京子がされた嫌がらせ。

机の落書きに菊の花。
周りにはめちゃくちゃに切り裂かれたノートや教科書。

あの後は沢田くんを始め、クラスの子達が京子の傍にいて、近づくことが許されず私は一人で過ごした。

今日はちゃんと京子と話せるかな?

そう思って学校に来たけど、少し甘い考えだったのかもしれない。



『あ……』



私の下駄箱には「死ね」と落書きされてあって、中は生ゴミや紙くずで溢れていた。

上履きはその中に埋もれていて、何とか取り出したけど履けそうにない。



『うぅ、くさい…』



こういう風になっているって事は昨日の京子の事件は全部、私がやったんだって思われているんだよね?

皆が皆、そう思っていないのかも知れないけど、少なくともこれをやった人はそう思ってるんだ。



『……』



こんな事するくらいなら、はっきりと言ってくれた方がいいのに、な。








絡まる絆



事の発端は昨日の朝。
私が京子の教科書やノートを切り裂いて、机に嫌がらせの落書きをし菊の花をおいた事だった。

もちろん、私はやってないんだけど、皆は私が嫌がらせをしたんだって思ってるみたい。

瀬戸さんを中心にして騒いでたから、あっという間に他のクラスにも広まってしまった。



『……』



あの後は京子達はよそよそしいし視線すら合わない。

沢田くんも気まずそうに距離を置き、私を避けていたみたい。

遅刻して来た獄寺くんは、私にいつも通りに接してくれたけど、沢田くんに状況を説明されたみたいで驚いたように私を見ていた。

私もさすがに居心地が悪くて、昨日は一人で過ごし、授業が終わるとすぐに帰った。



『……職員室にスリッパある、かな。』



仕方なく廊下を裸足でぺたぺたと歩いて職員室へと向かう。

その途中、保健室を通ると丁度良くシャマル先生が廊下に出て来た。

私に気付くと手を振って話しかけてくれる。



「おぉ、マイエンジェル、羽依ちゃん!今日も可愛い…って、何で裸足なんだ?」

『あ……』

「……」

『忘れちゃ、って…?』

「何で俺に聞くんだ?可愛いな、たくっ」

『え、えっと、それじゃ……』

「……と、待て待て」

『う……』



誤魔化せたと思って、後にしようとしたけれど、シャマル先生は鞄を掴んで私を引き止める。

強引に保健室の椅子へと座らされて、シャマル先生は黙ってコーヒーを淹れてくれた。



「で、どういう事なんだ、これは」

『えーっと…、その…』

「……」

『………あ、の』



カッターの事と同様で全部、話さないと解放してくれない雰囲気。

私は自分で理解している範囲で出来る限り、分かりやすく話す。

ごちゃごちゃしている頭の中を整理するように説明しているとシャマル先生は真面目に話を聞いてくれた。



『それで、誤解されちゃった、みたい』

「みたいじゃないぜ、羽依ちゃん。いじめって奴だろうが」

『そうなの、かな?こういうの、あんまりピンと来ない、というか…』

「かーっ、俺の羽依ちゃんに何やってくれてんだ!二年A組のクソガキ共は!」

『シャ、シャマル先生…!誤解、だから大丈夫、です!』

「だけどなぁ。あっ、ボンゴレの小僧は何してんだ?」

『ボン、ゴレ?』

「…と、今のは聞かなかったことにしてくれ。」

『……?』

「羽依ちゃん、これ、よかったら使ってくれ」

『スリッパ…、いいんです、か?』

「レディーを裸足で歩かせる訳にはいかねぇだろ。それにどうせ並盛中の備品だ」

『あ、あり、がとう、ございます…』



シャマル先生は居づらいなら保健室にいてもいいと言ってくれたけれど、誤解を解きたいから私は教室に向かう事にした。

ざわざわとしている二年A組の教室のドアの前で深呼吸。

思い切ってガラリとドアを開け、私が入るとシンと静まり返った。



『……』



静かになるのは一瞬、
すぐに私を見てクスクスと笑う女の子達の声が聞こえた。

男の子達は関わりたくないのか視線を外している子と、にやにやと面白そうに見ている子に分かれてる。



『……(京子は…)』



どこにいるんだろう?
そう思いながら教室を見回すと姿が見当たらなかった。

京子だけでなく、花ちゃんもいない。
いつもなら、この時間にはもう登校しているはずなのに。

私が戸惑っていると、クラスメイトの男の子がからかうように大声で話だした。



「笹川なら休みだってよ、黒川は心配して笹川ん家にでも行ってるんじゃね?」

『え……』

「誰かさんのせいかもなー。」

「お前、何、言ってんだよ。真白がやったとは限らねぇだろ」

「何、お前、真白を庇ってんの?」

「そんなんじゃねぇけどさ」

「つか、オレって親切じゃね?わざわざ教えてやってさぁ。なあ、真白?」

『……、…あり、がと』

「は?」

『………』



話しかけてきたクラスメイトを横切る。
笑い声と陰口が耳に入るけれど気にせず、自分の席に向かう。

だけど、私の席の前には男の子が一人、立っていた。

私の机に何かをしているようで、話しかけると驚いたように振り向いた。



『山本、くん…?』

「……!!真白…」

『その、机……』

「………」



自分の机に視線を移す。
私の机には「死ね」と大きくマジックで書かれてあった。

大丈夫だって心では思ってても、その言葉を見たら胸の奥が痛くなって苦しくなった。

私は今、どんな顔をしてるんだろう。



『山本、くん…』

「………」

『……』

「あー…、その…、な?これは……」

『………』

「……」



ゆっくり席へと近づくと山本くんは慌てて私の机を隠す。

皆、見てみぬ振りをしていたのに、山本くんだけは私の机に書かれてる落書きをゴシゴシと消してくれていた。



『おは、よう。』

「……あ、あぁ。はよ!」

『それ、と…その…』

「ん…?」

『あり、がと…』

「……!!」



山本くんの手に触れると濡れた雑巾で拭いてくれていたから、冷えてしまっていた。

冷え切っている手は長い時間、懸命に落書きを消そうとしてくれていたんだろうって事が分かる。

申し訳ない気持ちが生まれるのと同時にすごく、嬉しい。

皆に言われてること、知ってるはずなのに、山本くんは気にせず一人で消してくれていたんだ。



『ごめん、ね…、本当に、ありがとう…』

「いいっていいって!これくらいたいした事ねぇよ!」

『山本くん……』

「お前が登校するまでにはって思ってたんだけどな、間に合わなくて悪い…」

『ううん、そんなの全然…。えっと、後は、私がやる、から…、その…』

「オレも手伝うぜ」

『え……っ』

「当たり前、だろ?……つーか」

『………』

「こんな事する奴らが最低なんだよな。」



山本くんは声のトーンを下げて真剣な顔でクラスメイトを一睨みした。

怒りと哀しみが篭ったような瞳。

山本くんは優しいから、きっと仲が良かったクラスメイトにこんな事して欲しくないんだよ、ね…?



『……』



山本くんの言葉に皆はビクッと震えていた。

笑い声や陰口は止み、張り詰めた空気が流れる。

けれど、それを破ったのは私の中で予想もしていなかった人物だった。



「山本、真白のために、そんな事する必要ないよ」

「そうよ、山本君!そんな子、放っておきなよ!!」

「何、言ってんだよツナ!それに瀬戸も…」

「真白…」

『さ、沢田くん……?』

「京子ちゃん、昨日の放課後、ずっと泣いてたんだぞ!」

『……!!』

「羽依ちゃん、私のこと嫌いだったのかなって!知らないうちに私が傷つけちゃったのかなって…!!」

「可哀相だったなぁ、笹川さん。あんなに目腫らしちゃって…。ねぇ、沢田?」

「あぁ。いつも笑顔の京子ちゃんが泣いてるなんて、初めて見た」

「なのに、あんた、関係ないみたいにさっさと帰ったわよね…?」

『……っ!?』



瀬戸さんは私を見て勝ち誇ったように笑う。
彼女といつも一緒にいる黒谷美世さんは黙って私を見ていた。

だけど、同じく瀬戸さんといつも一緒にいる及川智華さんは皆を煽るように騒ぎ立て始める。

それを封切りにクラスメイト達は便乗して騒ぎ始めた。



「本当、よく学校に来れるよね!笹川さんにあんな事しておいて…!!」

『わ、私はやってない…!!』

「瀬戸、お前は真白の事、誤解してるだけだ」

「しらばっくれても無駄!山本君も騙されないでよ!」

「オレは本当の事を言ってるだけだ。真白は何もやってねぇ」

「見てた人がいるのよ!?」

「オレは見てねぇ。それに何より本人がやってねぇって言ってるだろ」

『山本くん……』

「沢田!あんたは分かるわよねぇ?」

「……」

「ねぇ、誰が嘘つきなのか分かるわよね?」

『沢田、くん…っ!私は…っ』

「………ッ」



私は沢田くんに近寄って声をかける。

沢田くんなら、きっと、話せば分かってくれる。

そう、思ったから。



「真白……ッ」

『え……』

「オレは………」

『さ、沢田、くん?』

「………オレはっ!!」

『……』

「オレは京子ちゃんを泣かす奴が許せないんだ!」

『……!!』

「ツナ!!やめろ…ッ!!」



沢田くんは私の腕を掴んで拳を振り上げる。

京子ちゃんを泣かせる奴は許せない、そう叫んだ沢田くんは震えているように見えた。

力任せに振り下ろされる沢田くんの拳。

私はとっさに一歩下がって避けるけれど腕に当たってしまった。



『……ッ!!』

「真白、大丈夫か…!?おい、ツナ!お前、何をしてるんだよ!!」

「……っ、はぁ…っ」

「……♪」



いつもの沢田くんとは思えないほど強い力。

拳が掠った腕には鈍い痛みが広がって熱さを持つ。

とっさに手で押さえて壁に背中を預け、私はぼんやりと沢田くんを見つめた。



『……っ』



"京子ちゃんを泣かす奴は許せない"

私だって、京子を泣かす人がいるなら、怒る。

でも、それは暴力の理由になってない。

ううん、理由は何があっても人が人を傷つけていい訳がない。



『沢田、くん…』

「………」

「沢田ぁ、次はちゃんと当ててよぉ?」

「あぁ…」

『………ッ』

「真白」

「ツナ、止めろ…!!」

「どいてよ、山本…!!」

『……っ』



クラスメイト達は「いいぞー、沢田ー!」「もっとやれー!」と煽るように盛り上がる。
辺りを見回すと皆、笑って私達を見ていた。



『……』



どうして、こんなことを応援してるの?

面白そうに楽しそうに、見ていられるの?



『…ー…っ』



分からない。

そんなの、分かりたくもない。

人を傷つけて何がそんなに、楽しいの…?



「京子ちゃんの痛みはこんなもんじゃない」

『……っ』

「真白…」



私は鞄を持って勢いよく教室を出た。

逃げ出すって言った方がいいのかな?

感情的になってるクラスメイトも沢田くんも、今は何を言ってもきっと届かない。聞いてくれない。

どうしたらいいのか、今の私には分からないから、逃げることしか出来ない。



「真白っ!!待てよ…っ!」

『……っ』



今、この全てがスローモーションに流れる。

声が全部、雑音のように聞こえたけど、私を呼ぶ山本くんの声だけが耳にクリアに届いた。



「真白!」

『……っ(山本、くん…)』



逃げて、ごめんね。

本当にごめんなさい。

今は苦しくて、上手く言葉が出てこない。



怖くて、振り返れない。



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加筆修正
2012/03/09


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