あれは俺のなんだぞ、と心の中で毒づいてみる。
 美しく揺れる金髪を遠目に見て思うも、そんな自分に洋は少し溜息をついた。馬鹿らしい、宮本人に何も言えないくせに独占欲だけは立派だな。しかし彼女の隣に立つ見知らぬ男になにも思わぬわけもなく。臆病者はただただ毒づくことしか出来ないのだ。
 友人なのだろう、楽しそうに談笑している姿からも、その距離感からもわかる。そもそも浮気などする彼女でもなかった。しかしアイツはわからない、隣にいる男はそれと悟らせないだけで彼女を狙っているのでは?その笑顔を、髪の毛を、体を愛しく感じているのでは?見知らぬおとこの中で彼女が思われていると考えただけで、やはり彼女は俺のものだぞ、とただ毒づきたくなる。勿論物扱いをしたいわけじゃない、それでも彼女は洋の恋人なのだと、ただ主張していた、ひっそりと、心の中で。

「臆病って厄介だな、ほんと」

 未だ触れたことは無い。この指先を宮の肌にすべらせたことは無い。想像したことがない、とまでは言えないが、白く健康的な肌を感じたことは少なかった。触れたら彼女はどうなるのだろう、柔らかいだろうか、頬を赤くするだろうか。熱い吐息が漏れるのだろうか。
 ただ二度目の好きも言えない男が、触れることなどそうそうできるはずもなかった。

「…はぁ」

 だから少しこうしていないと怖いのだろう心の中で自分のものだと主張していなければ、彼女がいつのまにか自分のもとを離れていってしまうかもしれないという想像がこびり付いてしまうから。

「あ、ヒヨだ」

 男と談笑を終えた宮が視線を動かすと、その中にこちらを捉えて歩いてきた。ひょこひょこと揺れる髪先から、少し嬉しそうなのが読み取れる。洋はわざと気がついていないような振りをして、スマートフォンに目を落とす。

「ヒヨ!こんなとこでなにしてるの?」
「暇つぶし。空きコマなんだよ」

 ちらっと視線をあげると、にこ、とわらった宮の視線と衝突する。思わずたじろぎながら、なんでもないように再びスマートフォンに目を落とした。

「ふぅん?イチイは?」
「さぁ?今日講義ねェんじゃねーの」

 適当に指を動かす。しかし内容は一切頭にはいらなかった。何故こんなに動揺しているんだろう、悪いことをしたわけでも、悪い場面を見たわけでもない。それなのに何故か洋は動揺していて、その指先も少しだけ震えていた。

「…ヒヨ?」

 いつもと多少違う雰囲気を感じ取ったのだろう、宮が不思議そうにのぞき込んでくる。
その行動にも驚いてしまい、椅子を大きく鳴らしながら洋は立ち上がった。宮も驚き、肩を揺らす。

「えっ、どうしたの?」
「…っなんでもねェ」
「なんか変だけど、ヒヨ」

 体調でもわるいの?と伸ばされた手を振り払った。パチン、と軽い音がする。ああ、これも悪い癖だ。
 都合の悪い事は全部跳ね除ける。知りたくないこと、知って欲しくないこと全て隠して見えないように。知りたくないのなら知らなければいい、その癖彼は臆病者で。知らないなら知らないで怖いのだ。
 宮がこの独占欲を知ったらどう思うだろうか。その結果を知ることも、知らないことも彼には怖かった。手をはねのけてそのまま、ヒヨは宮を置いてその場をさった。
 周囲から見ればただの最低な男だろう、いや自分から見ても最低だった。彼女を泣かせてしまうかも知れない。今も振り返ったら、きっと泣きそうな彼女がいるだろう。

あーあ、臆病者、臆病者だ。
臆病者はいつまでそうやって、1人で
周囲を毒づいて自分の心を晒さず求めず、求めてくれる人も無視して生きるのだろうね。
臆病者のぼっちの君は。

求めてほしがっている彼女も無視して、そうやっていつまで卑怯に生きるのだろうね。

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