借りてもいい?』って打とうとしたの!眠くて変換ミスして送ってた!返事なかったね、確かに!でもほら自習だったから!ごめんね!」

「なんでィ、俺はてっきり」

「もしかして今日ずっとドキドキしてた?」

なんちゃって、と場を和ませようと言ったであろう言葉に顔を赤くしたのは俺の方。

「沖田くんてドキドキとかするんだ」

「俺を何だと思ってんでィ」

「だからわたしのこと見てたの?何度も」

「…気付いてたんですかィ」

「あんなに見られたらね」とふわりと笑った名前はなぜかとても嬉しそうだった。

「ねぇキス、しよっか」

そう言って一歩踏み出して腰を下ろした名前が距離を詰めてきた。しゃがんだままの俺と目線を合わせて、微笑んでから目を閉じた。手を伸ばして後頭部を引き寄せる。今日一日ずっと見ていた桃色のそれがようやく長い旅を終え行き場に辿り着いたかのようにそっと重なった。その旅を見てきた側からしたらもういろんな感情が沸いて仕方がなかったし今まで気付かなかった好きって気持ちが驚くほど溢れまくった。じん、と心臓が鳴く。そうか俺はこれを待っていたんだ。ホイッスル、ストロー、フォーク、リップ、下唇を食む癖、そしてクソ辛いガムを辿ってようこそ俺の唇へ。木曜日の午後5時20分。下駄箱にて。




ちょっとヘタレで好きな子には奥手の沖田くんを書きたかった話
title by さよならの惑星






back