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昨夜彼女んちが停電したんだけど


Twitterのプラスタグで上げたものです。


――バチンッ!

「えっ!?」
「おわ、停電かァ?」
突然目の前が真っ暗になった。たった今まで視界いっぱいに広がっていた銀ちゃんの逞しい胸板も、水気を吸って撫で付けられた銀髪も、お酒を飲んでいつもより一層眠たそうに下げられた目尻も、突如として何も写さなくなった。大衆居酒屋で2人して気持ち良く酔っ払って、「送ってく」イコール「今日泊まらして」と言う言葉に同意して家まで並んで歩き玄関の戸が閉まった瞬間から始まった情事を終えてようやっと落ち着いた深夜の浴室。向かい合ってお互いの手を握ったり指を絡めたりして微睡んでいたところに訪れた暗闇と静寂に眠気も吹っ飛んだ。
「え、嘘どうしよう銀ちゃん」
「そのうち直るだろ。大人しくしてようぜ」
「でも停電の時ってブレーカー上げたりしなきゃいけないんじゃなかったけ?あれ?逆に切るんだっけ?」
「……ジャンケンで負けた方が見にいこうぜ」
「見えないじゃん」
はぁー、とどこからか溜息が出た。よりによってお風呂に入ってる時なんてトイレ時と並んで困る状況だ。暫く大人しくしていようかと思ったけどのぼせてきてしまっているからそろそろ上がりたい。膝を抱えていた腕を上げてバスタブの縁に手をかけようとした時、その手は空を切って水面にぱしゃんと落ちた。
「ぶっ、おまっ何やってんだよ」
「ごめん思ったより感覚狂ってるみたい」
「俺が見てくっから座ってろよ」
ざばっという音とともに沈んでいたお湯の量が減った。「よっと」と彼女の家をまるで自分の実家であるかのように勝手を知り尽くしている銀ちゃんは視界が黒で染められていても然程困難はないらしい。
「待ってわたしも出る」
こんなところに一人残されるのも嫌だしのぼせてぶっ倒れるのも御免だ。なんとか立ち上がろうとするとバランスを崩し倒れ込みそうになる。
「きゃあっ!」
「おいっ!あぶねーだろ」
ガッチリした筋肉のついた腕に抱えられて事なきを得た。足先が洗い場のつるりとした床に触れて、「ありがとうもう大丈夫」と離れようとするも身体を抱え込まれて浴室を出た。全身に冷たい空気が当たって気持ちいい。濡れて裸同士で密着していることに今更ながら恥ずかしくなる。そういえばこれに似たような体位、さっきしたなぁとか思ったりして余計にのぼせ上がりそうだ。ゆっくりと降ろされたけれど力が入らない四肢と腰のお陰でぺたりと床に座り込んだ。
「タオルタオル―っと。お前すぐ風邪引くからしっかり拭けよ」
「銀ちゃん本当は見えてるんじゃないの」
「夜目は利く方なんだよ。つっても慣れるのはえーだけ。実際そこまで見えてねぇよ。勘だよ勘」
そう言いながらも布の擦れる音がする。いつもお泊まり用に置いている自分の寝巻きを探し当てたらしい。片やわたしは未だにバスタオルを身に纏っただけだ。この差は何?この人慣れ過ぎてない?まさか万事屋の家賃だけじゃなくて電気代も滞納して電気止められたりしてないよね?流石にそこまでクズな彼氏じゃないと思いたい。そんなことよりもうめちゃくちゃ眠い。お酒飲んでお腹いっぱいになって抱かれて、お風呂入ってなんてトリプルコラボを決められたらもう寝るしかないよね?床が気持ち良くてもうこのままでいいやと酔っ払いの脳味噌が言う。
「オイ寝んなよ?服着ろよ服。お前の寝巻き前と後ろよくわかんねーからとりあえずこれ着とけ」
「ありがとー…」
ぺちぺち、と足を触られて少し持ち上げるとスッと半ズボンが通される。銀ちゃんの部屋着だ。パンツくらいは履きたいところだけど文句は言うまい。裸で寝転がっている女の着替えを手伝ってくれている男に対してそれ以上を求めてはいけない。次に腕を引っ張り上げられて「バンザーイ」と促されるので両腕を上げると何かにぶつかった。
「イデッ、お前さっきから湯かけて来たりわざとじゃねぇの?」
「ごめんわざと。あ間違えたわざとじゃないよ」
「あ?風呂入る前は銀ちゃん大好きもっとーって涙で顔べちゃべちゃにして可愛かったのによー」
「は?殴っていい?」
「どーぞどーぞやってみー。ブレーカー廊下だよな?」
「うん」
「おわっ!?ンだよ誰だよこんなとこに服脱ぎ散らかしてんの。マリカのバナナじゃねーんだからよぉ。あっぶねー、スピンかます所だったわ」
「いやそれ銀ちゃんが脱がしたやつだからね?わたしはお風呂まで待ってって言ったからね?」
脱衣所から廊下へ向かう足音を聞きながらなんとか立ち上がる。銀ちゃんの匂いがする寝巻きはぶかぶかで、これ一枚じゃ心許ないけど包まれてる感じがしてなんだか頬が緩んでしまう。普段は些細なことで言い合いしたりする仲だけどこういう時は本当に頼りになる彼氏だなぁと評価を改めた。本人には言わないけど。



――パッ、

「あ、直った」
光を取り戻した世界が眩し過ぎて目がツーンとする。スタスタと脱衣所の前を通り過ぎた銀ちゃんはキッチンに行った。冷蔵庫の確認というよりは飲み物を取りに。ありがとうと声を掛けてようやっと自力で立ち上がる。腰痛いし疲れたから一刻も早く寝たい。幸い布団も敷いてあるしもうこのまま銀ちゃんのパジャマ借りて寝ちゃお―――――、………………ちょっと待って?アイツ今脱衣所の前通った時、何履いてた?上半身は裸で、上の服はわたしが今着てる。下は……それとお揃いの鶯色の半ズボンだった。わたしの部屋着は上下とも脱衣所の棚に鎮座している。じゃあわたしが今履いているのは何?視線を下に向けて恐る恐る上着をめくり上げる。目に飛び込んでくるのは甘やかな桃色に真っ赤な苺が描かれた、20代後半の男が身に付けるパンツには些か派手のトランクス――そう、パンツ。
「ッきゃーー!!!?ふざけんなふざけんなふざけんなわたしのパンツどこ!?ねぇわたしのパンツは!?しかもこれアンタが履いてたやつじゃん何か真ん中濡れてんなとは思ったんだよアンタがさっきまで履いてたばっちいやつじゃん!!!!」
なんてものを履いてるんだわたしは!?見るに耐えない己の下半身にもう一度停電してくれと切に願う。ねぇ彼氏のパンツ履くとか何?しかも蒸れ蒸れ且つ使用済みの、何ならシミができてるやつだよ?あり得ないあり得ない本当にあり得ない気絶しそう。更にあり得ないことに、自分の下着が見当たらない。いつもここに入れてあるのにどこにもない。おいふざけんなよ本当にふざけんなよ!?
「ちょっとぉ!銀ちゃん!!こっち来て今すぐこっち来て!!!」
「どーしたどーした痴漢でも出ましたかァ」
「出たよ痴漢が出たんだよここに!今!お前だよ!!」
「あ?よく言うよ。人に服着せて貰わなきゃなんねーほど足腰ガクガク震わしてたのは誰ですかァー?」
「お前の!!!せいだよ!!!もう最低最悪ほんとやだ無理キモい脱ぐからあっち行ってよ!!」
「来いって言ったりあっち行けって言ったり何なんだよ銀さん傷付いちゃうよ?…それにしてもソレ、なかなかアレだなオイ」
「何よ自分で着せたんでしょ馬鹿にしたら殺すからね!」
今わたしが身に付けているのは銀ちゃんの服だけだ。右手を顎に当てて神妙な顔で上から下までじっくりと視線を滑らせた後、何とも言えない変な声が喉奥から出た。
「…ンン"ッ」
「今のなんの声」
「スリープモードになってた銀さんの銀さんが起動した音」
「死ね!とりあえず今すぐにここから出てって…ていうか下着は!?ここの引き出しにあったはずの下着は!?」
「あー頭いてーそんな怒鳴るなよホラ」
嫌々ながらズボンのポケットから取り出したのはくしゃくしゃに丸められたパンツ。これで良いだろと勝手に区切りをつけてもう片方の手で「ほら水」と差し出されたペットボトルを奪い取りその中身を目の前の下着泥棒にぶっかけた。





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