::: シャイン :::

番外SS『君に似合う』
ペーパー用SS 4話後あたり



あれだけ猛暑だった毎日が嘘のように、すっかり秋の空気になった十月のある日。

残念ながら、今日は想い人と予定が合わず、和明は一人、冬物の服を揃えようと銀座のとあるブランド店に訪れていた。

プライベートな服ならば、それが古着だろうと構いはしない和明だが、今日の目的は仕事用のものだ。

和明程の地位になれば、客からプレゼントされるもので十分足りるのだが、そうはいかない。

なぜならば、店側が自分で毎シーズン何着か新調させることを、ホスト達に義務付けているからである。

それは自分のセンスを磨くことに始まり、ブランドの流行や話のネタの仕入れなどそれを通じて学ぶことが多岐に渡りあるからだった。

和明もはじめは面倒がっていたが、確かに店側の言った通りセンスや話術、接客術等新たに知識を得たことで考えが変わり、いつの間にか自然と受け入れていた。


「いらっしゃいませ、篠原様。秋冬のスーツでございますか?」

「あ、こんにちは〜。うん、そう! あとシャツ何枚か見に来たの〜」


お気に入りのブランド店に入れば、スッと寄ってきたのは和明を担当している店員。

メンズ専門店なので、店員もほとんどが男で、けれど教育が行き届いているのか若くてもしっかりした者たちばかりだ。

客という立場で来ているので、和明は普段の口調のままで答えるが、しっかりと彼らの態度や話し方を観察する。

笑顔で今日の目的を告げれば、「こちらへ」と促される。

VIP扱いの和明は、奥の部屋へと通されるのだ。

ゆったりとしたソファとガラステーブル、そして大きな鏡が設置されているだけのシンプルだが広い部屋。


「お変わりないようですが、いかが致しましょう」


和明が入り、続いてファイルを持って入ってきた担当店員がメジャーをポケットから取り出す。


「一応お願い〜」

「かしこまりました」


店員が尋ねたのは、オーダーメイドスーツの為の採寸だ。

和明は着てきていた上着を脱ぎ、ソファに放る。

前回のデータもあるのだが、ここ数ヶ月で体型が変わっていないか念のため採寸しなおしてもらう。

腕を上げたり、胴回りを測られながら、雑談を交えるのは毎度のことだ。


「今回はどのようなお色をお考えですか?」

「うーん、去年はグレーだったっけ?」

「はい。黒に近いグレーのストライプスーツでした」

「うーん。最近柔らかい色好きなんだよねぇ。ある?」

「はい、揃えております。新色にもいくつかございますよ」

「わ〜、見せて見せて」


絶えない笑顔で採寸を終えた店員は、和明が上着を着るのを手伝い、ファイルを広げ布を選び出す。

パステルな色合いが数色選ばれ、テーブルに並べられていく。

それから色を選んでいれば、カチャッと部屋の扉が開き、別の店員が入ってきた。

初めて見る、若い男の店員だった。

手には何枚かのシャツがあり、和明たちの傍までやってくると、一礼してテーブルに並べられていく。

若い店員は和明よりいくつか年下に見え、細身で小柄な、色白のなかなかの美人だ。

和明と目が合うと、ふわりと微笑み、意味深な視線を投げてきた。


(へぇ…)


和明は内心で目を細める。

その視線の意味は、嫌と言うほど知っている。

立ち上がるときに、わざと腰をくねらせるのもきっと計算なのだろうが、和明は少しも魅力的だとは思わなかった。


(あー…、またかぁ。あれ、でも…)


流し目で立ち去ろうとした若い店員に、ふと和明は気付いた。


「ねぇ、ちょっと待って」


思わず店員を引き止めてしまう。

説明をしていた担当の店員は話を止め、そして立ち去ろうとしていた若い店員は、まるでそうなることを予測していたかのように、ゆっくりと振り返る。


「はい?」


おそらく、思惑通りの反応を和明が示したと思っているのだろう。

何の疑いも無く、満足気に微笑みながら、ゆっくりと和明を振り返るが、だが、和明が続けた言葉にその相好は見事に崩れたのだった。


「その服、ここのだよね? 色違いある? っていうか、そのサイズの服全部持ってきてよ」

「………、は?」


和明の目的は、彼の着ている服だったのだ。

彼が着ているのは暖かそうなセーター。大きな柄が編まれており、首周りがゆったりとしたハイネックで、裾が少し長めになっている。

和明のような体格が大きいひとよりは、どちらかと言えば着ている店員のような、可愛らしい華奢な男性用と言った感じだ。

おしゃれなデザインの服を見た瞬間、和明の頭の中でそれを着た想い人が浮かんだ。

店員は優と同じような体格だ。そのおかげで、和明はパッと頭の中にイメージすることが出来た。

元から店員のことなど眼中に無い。

今の和明の関心はすべてたった一人の人に注がれているのだから。


「その服、絶対優に似合う! うん、ね、早く持ってきてぇ!」

「…あの、え……」

「かしこまりました。今、ご用意させていただきます」


若い店員は、見事に自分のモーションをスルーされ呆然と立ち尽くす。

プライドを傷つけられたと顔にありありと出ていたが、和明は無視し、担当に彼の着ている服を持ってくるように告げた。

まるで子供のように目を輝かせだした和明に、微笑みながら担当はスマートに部屋を出て行く。

その際、自失している若い店員を外へ連れ出すことも忘れない。


「うん、絶対似合うって。もこもこセーターの優…可愛すぎ!」


店員のやりとりなど、妄想に忙しい和明にとってはどうでも良かった。

頭の中で服を着た優を想像し、身悶える姿を誰にも見られなかったのは幸いかもしれない。

それから和明は、自分のスーツとシャツを手早く決めると、その後たっぷり時間をかけて、優のための服を次々と購入していったのだった。


「優、いつか着てくれたらいいな〜!」


< 完 >

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