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可愛いあの子の晴れ姿


Twitterのプラスタグで上げた『付き合ってはいけない職業』シリーズの美容師坂田の設定です。


「え、何で?」
出勤してこの先暫く分の予約票を確認しているとあの子の名前があった。先週カットとカラーリングをしたばかりだ。どうしてだ?何か気に入らなくて直し希望なのかと記憶を探る。「少し違った髪色にしてみたいです」と珍しく具体的なカラーを提案した彼女。それに合わせて少し毛先を整えて炭酸シャンプーをした。「頭がしゅわしゅわいってる」とくすぐったそうに笑った屈託のない笑顔を思い出して口角が上がりかけたが…いや待て、今はそっちじゃない。カラーは本人も気に入ってたはずだ。PC画面に視線を走らせ詳細メニューを確認すると――ヘアメイク。日時は来月一週目の月曜の朝。繁忙期の時期、ハッピーマンデー制度によって毎年日付けは変わるがヘアメイクを受け入れているサロンの美容師達はその日総出で腕を奮う。それはすぐ近くに貸衣装のレンタルサロンがあるウチの店も例外ではない。ああそうかあの子は今年、成人式を迎えるのか。
「……まぁーーーーじで?」
歳下だとは思っていたが予想以上に空いていた年月を前にして目眩がした。

これはウチの店舗のみでの対応で他がどうかは知らないが、冠婚葬祭などの特別なイベントでヘアアレンジをする際、原則は普段担当しているスタイリストがつく。普段の様子を見ている担当の方が失敗のリスクを抑えられるからだ。時間制限がある中、客の思い描く理想により正確に近づけなければならない。その為にも好みの傾向や髪質を日頃から熟知している必要がある。派手になりすぎず、かと言ってフォーマルという枠からはみ出さない程度に、それでいてその人らしさをより美しく引き出すやり甲斐のあるメニューだ。中でも、成人式はその類で言えばかなりやり甲斐レベルが高い。成人を祝う一生に一度の儀式に関われる。あの子のそれを、自分が。
「やっっっべー……」
この数日そればっかり考えては同僚に「繁忙期に機嫌良いなんて不気味だ」などと遠巻きに言われていたがスルーした。繁忙期?あの子が来るならこのエグい回転率だってボーナスタイムの間違いだろ。あ、やべこのおばちゃんのサイドちょっと切り過ぎた。

そして迎えた当日。まだ薄暗いが予報では爽やかな晴天だった。常連客や初回の女の子で賑わう店内に混じって現れた彼女は想像以上に可愛かった。その可愛い顔でいつもより上気した頬で「坂田さん」と手を振ってこちらに向かって来た時なんか夢かと思った。はい優勝。拍手喝采。全世界がキミにスタオベ。つーかここ式場だっけ?バージンロードが見えるんですけど?
「おはよー。似合ってるなそれ」
「ほんとですか?」
「本当本当」
肩口から白から赤へのグラデーションと共に散らされた雪輪文様を重ねることで桜とのコントラストが見事な程良く光沢のある生地に身を包んだ彼女はまだヘアメイクもしていないのにほぼ完成された美しさだった。普段はこんな色鮮やかな服を身に付けないから余計にそう思う。水々しい白い肌に赤が良く映えるが決して派手ではなく落ち着いた佇まいを感じさせるのはこの子が持つ雰囲気からだろう。まじまじと見下ろしていると流石に照れたようではにかむ。可愛い。年齢より大人っぽい顔立ちをしているが表情を崩すと無邪気に笑う所が好きだ。子どもの頃からこんな風に笑っていたんだろうなと想像できる。彼女を産み育ててくれた顔も知らない両親に感謝する他ない。お父さんお母さんこの子を大切に育ててくれてありがとう。
「ちょっと派手かなぁ?」
「いや全然。この丸が欠けたようなやつ、雪輪っつーんだっけ。これ結構好き。詳しくねーけど確か……『私は完璧な人間ではありません。まだまだ未熟な人間です。もっと精進します』…って意味があるって聞いたことある。桜も物事の始まりって言うし縁起良いよな」
「詳しいじゃないですか」
「ちょっとカタログ見ただけだって」
「美容師さんって本当色々勉強しててすごいですね」
いやキミがどんな振袖で来るのかカタログ見ながら想像してただけ――とは言わないでおく。自分の名誉の為に。
「実はこの振袖レンタルしたお店ここからちょっと遠いんですけど絶対これが良くて。それで、ヘアメイクも坂田さんに絶対お願いしようと思ってて…坂田さんなら絶対可愛くしてくれるから。両親にもっと会場に近い所でして貰ったらって言われたんだけど、我儘言っちゃいました」
「えー…ヤバいなそれ」
「ね、気合い入れ過ぎてヤバいですよね。」
いやキミの可愛さが。可愛さがヤバい。それ、俺の為に更に早起きしてここまで来てくれたって解釈するけどいい?
「こんな感じ、どうですか?」と出されたスマホ画面の中のモデルを見ながら「あーそれならサイドこっち側まで編み込んだ方がかわいーよ」と提案するがモデルよりこの子の方が似合うなとか常にそんな事を考えているせいでつい声に出してしまいそうで怖い。誰か俺の口を縫い付けてくれ。
「坂田さんにお任せします」
ニコッと笑顔を作る時のその口角の角度が好きだ。ありがとうございますキミの人生任されます。よく手入れされた細めの髪をコテで巻きながらチラチラ見える頸に気を取られそうになるが今日はいつも以上に失敗は出来ないので心の中で自分の頭を思い切り殴り付けて平常心を保っていた。編み込みして持ち込みの花飾りを付ける。
「どー?」
「すごい!自分で言うのもどうかと思うけど可愛いです!」
「いや実際めっちゃかわいーから大丈夫」
何も大丈夫じゃない。可愛さメーターが振り切れていてヤバい。これで成人式行っちゃうの?大丈夫?俺着いて行こうか?いや誰だよ。担当美容師席とかないの?俺の血税一体どこに使われてんだよ。
崩れないようにしっかりめにハードスプレーをかけて完成。うん完成。存在が完成されてる。普段より明るい色で彩られたメイクも本当によく似合ってる。
「ありがとうございました!早く友達に会いたいなぁ」
「良かった良かった。一応ピン何本か持たせるからもし崩れてきたら使ってな。スプレーしたしそんな風強くないから大丈夫だとは思うけど」
「はーい。やっぱり坂田さんにお願いして良かったぁ。良い思い出になりそう」
「俺もいい記念になったよありがと」
「…あの、坂田さん、良かったら写真撮ってもらえませんか?」
「ん?いーよ」
差し出されたスマホを向けて後ろ姿を撮る。横から見ても後ろから見ても華やかだ。我ながらいい腕してる。正面は言わずもがな。後ろ姿の写真を表示させて見せる。
「こんな感じ」
「あ、可愛い。…じゃなくて、坂田さんと一緒に」
「えっ」
「せっかくなので」
言いながらインカメにして腕を伸ばすが振袖ということもあり苦戦している。「貸して」ともう一度スマホを受け取り腕を伸ばす。近い。画面に収まる為に顔を寄せるととんでもなく心臓がバクバクして身体が大急ぎで汗を噴出している。脇ビッチョビチョだ絶対。悟られないように低く「はいチーズ」と呟いてさっさとシャッターを押した。近い可愛い。近い近い。可愛い。あー可愛い。何?本当何?何のご褒美だよツーショットとかさぁ、死ぬの?俺死ぬの?生きるけど。めちゃくちゃ生きるけど。何ならこの子の後に死ぬから。この子が天国行く時最後にその瞳に写りたい。それにしても可愛い。可愛いって言葉作ったのどこの誰?マジでありがとう。キミが俺のこと好きになってくれなくたっていい。一生に一度のハレの日に自分の手によって誰よりも可愛くしたこの子の時間が一生写真に残ることが俺の幸せだ。この仕事をしていて良かった。本当、一生に一度の祝いの日に俺のとこに来てくれてありがとう。髪を触らせてくれてありがとう。可愛くなってくれてありがとう。本当に、
「おめでとう」
顔を寄せたまま囁いて、すぐ横にあった頭に軽く触れた。ちゅ、と。唇が。
「……え…、あ……ありがとう、ございます…」
目の前の鏡を見ると顔を真っ赤に染めた女の子と、それと同じくらいびっくりした顔してる間抜け面の自分。エクストラハードのヘアスプレーのツンとした匂いが距離の近さを改めて自覚させる。えっもしかしてキスした?俺、キスしちゃった!?やっちまった……!さーっと血の気が引く。ついでに汗も。俺の手によって可愛くなったこの子が可愛すぎて。めちゃくちゃに可愛くて、とうとう堪え切れなかった。行為を誤魔化す事もできず、だからと言って「好きだから頭にちゅーしちゃいました」なんて客に言おうものなら通報されたっておかしくない。数秒思案して、何事もなかったかのように「式の後二次会とかやんの?」と聞くと、「あ…どうだったかな…」と小さな返事。それ以降は面白いくらいに会話が弾まず、鏡を見て興奮して喜んでいたのが嘘みたいに下を向いてスマホを見ていた。そのまま会計して出て行く彼女にヒラヒラと手を振るが振り返ることはなかった。あー、あの反応…もうきっと来てくれないだろう。調子に乗って最後の最後にとんでもないことしちまった。
「…あ…………写真送ってもらい忘れた」
それを口実に連絡先だって交換できたのに、最良のチャンスを逃してしまった。高揚感と後悔が胸の中で渦巻く。この恋愛、かなりのエクストラハードだ。





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