今はもう比翼連理を願うこともなくて




 メアは殺し屋の一族に生まれた。当然の様に殺しの技術を叩き込まれて育ってきた。屍は見慣れていた。別にそのままで良かった。無慈悲に敵を葬ることにも、何も感じなかった。
 ある日、メアは仕事の用があって分家のあるジョウト地方に来ていた。そこで、彼と出会った。いや、その時のメアからしたら出会ってしまったと言った方が正しいだろうか。そして、彼に、吸い込まれるように恋をしたのだった。彼は、とある裏社会組織の暗殺部隊に所属していた。殺し屋の娘と暗殺部隊の少年、血と骨にまみれた道を歩いてきた者同士、何か通じるものがあったのかもしれない。

 * * *

 ターゲットを屠る彼女の目はまるでガラス玉のようだった。表情がなく、体温を感じないような。
 普通の女にしてやりたいと思った。街中で幸せいっぱいに微笑むような、そんな普通の生活を送る女にしてやりたいと。珀は暗殺部隊に所属していた。それでは、彼女を普通にはしてはやれない。全部捨てるしかない。俺はきみのために全部捨てるから、きみも、

「それ全部捨てて俺のために生きて」

 目の前の少女の瞳の中に光が灯るのを見た。二人の未来への光に見えた。差し伸べた手を取った彼女の手は、ごくごく普通の女の手と同じように小さく温かかった。
 それから幾ばくかが過ぎた。メア、と呼ぶと、なあに? と返してくれる日常を手に入れることが出来た。まだ普通とは完全には言い切れないのかもしれない。だけど、それでいい。これからゆっくり普通になっていけばいい。メアさえいれば、どんな険しい道のりだって歩いて行けると珀は知っている。

 * * *

 メアは甘え上手だ。ソファーに珀と隣に座っていても、その右腕に抱きつく。海外出身だからだろうか、メアの積極的なスキンシップへの上手な返しを珀は未だに見つけられないでいる。

「どうした」
「ううん。好きだなあと思って」
「……」

 ふんわりと微笑むメアに見とれながらも目を逸らす。素直に愛情を表現し返すには、まだ照れが邪魔をする。だけど、やられっぱなしでは男としての面子が丸潰れである。

「メア」
「珀く、」

 メアの体を抱き寄せてキスをする。珀の顔は髪の色の様に真っ赤だが、された側のメアも真っ赤だ。少しの間の沈黙の後に、もう一回と小さくメアが呟いた。

「え」
「もう一回、して欲しいな。だめ?」

 恥ずかしすぎて無理だと言い張る。が、珀はメアにはなんだかんだ言って甘い。
 ガラス玉の瞳はもうここにはない。


お題サイト:アスケラッデン
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