私の彼氏の獄寺隼人。 眉間に皺を寄せて喧嘩っ早いのは、いつものこと。 初めて出会った時は怖くてビクビクしていたけれど優しい一面を知って段々と惹かれていった。 告白の時、真剣に一度だけ「好きだ」って言ってくれた時は本当に嬉しかった。 恋人同士になった今では眉間の皺も口が悪いのも性分って奴で本気で怒ってる訳じゃないって知ってる。 だから分かる。 今の隼人が、いつも以上に苛々して見えるのは何かあったんだって。 「……」 『…ねぇ、隼人』 「…んだよ。暢気に話してる暇はねぇ。さっさと終わらせるぞ」 『う、うん…』 今は放課後。 二人きりで音楽室の掃除をしている。 本当は他のクラスメイトもいたんだけど機嫌の悪い隼人がギロッと睨みつけたら一目散に逃げてしまった。 会話がなくピリピリとした二人の空間が気まずくて仕方がない。 「……」 『………』 沈黙が続いて息が苦しい。 空気も重く感じてしまい段々と不安になってきた。 もしかして苛々してる原因って私…? 私、何かしちゃったのかな…? 心配になって今日一日を振り返ると私も隼人も普段と変わらない平凡な一日。 隼人はツナ君と山本君と一緒にいて、山本君に突っかかってたり、保健室の前ではシャマル先生と話して口喧嘩していたのを見かけた。 丁度よく通った私と京子にシャマル先生は投げキッスをしてたっけ。 それを見て隼人はまた怒っていたけれど、いつものパターンで、これと言って特に変わったことではない。 「名前」 『……』 「おい、名前!」 『……っ!!な、なに!?どうしたの!?』 「それはこっちのセリフだっつーの。ゴミ捨てをどうすんだって言ったのを聞いてなかっただろ。」 『あ…、ご、めん…』 「…たくっ、ぼけっとしすぎじゃねぇの」 『ぼけっとしてないよ!というか、隼人こそ…』 「んだよ」 『今日はちょっと機嫌が悪い、っていうか…』 「あ゛ぁ?」 『その……』 もしかして私のせい…?と消えそうな声で呟くと隼人はばつが悪いのか舌打ちをして頭をかいた。 そっと隼人を見ると眉間の皺がより深くなっていて壁に寄りかかり俯いている。 やっぱり私が知らないうちに怒らせてしまったのかと心配になっていると、隼人は私を見つめて口を開いた。 「……違ぇよ。」 『……』 「お前のせいじゃねぇ。」 『本当に…?』 「…あぁ。お前のせいじゃねぇけど…、ただ、機嫌が悪かったのは確かだ。」 『何かあった…?』 「……それは」 『あ…っ、言いたくない事ならいいんだよ!?』 「……」 『わ、私が原因じゃないって分かったから安心した』 「……安心したっつー事は不安だったのかよ」 『そ、そりゃもちろん……あんまり話してくれなかったから…怒らせて、嫌われちゃったのかな…とか。』 「な……っ」 『…ごめんね、もう大丈夫だから』 「………、…シャマルの野郎だ。」 『え…?何が?』 「だから、原因はシャマルだ。あいつがあれこれ口出ししてくるからイラついてたんだよ」 『口出しって何に?』 「そ、それは……お、オレと……お前の…」 『……?』 「…ー…!つか、オレは、その……ちゃんとお前の事、すー……」 段々と小さくなっていく隼人の声が聞き取れず首を傾げる。 怒っているのか恥ずかしいのか隼人は耳まで赤く染まっている。 シャマル先生に何を言われたんだろう? 「す………っ」 『……隼人?』 「…ー…っ!!」 『……?』 「だーっ!!もう!こんなこっ恥ずかしい事、そう何度も言える訳ねぇだろうが!!」 『な、なに!?どういう事!?』 「と、とにかくお前は気にすんな!悪いのは全部、シャマルだ!!」 『だから、シャマル先生に何を言われたの?』 「細けぇ事は気にすんじゃねぇ!」 『こ、細かくないと思うんだけど!』 「細かいっつーの!!後の掃除はオレがやっておくからお前はゴミ捨てに行ってきやがれ!」 『え、ちょ、隼人…っ』 「十代目をお待たせしてるんだ!早く行って来い!」 『な……っ』 訳が分からぬままゴミ袋を強引に持たされる。 そして、顔が真っ赤な隼人に背中を押されて音楽室を締め出された。 ゴミなら一番最後に捨てに行けばいいのに。 横暴な態度には怒るよりも一体、何なんだと呆然としてしまう。 『まぁ…いっか…』 戻る頃には隼人の機嫌が直ってるといいな。 ゴミ捨て場に向かっている途中に考えるのはシャマル先生のこと。 隼人をからかって怒らせるのはしょっちゅうだけど、ここまで引きずらない。 よっぽど隼人をしつこくからかったのかな? 「おー、名前ちゃんじゃねぇか」 『……!!』 「ん?驚いた顔してどうしたんだ?」 『シャ、シャマル先生!丁度、会いたかったんです!!』 「なんだ、名前ちゃん。おじさんにそんなに会いたかったのか?いやぁ、モテる男は辛いねぇ。」 『隼人のことなんですが…っ』 「隼人?あいつがどうしたんだ?」 『その…、今日、シャマル先生のせいで機嫌が悪いって聞いて……一体、何を言ったんですか?』 「あぁ?あいつ、まだそんなに機嫌が悪いのか?いけないねぇ、可愛い名前ちゃんに心配かけるなんて」 元はと言えばシャマル先生!あなたのせいなんですけど!! なんて本人に言えずシャマル先生を恨めしそうに見つめると観念したように口を開いた。 「隼人がいつまでもお子様だからなぁ、ちょっとばかり恋愛について教えただけだぜ」 『は…!?れ、恋愛…!?』 「名前ちゃんを大切にしてるのか、好きとはっきり伝えているのか心配になってな。隼人は言葉もテクも足りねぇ。」 『な……!?』 「で、オレのように何事もスマートにリード、出来なきゃだめだぜ、って言ったら」 『……って言ったら、なんですか?どうなったんですか?』 「余計なお世話だ!と怒って教室に戻っちまったんだよな」 『………』 「たくっ、いつまで経ってもガキなんだからよ、隼人の奴」 そりゃそうだ。 隼人にそんな事をしつこく言ったら怒るに決まってる。 でも、よかった。 機嫌が悪かったのは本当にシャマル先生が原因なんだって分かってほっとした。 …のもつかの間。 目の前のシャマル先生が私を見てニヤリと笑って言った。 「で、実際はどうなんだ?」 『は…?』 「隼人はちゃんと名前ちゃんを大切にしてるか?不安にならないくらい熱ーく愛を囁くくらいした事がー…」 『よ、余計なお世話です!!それに隼人はそういう事を軽く口にする人じゃないですから!』 「おーおーいいねぇ、青春だねぇ」 『……っ』 失礼します!と言って急いで、その場を後にした。 そして、ゴミ捨て場で用事を済ませて隼人がいるであろう音楽室へと向かう。 『……はぁ』 平常心、平常心と心の中で呟きながら音楽室の前で深呼吸。 あぁ、もう! シャマル先生が変な事ばかり言うから顔がまだ熱い! 隼人もシャマル先生にからかわれて、こういう気持ちだったに違いない。 「……っくそ」 『……!!』 音楽室の前で立ち止まっていると中から隼人の声が聞こえた。 驚いて扉を開ける手を止めてしまうと中に入るタイミングを失った。 「はぁ……情けねぇな、オレ。」 『……?』 「……好き、の一言もちゃんと言えねぇなんて、よ」 『………っ』 「名前……」 私の名前をそっと言葉にしたっきり音楽室は静かになる。 さっき言葉を詰まらせていたのはシャマル先生に言われたことを気にしてたから? もしかして、私に「好きだ」って言おうとしてくれてたの…? 『……』 今、扉を開けたら隼人は「今の聞いてねぇだろうな!?」なんて慌てるよね? 大好きな彼の姿が簡単に思い浮かんで小さく笑った。 そうしたら、聞いてたよ、私も好きって言って抱きついてみようかな。 ドキドキするけど恥ずかしいけど、大好きだから一番、近くで隼人を感じたい。 驚いて慌てて真っ赤な顔して、だけど隼人はきっとぎゅっと抱き締め返してくれる。 そう思う。 『……(隼人…)』 隼人に会いたくて扉を開けようとしたら音楽室からピアノの音色が聞こえて再び手を止めた。 音楽室には隼人以外、誰もいないはず。 それじゃあ、ピアノを弾いているのは隼人? 何て曲なんだろう? どこかで聞いたことがある曲、スッと胸に染み込んでいく。 『……(綺麗な、音)』 まるで時間が止まったみたい。 息をするのも忘れてしまうくらい綺麗な音色に聞き惚れてしまう。 私はずっと演奏を聞いていたくて静かに耳を傾けていた。 瞳を閉じて、扉に手を触れる。 聞こえるのは隼人のピアノの音色だけ。 あなたの音は私に優しく溶けていく。 甘く美しく響く旋律 まるで好きって伝えてくれているような、そんな音色。 end 2010/5/19 織花様へ 三周年フリリク企画 リクエストありがとうございました! |