____________________________
番外編:アザレア
あなたに愛される幸せ
※青い薔薇おまけペーパー
____________________________
ちゅっ、ちゅく……
「あ、アキラさん、ちょ、ん、待って…」
「ん〜……」
僕はいま、ラグの上に座ったアキラさんの足の間にいる。
アキラさんの顔の傷を消毒して、絆創膏を貼りなおしていたのに、気付けばアキラさんは僕の腰を抱いて頬や額や耳にキスを仕掛けてきていた。
まだ途中なのにと肩を押すと、アキラさんは首に鼻先を埋めて、少し見えてる鎖骨を吸ってようやく顔を上げてくれた。
「んっ」
真っ赤になっている僕の顔を撫でながら、アキラさんは続けろよと言った表情でこちらをみてくる。
「もう少しなので、いたずらしちゃダメですよ?」
「ふっ、わかったわかった」
少し警戒しながらそう言うと、アキラさんは笑いながら手をホールドアップして、そしてまた僕の腰を軽く抱いた。
その手がそこから動かないのを確信して、僕は膝立ちになり、アキラさんの傷を消毒していく。
目を閉じたアキラさんの顔は素敵で、思わず見惚れそうになってしまう。
シンメトリーに配置されたパーツは、全て美しくてかっこよくて完璧だと思う。
体を重ねてから一週間ほどたったけど、僕はまだ、あのときのことは夢のなかでの出来事のように思うときがある。
だって、やっぱりまだ信じられない……こんな優しくて素敵な人が、僕のことを想ってくれてるなんて……。
そんなことを思いながら手を動かしていると、アキラさんの頭がぐらぐらと揺れだした。
「アキラさん?」
「……んぁ、」
ハッとした感じで、アキラさんは目を開けて頭を起した。
「また眠たいですか? 横になりますか?」
「いや、大丈夫だ。続けてくれ」
「わかりました。すぐに終わらせます」
アキラさんは最近、ずっと眠そうにしてる。
朝会うときは大丈夫そうなんだけど、夕方にアキラさんの部屋へ来ると、寝起きなのか眠そうな顔をして出迎えられることが多かった。
一緒にソファに座って映画を見てても、こてんとこちらにもたれてきて、どうしたんだろうと覗き込んでみれば寝てしまっていることが続いた。
映画が面白くなかったからなのかとか、それ以前に僕といるから退屈なんだろうかと落ち込んでいれば、ある日修さんのお店で修さんと涼さんに言われた。
――『やっと安心できる場所見つけて、体がほっとしたんだよ』
――『今までの睡眠不足、いっきに取り戻そうとしてるんでしょ。心配しなくてもその
うちまた普通のペースに戻るって』
アキラさんが席を立っているときにそっと聞いてみれば、返ってきた返答に僕は驚いた。
安心…してくれてたら、嬉しいなぁ。でも、やっぱり眠そうなのは心配……。
またウトウトしだしたアキラさんに、最後の絆創膏を貼って終わりましたよ、と声を掛けた。
「晩ご飯ができるまで、横になっていてください」
「ん…わりぃ…」
本当に眠かったのか、アキラさんは素直にソファに横になった。
その姿が可愛いと思いながら、最近そこで寝てしまうことが多いからと置くようにしたタオルケットを掛ける。
アキラさんはすぅと静かに寝入ってしまい、それを確認して僕はキッチンへと向かった。
今日のメニューはカレーだ。
家で作ったのを持ってきたから、あとは温めるだけ。
鍋をコンロに掛けながら、サラダを作る。ご飯はもう少しで炊き上がりそうだ。
アキラさんと付き合いだして、僕は夕飯をアキラさんの家で食べることが多くなった。
家のご飯を用意してから出て来てたけど、最近は母さんが「私が作るから好きに遊んできなさい」と言ってくれたので家の方は任せることにした。
アキラさんの家には立派なシステムキッチンがあるのに、まったく使われている形跡が無かった。
どこか寂しそうなキッチンを見て、僕はこれからは存分に使ってあげるからね! と心の中で泣きながら決意した。
料理を仕上げ、盛り付けてラグの上にあるテーブルに並べる頃には、三十分くらいが経過していた。
そばで物音を立てても、アキラさんは起きる気配がなく、僕はエプロンを脱ぎながらソファへ近付いた。
すぅすぅと寝息をたてるアキラさんを起していいものか迷う。顔を覗き込んで、その美麗にほぅとため息が零れた。
人の気配に敏感だと言っていたアキラさんが、こうやって僕が近くに来ても起きない様子を見ると、安心してくれてるんだなって思うけど……。
「……本当に、僕なんかでいいんですか?」
ぽろりとそう呟いた瞬間だった。
パチリと、アキラさんの双眸が開いた。
「ッ!? わっ!」
突然のことに驚いていると、長い腕が僕の背に回りぐいっとアキラさんの上体へ引き寄せられた。
「ビックリした〜。アキラさん、起きたんですか?」
「……ったか?」
「え?」
とろんとした寝ぼけ眼なアキラさんは、いつもよりも低い声でなにか言った。
僕はよく聞き取れなくて聞き返せば、アキラさんは今度ははっきりと言った。
「ユキヤ、今『僕なんか』っつったか? 言っただろ」
意識が起きてきたのか、アキラさんの目が光る。
「っ、え、っと……」
まっすぐに射抜くような目を合わしていられず、ふいっと反らしてしまって、それが肯定を表していることにやってから気付いた。
「言ったな」
「あの………、はい……」
認めると、はぁと息を吐いたアキラさんが僕を抱いたまま起き上がる。
重い雰囲気に、脇に手を入れられ、膝の上に座りなおされても僕はなにも抵抗できなかった。
僕は失言したと落ち込む。アキラさんは『なんか』っていう言葉にとても敏感に反応する。
「ごめんなさい……」
「何に対して?」
先に謝れば、向き合った状態で問い詰められる。
「自分を、悪く言ったことと、僕を想ってくれてるアキラさんに、対して…」
「ん」
わかってるならとアキラさんは僕を抱き寄せる。許してもらえたことにホッとして、僕も体重をアキラさんに預けた。
「オレがもうユキヤじゃなきゃだめだって、わかってるだろ? いい加減考えるのやめろ、な?」
「はい……」
「今度言ったら、時間掛けて体に教え込ませてやるからな。いかにお前に惚れてるか」
「え? わぁっ」
そう言うと、アキラさんはぐっとお尻を掴んできた。同時に耳を舐められる。
ビックリして上体を起してアキラさんから距離を取るけど、腰をがっちりと抱かれてそれ以上離れられなかった。
声にならなくて、口をぱくぱくとしていると、アキラさんは笑った。
「〜っ、もう! ご飯、食べましょう!」
「そうだな、腹減った。っと、その前に、ユキヤ」
場の空気を変えるためにそう言うと、アキラさんも同意してくれたけど、でもぐっと腕に力を入れて引き止められた。
どうしたんだろうと首を傾げれば、アキラさんは片手を僕の頬に添えて言った。
「今回は、これで許してやる」
「へ? ……んんっ!?」
アキラさんの言葉を理解する前に、唇が重ねられた。
舌が入ってきて、強く僕のを吸われる。咥内の粘膜を全て舐めるかのように動かれ、同時に頬にあった手は耳の穴や項(うなじ)を撫でてきて、僕はあっという間に息が上がってしまった。
しばらく激しいキスが続き、ようやく満足したのかアキラさんは最後にちゅっと可愛いキスをして顔を上げた。
くったりとした僕を抱えて、ラグの上に座るアキラさんを見上げながら、僕はもうアキラさんの前で『僕なんか』って言わないようにしようと思ったのだった。
ちなみに数日後には、アキラさんはすっかり元の生活ペースに戻ったのでした。
< 完 >
もくじ トップ