冬休みのある日、オレは十代目のお屋敷にお邪魔しようと思っていた。

そろそろ出掛けようかと、ぼんやり考えていると静かな部屋に訪問者を伝えるブザーが鳴る。

まさか姉貴じゃねぇだろうな?

思い浮かべただけで無意識に手を腹にやり恐る恐る扉を開けると、そこにはクラスメイトの苗字名前が手を合わせて立っていた。



「何してんだよ」

『獄寺様に折り入って頼みがあります!』

「はぁ?頼みだぁ?」



いつもは獄寺と呼び捨てにしている名前は今日は何故か「様付け」をし畏まっている。

一体、何を考えてるんだ?



『お願いします、獄寺様!頼れるのは獄寺様だけなんです…!!』

「……」



名前のことは密かに気になってはいるもののオレの性格上、優しさの一つも見せられないでいる。

扱いはアホ女や野球馬鹿と同じものだ。

なのに、こいつは気にせず普通に接してくる。
こうしてオレを頼ってくる。

くそっ、勘違いしちまうじゃねぇか。
嫌われてはないんじゃねぇかって、よ。



「……」



二人きりなら誰にも邪魔をされない。

今日なら周りを気にせず少しは素直に接することが出来るんじゃねぇか?



「と、とりあえず…」

『……?』

「上がるか…?」

『えっ!?』

「言っておくけどな、たいしたもんは出せねぇぞ!」

『ありがと、獄寺!お邪魔しまーす!』

「……」



こいつ、一分もしねぇうちにいつもの調子に戻りやがった。

切り替えの早さに呆れて後ろ頭をかいて深く息を吐く。

まぁ、変に気まずい雰囲気よりこんくらいがいいけどよ。



「一人暮らしの男の部屋に躊躇もせず入んなよな」

『……?何か言ったー?』

「何でもねぇよ。さっさと部屋に入れ」

『はーい!』



機嫌がいいのか名前の声は弾んでる。

そんな名前を見ていたら毒気を抜かれ、身体の余計な力が抜けた気がした。



『あーっ!』

「どうかしたか?」

『こたつだ!獄寺の家にこたつがあるなんて意外!』

「姉貴が持ってきたんだよ」

『弟思いなんだね!』

「はっ、どうだかな」

『入っていい?もう、外は寒くて寒くて!』

「お、おい、ちょっと待て!」

『んっ?』



名前はオレの言葉を聞かずこたつに入ってしまった。

けれど、こたつに入って次に起こるであろう事がいつになっても起こらない。



『どうしたの?入っちゃだめだった?』

「……いや、別にいいんだけど、よ」

『変な獄寺』

「………」

『ほら、獄寺も座って座って!』

「あ、あぁ…」



"あいつ"がいないならそれでいい。

どこかに行ったにしても家からは出られねぇからそのうち見つかるだろ。

姿が見当たらないことが気になるけれど、オレは安心してこたつに入ろうと腰を下ろした。



『ん…?あれ……?』

「どうしたんだ?」

『何これ。こたつに何かふにふにした物体が…』

「ハッ、殺気……!!」

≪しゃーっ!!≫

「…っ!?」



こたつに入ろうとしたオレに飛びかかって来たのはオレの匣兵器、瓜。

こたつを置いてからと言うものすっかり気に入った瓜はオレがこたつに入ろうとすると、自分の縄張りに入って来るなと言わんばかりに引っ掻いてきやがる。

匣兵器と言えど、やっぱり猫は猫、ぬくぬくした場所が好きらしい。



『瓜ちゃん!今のふにふには瓜ちゃんだったのっ!?』

≪にょおん!≫

「いっ、てぇ……」



こたつから飛び出した瓜はオレを思う存分、引っ掻くと名前に擦り寄った。

オレには聞かせた事がねぇくらい可愛く鳴いて、名前の膝を占領し撫でられている。



「この野郎…っ」

『もしかしてさっきから変だったのって…』

「こたつに入ると瓜が引っ掻いて来るんだよ」

『私は平気みたいだけど…』

「そうみてぇだな、ふざけんなよ、瓜!」

≪にゃぁぁっ!≫

「く……っ」

『瓜ちゃん、獄寺もこたつに入っていいでしょ?』

≪にゃ?≫

「こいつが素直に言うことを聞く訳ねぇだろ…」

『お願い!』

≪う…、にゃあ…≫



瓜は名前を見つめてからオレを睨んだ。
じーっと突き刺さる視線に緊張していると、ふんっ!とそっぽを向いて名前の膝の上で丸くなる。



『瓜様のお許し出たよ!』

「……マジかよ」

『マジ!ねぇ、瓜ちゃん!』

≪にゃあ〜…≫



瓜は名前に撫でられゴロゴロと喉を鳴らしている。

勝手にしろと言わんばかりの態度だけどよ、本当に大丈夫なのか?

フェイントかけて引っ掻いてくるんじゃねぇかと疑いつつも、オレは名前の向かい側に座った。



「……」

≪………≫

『……何でそんなに警戒してんの?』

「うっせ!つーか、頼みがあんだろ?何なんだよ」

『あっ、そうそう!実は…』



名前は珍しく遠慮しながら控えめに話し出す。
一体、何だと思っていたが名前の頼み事と言うのは冬休みの課題を教えて欲しいと言うことだった。

課題の存在自体、忘れてたけど得意分野ならいい所を見せられる。

……が、問題はオレの性格だ。

シャマルじゃあるまいして、手取り足取り優しく…なんて出来る訳がねぇ。

とどのつまり二人きりだろうが変わらない。

オレの態度は最悪だ。



「また間違えてるぞ。何度、教えりゃ分かるんだ!アホ名前!」

『うぅ…もう一度、お願いします…』

「耳かっぽじってよーく聞けよ」

『はーい……って!痛っ!』

「……?何だよ」

『ちょ、ちょっとタイム!休憩…っ』



そう言うと名前は瓜を膝に乗せたまま器用に足を崩すと身動きせずじっとしていた。

一体どうしたんだ?



「名前?」

『お、お願いだから今はそっとしておいて…っ』

「…まさか足が痺れたのか?」

『う……っ』



図星だったようで名前の顔が引き攣った。
これは少しはいい薬になるだろうと考えたオレは意地が悪い。



「右か左か」

『何する気でしょうか、獄寺様』

「両方か?」

『……な、治った!もう治った!さぁ、課題の続きを……っ』



名前が話し終わる前にこたつの中へ足を伸ばして名前の足をツンと突いた。

その瞬間、痺れが広がったのか、名前は大袈裟に反応し涙目でオレを睨んだ。



『お、鬼っ!!痺れた足をつつくなんて!』

「何度、教えても分からねぇから罰だ。」

『仕方ないじゃんっ』

「あぁ、アホだからな。痺れる前に適当に崩せばよかったのによ」

『そ、それは、だって…』

「だって…、なんだよ?」

『す、好きな人と二人きりだからちょっと緊張しちゃって』

「は………?」



今、名前は何つった?

好きな人と二人きりだから緊張する、つったか?

ここにはオレと名前以外はいない。

つまり、名前が好きな奴は……



「…ー…!」

『……っ』



理解するまでえらく時間がかかった気がした。

少し遅れて熱を持つ頬は赤くなっているに違いない。

それを隠すことを忘れ、オレは名前を見つめた。



「名前、その…なんだ…」

『……?あ…っ、というか返事なんて期待してないよ?』

「い、いいから聞けっての!」

『お、怒らないでよっ、そんなに迷惑だった!?』

「聞けって言ってんだろうが!オ、オレもー…」

≪にゃぁぁーっ!!≫

「な……っ!!」

『瓜ちゃん!?』



オレも同じ気持ちだと伝えようとしてた矢先、今まで静かだった瓜がオレに飛びかかって攻撃を仕掛けた。

容赦なく引っ掛かれたオレは床に倒れてギブアップ。

名前は慌てて傍に来てオレの顔を覗き込む。

その様子を見て瓜はオレの上から下りた。



『だ、大丈夫っ!?』

「…ってぇ。瓜の奴、いきなり何すんだよ」

『救急箱とかないの!?手当てしないと…』

「……待て」

『獄寺…?』



立ち上がろうとした名前の手を掴み、引き止める。

今を逃したら、この先、チャンスが来るか分からねぇ。

オレは緊張しながら気持ちを名前に伝える。

それはいつも通り愛想の一つもなかったけれど、名前は嬉しそうに笑ってくれた。








気まぐれキューピッドに感謝!



『な、何だか恥ずかしい、ね』

「……そう、だな」

≪ふ、にゃあ〜…≫

「瓜、何だよ、その"やれやれ"とでも言いたげな鳴き声は…っ」

≪にょおんっ≫

「そっぽ向きやがって可愛くねぇ奴。」

「……」

「でも…、サンキュな、瓜…」

≪……にゃぁぁーっ!!≫

「おまっ、引っかくんじゃねぇよっ!!」

『……獄寺と瓜ちゃんって似てるよね』

「どこだがよ!」

≪にゃっ!?≫



end



2012/02/26
お題配布元:確かに恋だった

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