好き、なんて恋愛感情。そんな面倒なものを自分が持つことになるなんて、これっぽっちも思っちゃいなかった。
そんなものは中学時代で既にこりごりで、持つことに忌避感すらあったのだ。それなのに。
見事自分を落として見せた彼女は、目の前でこちらを恨めしそうに睨んでいる。しかし日常茶飯事な表情なので一切怖くない。

「どうしたよ、宮ちゃん」

「…別に」

「別にって表情じゃねーだろ」

ぐい、と手に持っていたペットボトルのお茶を飲み干す。買った当時は温かかったお茶も冬の寒さにぬるくなり、果ては冷蔵庫に入れたかのように冷たくなっていた。そのお茶が食道を通り胃を冷やすと同時、宮は口を開いた。

「……言いたくない」

「散々人睨んどいて?」

「アンタが悪い」

「濡れ衣すぎだろ」

恨めしそうな表情はそのまま、ひでェと呟きながら非難すると宮は少しだけバツが悪そうにそっぽを向く。一体どうしたのか。
彼女は表情が変わっているようで変わらない。笑顔や怒りは顔に出してくれるのに、決して分かりやすいと言える人間ではなかった。
心の内の考えが複雑すぎて、表情に出ないのだろうか。他の人間などより数倍彼女を理解している自信はあったが、それでも読めないものは読めない。
自分を見ているということは、自分が関係している。多分主因。そして恨めしそうで、言いたくないような内容。前から彼女は決して素直ではなかったのだ。

「……なにニヤニヤしてんの?気持ちわるい」

「いやー宮ちゃん可愛いなーってね」

「は!?」

あ、赤面。内心かーわいいーとおちょくるが、口にしたら確実にかばんで殴られるなこれ。
にっと口角を上げて宮を見て、ペットボトルを近くのゴミ箱に捨てにたつ。ガコンとペットボトルをいれてから振り返ると、宮は額に手をあてて深いため息を吐いていた。

「素直に言ってみろよ」

「ばか」

「けちだぞ宮ー」

「うるさい」

宮の隣に戻ってそういうと、端的な罵倒ばかり返ってきた。慌てて取り繕っている証拠である。
すこし苦笑を漏らしてから「俺のことでも考えてた?」とつぶやくと、宮はなんのこと?と逆に清々しいくらい作った笑顔で返してくる。本当、俺に嘘つくときは良い笑顔。

「わかりやすすぎ」

「…じゃあ私が何を考えてたのか当てて見せてよ」

「あれだろ、どーせ『なんでコイツが好きなのか』って考えてたんだろ」

「!?」

「あったりー」

まったく分かりやすすぎ。その意をこめてふうと息を吐くと、また恨めしそうにみつめられた。そんな見つめられると困っちゃうよヒヨちゃん。
俺を恨めしそうに見るってことは、俺に関連してるってのは簡単。そして宮の性格から推測して、その案外乙女なところとツンデレの気から考えたらさあ分かった。え?分からない?
好きだからじゃねぇの。宮を好きになればきっと分かるよ。
にやっとして宮をみると、宮は少しムカついたような顔をしたあと諦めたのか、深いため息を吐いて口を開く。

「…だって、ヒヨかっこいいわけでもないし」

「ひでェな」

「優しいわけでも?真面目なわけでも?頭が特別いいわけでもないし?」

「え、俺十分優しいだろ」

「ハ?…それに寝坊するし、大人っぽく振る舞った精神子どもだし、面白いってほど面白くもないしおしゃれじゃないし」

「ちょっと、フルボッコやめねえ?」

唐突に始まったこちらへの精神攻撃に面喰いつつ、文句を言うが封殺された。酷くね?色々酷くないか?
宮は堰切った様に、不満でも愚痴でもなく単純に俺の好きになるにはおかしい点をあげていく。なんだよ怖いよ傷つくんだけど。ねぇ宮さん。

「背高くないし、お金持ってるわけじゃないし、生活能力がある訳でもないし。いいところあるの?ってレベル」

「さすがに怒るぞ」

「怒れば?」

「…すみません」

むっとして言うと睨み付けられ、ああいい返せねぇわこのラインナップ、と思い返す言葉もない。
俺そんなにひどいか?いやいやいいところあるだろ、ほら………、なんだ?
自分でも自分のモテそうな面が思い浮かばず思わず絶望。くっと哀しみを堪えていると、でも、と宮が再び口を開いた。

「…でも、無くもない」

「…ふーん?」

「にやにやすんな」

「言ってみろよ」

「……………、目」

目?
一瞬ぽかんとその言葉を心の内で反芻し、ああ、もしかして俺の目のことかと納得…できない。どういうことだ。
疑問符を返すと、宮は少し恥ずかしそうに目を逸らし、言った。

「その、考え事してる時の…真面目な、目?…は、好き」

「………」

「こっちみないでよ」

驚いてなおも宮を見つめていると、宮の左手が顔面を覆ってくる。前が見えない。その宮の手をとり、宮に問いかけた。

「…まじ?」

「…あとは、人を良く見てるとことか…。意外と気まわせるじゃん、あんた」

「宮さん唐突のデレ期」

「人が真面目に答えてんのに茶化すな!」

そういう宮の顔はうっすらと桃色で、それを見ている此方もだんだん恥ずかしくなってきた。なんだこの状況。
宮の手を離し、視線を逸らす。

「……まぁ、私にイケメンとかの基準はわからないけど。…案外整ってる方だとも思うよ」

「さっきかっこよくないって言ったじゃん宮ちゃん」

「全体評価」

「あ、そうですか…」

なんだなんだ。なんで突然俺超ほめられてんの。だんだんなんと返していいのか分からなくなってきて、お互いに無言になった。
遠くの方でわいわいがやがや、多数の人間がうごめいている音がする。それとは裏腹にこの空間は静かで、しかし妙に甘ったるい。
それは自分たちには似合わない不慣れなもので、もう早く払しょくしたい。宮も考えは同じなのか、口を開いた。

「…大っ嫌いだけどね」

「宮ちゃん、ツンデレだな」

「ちがう!」

開口一番大っ嫌い。さっきの持ち上げはどこいった。
しかしそんな言葉が宮らしくもあり、くすっと笑った。
大っ嫌いと好き。共存するはずのない感情だが、そんなことはなく自分たちの中には共存する。
様々な思い出と思いと共に、好きと嫌いはともに住んでいて、それは好きの反対は嫌いではないという言葉を如実に示していた。
嫌いはある意味では大好きとイコールである。

「俺も嫌い」

「……」

「そんな傷ついたような平然を装おうとした顔すんなよ」

「……。…」

仕方がないな、と宮の耳元に口元を寄せ「好きだよ」とつぶやくと、「恥ずかしい!!!ばか!!!」と頭を鞄で叩かれた。

ああ、理不尽な愛である。










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