バレンタイン前日、二月十三日。
私は恋人である骸に渡すチョコレートを作るため黒曜センターのキッチンをこっそり使用していた。

もうすぐ日付が変わる時刻。
失敗もしたけど、それなりに食べられるチョコレートが出来た。
雑誌に書いてあった通りにやっても同じように上手く作れないものだな、とつくづく思った。

器用だから千種の方がよっぽど上手く作れそうな気がする。

こんな不恰好なチョコレート、骸に渡すのが恥かしい。
だけど、もう一度、作り直そうにも材料が足りない。



『……明日、お店で、ちゃんとしたチョコを買ってこようかな』

「おや、どうしてですか?」

『……!!』



急に聞こえた声に驚いてバッと振り返ると、そこには骸が立っていた。

気配を消すなんて骸にとっては簡単なこと。
いつからここにいたんだろう?
慌ててチョコレートを隠したら、クフフと笑った。

そんな風に微笑まれると、全部、見透かされてるんじゃないかと思う。
というかチョコレートの匂いが充満してるし、明日はバレンタインだし誰だって何をしていたか分かるに決まってる。



『な、何で…』

「待ちきれなかったんですよ。名前が一生懸命、作ってる姿も見たかったですし」

『……っ、骸、あの…』

「そのチョコレート、もちろん僕にですよね?」

『え…っ!?あ……』

「……まさか他の者に渡すつもりですか?」

『ち、違う!骸にだよ!だけど…』

「どうしたんです?」

『その、チョコ作り…失敗しちゃって…。明日、ちゃんとしたのを買って渡したいな、なんて…』

「店で売っているものなど必要ありませんよ」

『……?』

「僕が欲しいのは名前が作ったチョコレートです」

『ちょっ、ちょっと、骸!』



見せたくなかったチョコレート。
近寄られると拒む事なんて出来なくて、骸にチョコレートをまじまじと見られてしまう。
あぁ、お菓子作りや料理、普段からやっておけばよかった。



「ほぅ、よく出来てるじゃないですか」

『そ、そうかな……』

「頂いてもいいですか?」

『あ…、でも、まだ十三日……』

「もう十四日ですよ」

『え……?』



時計を見ると骸の言う通り既に0時を回っていた。

沈黙が続き時計の針の音が大きく聞こえる。
日付の他に、このチョコを食べさせられない理由がないか必死に考えるけれど骸の笑い声でピリオドを打たれた。



「クフフ…」

『……』

「頂きますよ」

『あ、味の保障は出来ないからね?焦げたような気がするし…!!というか本当にそれでいいの!?』

「えぇ。もちろんです。君が僕のために作ってくれたのですから全て頂きますよ」

『……っ』



あぁ、もう、どうにでもなれ!
…って思うのは骸に申し訳ないけど、こう思うしか出来ない。

綺麗な動作でチョコレートを一つ口に含む骸。
大丈夫かな、と控えめに見つめると美味しいですよと言ってくれた。



『う、嘘……』

「本当ですよ、とても美味しい。」

『で、でも…』

「心配ならば味見してみますか?」

『え…?』

「クフフ、さぁ、口を開けて…」

『ちょっ、む、骸…っ!?』

「ほら……」



必要以上に身体を密着させ私の頬を撫でる骸。
この雰囲気、ま、まさか、キスでチョコを……!?

一定のリズムだった心臓は早鐘。
骸との距離が縮まると甘いチョコの香りが一層、強くなり鼻をくすぐる。

さらに近くなったから目をぎゅっと瞑ると口の中に甘いチョコレートが放り込まれた。



『あ…っ!?』

「おや…?」

『…〜…っ!!』

「こんなに顔を赤くして、一体、何を想像したんでしょうねぇ」

『む、骸…っ!?』

「クフフ、味の方はいかがですか?」

『……っ』



あぁ、なんてベタな事を考えてしまったんだろう。
恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうだ。

口の中に溶けて広がる甘い味。
頬張ると硬すぎという事もなく焦げた苦味も感じない。

見かけは不恰好だけど味の方は私にしては及第点。



「美味しいでしょう?」

『う…ん…、自分で言うのもなんだけど、ちゃんと食べられる…』

「それでは…」

『ん?』

「そのチョコレートは僕が頂いたんですから返して頂きます」

『はっ!?えっ、ちょ…っな…っ!?』

「僕はあげる、とは言ってません」

『……!!』



身体を引き寄せられると今度は本当に骸と唇が重なる。

チョコレートを味わうようなキス。
息苦しくて酸素が欲しくて骸の腕に手をかけたら、やっと解放された。



「ん……っ」

『あ…っ、はぁ…っ!!な、何すんのよ、もう…っ!!』

「クフフ、いいじゃないですか」

『よくないっ!!』

「おやおや、君は知りませんでしたか」

『な、何を…!?』

「チョコレートは僕の好物なんですよ」

『そ、そうだった、の…!?』

「えぇ、それに、名前も」

『な…っ!!』

「ですから、どちらも味わえて良い方法だと思ったのですが…」

『…〜…っ!!それって骸が良いだけしょ!!』

「おや?お望みとあらば君も良くさせて頂きますよ」

『…ー…っ』

「冗談です」

『……!!』



冗談に聞こえないんだけど、とキッと睨むと骸はまた一つチョコを口に含んだ。
美味しそうに嬉しそうに食べてくれるからムキになって怒ってる私がバカみたい。

ありがとうございます、と骸に改めて言われ微笑まれると、私もつられて笑顔になる。

骸は私の髪を撫でると抱き寄せる。
そっと目を閉じたら、優しく唇が重なった。












それは、あなたとのキス

もちろんチョコレートがなくたって!



end



2009/02/14

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