「あんたとやんのは嫌いじゃねぇけど、明日仕事ある時にはちょっとじゃなくてだいぶキツいんです。別に翌日に休暇取ってんならいいんですが、生憎毎日が日曜のあんたみたく休み自体はそうそう取れないんで、夜に見廻りとか捕り物ある日は半分苦痛なわけなんですよ。そういうわけで俺ァ今晩攘夷党潰す為に裏口待機な身なんですが、パフェ食いに行く以外になにかお望みがあるって言うんですかィ?」

つらつらつら、っと。
会って一時間ばかし経過した万事屋の客間で、それなりにいい雰囲気になっていたと言うのか、まあ丸く開かれたそいつの瞳を、顔を、姿を見下ろす形に至るまでの体勢になっていたと言うのに放たれたその言葉には、坂田も退かずにはいられないお断りの言葉だった。やりたい盛りのある種バカな年頃ではなかったから無理矢理に、などとそんな思考は一切働かなかったのだが(つーかやれるか、こんな凍てつく視線を受けてまで)結局パフェ食いに行って6時を過ぎた辺りで『はい、さようなら』はなんだか切ない。虚しい。少し情けない。
夕日に照らされて、淡いオレンジ色を帯びたあの明るい髪が夜に消えて行くのは寂しいと言うよりはどちらかと言えば不安の方がちらついたが、それは言ってはならない言葉だと重々承知の上だったのでそこで打ち切った。あの栗色頭とはキスもするしやることはそれなりにやってきた所謂恋人同士だが、そこは触れることが出来ないし、わざわざ触れる必要がないと思う。本来だったらこのまま家に帰って飯を食べれば良かったのだが、拒絶されて全然全くまんじり欠片も傷付いていないかと言えばそうではなかったので、適当な店で飲むことにした。碌々金など持ち合わせていないが、こういう時ばかりは自分は酒に弱くて良かったと思う。時間を掛けて頬が火照る程度に飲んで、そうして店を出た時「ああ、そういえばもう3回連チャンで断られてるのか」と改めて考えて少しへこんだ瞬間、ちょうどそいつが目に飛び込んで来たから、少し目を見開いた。
飲んで直後の飲酒運転は確実に事故るから少し酔いを醒まそうと思っていたと言うのに、風に当たるよりもうんと早く酔いが引いていくような錯覚をする。
桃色の髪をしていた。
傘を持っていた。
それだけわかれば、もう十分だろう。

ああ、夜の兎だ。


「ねぇねぇ、久しぶりお兄さん。ちょうどいいや。今から俺と殺し合いなんてどう?」

開口一番に何を言うかと思えば相変わらずのらしい言葉に、二日酔いでもないのに坂田は既に頭が痛くなったように感じた。人の原チャリに勝手に腰を掛けて、くるくる傘を回しているそいつの笑みには違和感しか覚えないのだが、わざわざ言ってやる気にはなれない。
その気になれば一瞬で距離を縮めることが出来る桃色頭に、あの少女の兄相手に、間合いなど考える必要がないから、坂田はお構い無しに距離を縮め、目の前に立っていた。
桃色頭が笑う。
本当に会わなければならない相手は、俺じゃあないだろうに。


「…久しぶりに会った相手にその誘い文句じゃあ、誰もOKとは言わねぇなぁ。パス」
「あちゃー、振られちゃったや。まあいいよ、そんなに酒臭くされちゃあ、お兄さんの実力わかんないからね。頼むから肝臓壊して死んじゃうとか、つまらないから無しにしてよ」
「肝臓壊すより糖尿のが先だな。俺ァ糖尿病の方はリーチ掛かってっから」
「足腐って切断する羽目になるよ?」
「おい、リアルな話はやめてくんない?マジで怖いから。合併症云々の問題は医者から耳ダコでわかってるから」

実際の例で患者の写真を見せてまで説明されたことが瞬時に頭に過り、若干必死になって言えば愉快そうに、しかし好印象など全く与えない笑みを浮かべて、神威が笑った。様子を見る分にはどうやら今日は敵意はないようだが、となるとここで話す意図も読めなくて、しかし坂田はアルコールが入っている頭。考えがちっともまとまらなくて、保留と言うことにする。
別にこれと言った話も浮かばなかったので面倒臭そうに自分の頭を掻いていれば、くるくると傘を回していた神威が、沈黙も挟まずに次いで言った。
相変わらず、何を考えているのか、わかりそうにはない。

「ねぇ、お兄さんもしかして今日一人?」
「一人で悪いのかよ」
「いやそうじゃなくて、あんた程の強い人なら、女ぐらい居るんじゃないかなって思って」
「生憎ここのモテる基準は強い弱いじゃねーんだよ。金さえあれば女買えるだろうが、俺ァ金もねーし」
「なあんだ。お兄さんぐらいの男が一人で酒飲むのは、フラれたとかそんなだと思った」
「……、」

冗談のつもりか何か知らないが、人の心をピンポイント抉るその言葉に坂田はうっかり沈黙をもって肯定を示してしまった。いや、別にフラれたわけではないから正解とは言えないが、当たらずといえども遠からずなその言葉を、否定する方が難しい。黙っていたままでいれば流石に気付いたのか、今まで違和感だらけの笑みを浮かべていた神威が意外そうに目を丸くした。どこかわざとらしい。わざとらしいが、お前実は見てたんだろ!と逆ギレするには、あんまりにも被害妄想過ぎるから、出来やしない。

「あれ?ほんとにフラれてたの?なんかごめんネ、お兄さん」
「ここで謝られた方がへこむわ。言っていいことと悪いことがあるとそろそろ学べコノヤロー」
「いやいやごめん、そんなつもりはなかったんだけど、ついこの間も阿伏兎がお気に入りのメガドライブにへこんでたからさ。女にそこまで入れ込むのも善し悪しだけど、振り向いてもらえなかった時は悲惨だからね。可哀想だと思うよ」
「まあ俺はそんなことないけどってなんかドヤ顔してるように見えてきて腹立つわ。モテない男の悲しみ知らねぇ男は一度痛い目みたらいいと俺ァ思う。お前なんて親父があれだろ?今はいいけど近い将来あのつるぴかなあた…」
「お兄さんは今すぐ頭バーコードにしたいんだ?」
「……」

酔っ払い相手にも容赦なく、あのつるぴかハゲ親父のことは禁句だったようで、一瞬で殺意を剥き出しにした神威に流石に坂田もそこは黙っておいた。悲しきかな、DNA。足して2で割って自分が出来たからこそ、頭皮のことに関しては触れてほしくないように見える(つーか、こんな話をしてる場合じゃないとは思うんだが)。
素っ気ない反応を食らった。酔っていた。別にそんなに何がなんでもヤりたいとは思ってなかったが、少しなんだろう。確かなにか思うところがあった。

元々思考回路が上手く繋がってなかったのだ。
会話を続けていようと、もうそれは仕方ない。


「じゃあ聞くけどよ、お前は女にフラれたこととかないわけ?」

話の間などを考えると若干おかしいものがあったが、滞りなく話が進むのは、多分向こうが酔っ払い相手だと多少妥協しているのだろうと酔った頭のどこかでそう思った。

「んー…ないかな?大体俺はお兄さん達みたいにあんまり女に関心持つこと少ないしね。男もそうだけど、強くないと覚えてもいないからさ」
「フラれるフラれない以前の問題だな。強くないとダメとかお前はあれか?ムキムキマッチョじゃないとダメってか」
「流石にそれはないね。俺にも一応好みってもんはあるし。それに一度決めた相手にはOKはもらえるから」
「……マジで?」
「マジでだよ。まあ、俺達夜兎は欲情よりももっと単純に沸くものがあるからね。結果として相手がどうなっちゃうかは定かじゃないけど」

続いた言葉は、それは暗に殺す場合もあるからね、とそんなことを含んでいたが、坂田は気付かなかったことにしてそこは流しておいた。純粋な殺意。相手を殺したいと渇望する気持ちの対象に今日はなっていないから、触れなかったことにして腕を組み、そうして考える素振り。話の主旨どころか自分自身の考えもぐちゃぐちゃになっているのだが(と言うか、俺に至っては相手は異性どころか同性だ)(まあ多分こいつに言ったところで気にもしないだろうが)とりあえず、聞いてみた。
夜の兎は笑っている。
閉じた傘を仄かに照らすのは月ばかりで、日射しはまだまだ、遠い。

「んで、百戦錬磨なモテ男は、どうやって相手を落とすわけよ」

参考までに、と聞いてみれば、人差し指を一本立てて、笑って言った。



「一発ヤラせてくんない?」


ストレートな物言いにも限度があろうその言葉。
こいつは断じてモテ男ではないだろうし原始人の方がもっとよっぽどマシな口説き方をするだろうと思ったが、結局はそのとおりかもしれねぇなぁ、と酔った頭はそう勘違いをした。


End

110223
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いろいろと…ごめんなさい



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