チャイムが鳴ると同時に先生が教室に入って来て、午後の授業が始まる。



『……』



お昼にご飯を食べてお腹いっぱい。

窓からは陽射しが入ってきて暖かい。

そよ風が緑の匂いを運んでくる。

心地がよくて目を閉じるとより一層、強く感じた。



なんだか、眠くなってきちゃったな。








合図



『………(眠い…)』



でも、授業は始まってる。
早くノートと教科書を出さなきゃ。



『……(えっと…)』



眠気を我慢して、教科書を探す。

その間も先生は黒板に書く手を止めてはくれないから慌てて教科書を取り出した。

今、説明しているページを探そうと、ペラペラと捲ると不意に指先に痛みが走る。



『い……っ!?』

「……?真白、どうしたんだ?」

『…ー…っ』



指先に感じた痛みで小さく声を上げたからか、隣の席の山本くんがこそこそと声をかけてくれた。

授業中に話すと目立ってしまうから、何でもないよと軽く手を振り答える。

すると山本くんは驚いて目を見開いていた。



「何でもないって、お前、その指……っ」

『指……?』



山本くんに指摘されて自分の指を見る。
指先から手の平に伝わる血を見たら、一気に目が覚めた。

それと同時に神経が指先に集中する。
傷口からはドクドクドクと止め処なく、生温かい血が流れていた。



『……っ』



ハンカチで押さえて傷口を見る。
教科書で軽く切っちゃったんだと思っていたのに、予想より遥かに酷い。

まるで刃物で切ったような深い傷。

私は注意して教科書のページを一枚一枚、捲り確認すると、刃が固定されて挟まれてあった。



『……(これ、カッターの刃…?)』



何でこんなものが?

キラリと光っているカッターを見つめ、ぼーっと考えてる間も血は止まってくれずハンカチを赤く染めていった。



「おい、真白、大丈夫か?」

『う、うん…。だ、大丈夫だよ!』

「でも、その指……」

『あっ、えっと、教科書で切っちゃって…、保健室に行ってくる、ね』



私はそう言って立ち上がり、健室に行くと伝え教室を後にした。



『……』



痛くはないけど血が嫌、だな。
ハンカチが真っ赤に染まっていくのを見ていると気分が悪くなってくる。

保健室までの我慢。
そう思いながら廊下を歩いていると後ろから駆け足が聞こえた。

振り返ろうとしたら肩をポンッと叩かれる。



『……?』

「真白!」

『や、山本くん、どうしたの?』

「心配だったからさ。うわ、さっきより血が出てんな」



ないよりはマシだよな?と山本くんはスポーツタオルを宛がってくれた。

ハンカチよりも大きく厚い生地は私の手を包んで血を隠してくれる。



『や、山本くん、これ…』

「大丈夫だぜ。まだ使ってない綺麗なやつだから」

『え、えっと…、そ、そうじゃなくて!汚れちゃう、よ…』

「タオルは汚すもんだろ?」

『へ……』

「……?オレ、何か変な事を言ったか?」

『う、ううん。あり、がと…(山本くんって天然だ…)』

「おぅ、気にすんな」



部活でタオルがなくて困らない、のかな?

心配になるけれど早く保健室行こうぜ、と山本くんが前を歩く。

ついて来てくれるみたいで、その後を追った。



「すみませーん」

『あの……』



保健室へ行くとさっき別れたばかりのシャマル先生が机で作業をしていた。

私達に気がつくと、こちらに身体を向ける。



「おっ、羽依ちゃんじゃねぇか!やっぱり来てくれたんだな、オジさん嬉しー…」

「どもっス」

「チッ、野郎も一緒か。どうしたんだ?授業中だろ?」

『えっと、指を切っちゃって……、紙、で…』

「女の子なら大歓迎だ、そこに座って見せてくれ」

『あ…、は、はい…』



普段は楽しい先生だけど、治療に関してはすごく真面目。

手際がよく止血して処置をしてくれた。



『……』

「んー?羽依ちゃん、俺を見つめちゃってどうしたのかなー?」

『先生ってやっぱり、ちゃんと保健の先生なんだ、ね…』

「……」

「はは、それは言っちゃダメだろ、真白」

「……それはそうとお前さんまで保健室に来る必要ないだろ。」

「付き添いっス。なんか獄寺が心配してたし」

『えっ、獄寺くんが?』

「あぁ、オレもだけど。あとツナも黒川も。保健室は危険だって」

「………信用ねぇな、俺」



ガクリと肩を落とすシャマル先生を見て山本くん笑っていた。

つられて笑っているとシャマル先生は真面目な顔をして私を見る。



「なぁ、羽依ちゃん…」

『……?』

「この傷は本当に紙で切ったのか?」

『え……?』



やっぱり分かるのかな?
山本くんもおかしく思っていたのか真剣な顔でこちらを見ていた。

カッターの刃が教科書に挟まってた、なんて言えるはずなく、私は教科書で切ったと誤魔化す。

私がそう言うと、二人ともそれ以上は追求しなかった。



「まぁ、また怪我したらいつでも来いよ。」

『は、はい…!ありがとう、ございます…!』

「羽依ちゃんみたいな可愛い女の子はオジさんの心のオアシスなんだから怪我してなくてもウェルカムだぜ!」

『え、えっと…、あの…?』

「真白、こういうのはな、相手にしなくていいんだぜ」

『そ、そう、なの?』

「……(この野郎はまったく、天然なんだか黒いんだか)」

『それじゃ、教室に戻ります、ね』

「おぅ、気をつけてな」



山本くんと一緒に保健室を出て教室に戻る。
ズキズキと痛む指先を見たらガーゼにじんわりと血が滲んでいた。

教室に戻ると授業の真っ最中。
私が苦手な生物実験の話をしていた。

血を見て、解剖などの話を聞いて、少しだけ気分が悪くなって授業のほとんどは頭に入らない。

やっと授業が終わるとほっと一息。

休み時間になると心配してくれていたらしい沢田くんや獄寺くん、京子、花ちゃんが声をかけてきてくれた。

怪我の事もあるけど大半が「シャマル先生に何もされなかった?」と口を揃えている。



「大丈夫だったぜ。シャマル先生、今日は真面目に治療だけだった」

「ヘンタイシャマルが真面目に治療なんて珍しい事もあんだな」

「よ、よかった…」

「いきなり教室出て行くから、びっくりしちゃったよ!」

「本当。具合でも悪くなったかと思ったわ」

『ご、ごめん…、京子、花ちゃん…』

「でも、真白さん、何で怪我したの?」

『あ…、教科書で指先を切っちゃって…』

「すっげー血が出てたんだぜ、ツナ。今もほら、ガーゼが…」

「や、山本!見せなくていいよ!ひぃぃ痛そう!」

「そんなに深く切っちゃったの、羽依ちゃん」

『でも、見た目ほど痛くない、よ』

「で、でも…そんなに血が…っ」

『あ…、う、うん…』



沢田くんが傷口を気にしているようだったから、私は手を机の下に移動させて隠す。

残り少ない休み時間、京子に先程の授業内容を教えてもらっていると再び異様な視線を感じた。



『……!』



昼休みと同じ視線。

また気のせいかも知れない。

だけど、どうしても気になってしまい、教室を見回して視線の主を探す。



『あ……』



そこにはクラスメイトの女の子が三人。
自分の席から私を見ていて視線が合うとにっこりと笑いかけられる。

彼女達は席を立ってこちらに来ると心配したように声をかけてきた。



「真白さん、授業中、一体どうしたの?」

「山本君、あの後、あなたを追いかけて行ったわよね?」

「……」

『その、えっと……』

「ちょっと、いきなりなんなのよ、瀬戸さんに及川さん」

「黒川さんに聞いてないんだけど。」

「あー、そうですかー。まったく、やんなっちゃうわね。」

「黒川、どうしたんだ?」

「何でもないわよ。とりあえず山本、今、話しかけないで」

「どういうことだ?」

「女は怖いわーってこと」

「……?」

「……分かってないわね。本当、山本も獄寺もガキだわ、ガキ。」



最初に話しかけてきた女の子は瀬戸沙羅さん。

そして、瀬戸さんの後を追って来たのは、いつも一緒にいる及川智華さんと黒谷美世さん。

ほとんど話したことがないから、びっくりしちゃって瀬戸さんに上手く状況を話せずにいると、その様子に気付いたようで黒谷さんが控えめに声をかけてくれた。



「真白さん、あの…指の怪我、大丈夫…?」

『あ…、黒谷さん……』

「もう血も止まったし大丈夫だぜ。」

「えっ、怪我…?」

「心配かけてごめんな、瀬戸!って、オレが怪我した訳じゃねぇんだけど、ははっ」

「そうだったんだ…」



山本くんが瀬戸さんに明るく話しかけると場の雰囲気が先程より柔らかくなった気がした。

瀬戸さんは私にちらりと視線を向けてから、山本くんに話しかける。



「そ、そっか、怪我だったんだ…」

「血がドバーッと出てな!オレも驚いたぜ!」

「だから、山本君、付き添ったんだね。優しい!」

「んな事ねぇって」

「あっ、そういえば、野球…」

「野球?あぁ、昼休みのか?」

「そう!私、智華と見に行ったんだけど山本君が出てなかったから、うちのクラスの男子達、ボロ負けしてたんだよ!代わりに入った沢田ってばドジばっかりでさ!」

「へぇ、ツナがオレの代わりにチームに入ってくれたのな!」



二人は野球の話題で盛り上がってる。

今、山本くんと話している瀬戸さんはすごく嬉しそう。

何でだろ?



『……?』

「羽依」

『あ、花ちゃん…、どうしたの?』

「……」



不思議そうに二人を見ていたら花ちゃんがこそこそと話しかけてきた。

首を傾げて見せると誰にも聞こえないように耳元で内緒話。



「瀬戸、山本狙いだから気をつけた方がいいわよ」

『山本くん、ねらい?』

「分かってないわねー、あんたが山本と仲がいいから妬んでるのよ」

『え……』

「瀬戸は山本が好きってこと。見た感じ及川は獄寺ね。黒谷はよく分からないけど」

『獄寺くん…?』

「あんた、獄寺ともよく話すじゃない?」

『よく怒られてるだけだよ?』

「それでも話せない女子からしたら羨ましいんじゃない?」

『そう、なの…?』

「まぁ、とにかくあの子らの前じゃなるべく仲いい所が見せない方がいいかもね」

『……』



じゃあ、さっきの視線は私が山本くんと話していた、から?

さっき視線を感じた時も、私は山本くんといた。

昼休みに瀬戸さんは及川さんと野球を見に行ったって言ってたから、もしかして廊下で話してた私達を見ていたのかな?



「ねーねー、真白さん、怪我、大丈夫なの?」

『及川さん…、う、うん、大丈夫だよ…』

「どこを怪我したの?」

『えっと、指…、教科書で切っちゃって…』



瀬戸さんと山本くんを見て考えていたら、話しかけてきたのは及川智華さん。

花ちゃんが言うには及川さんは「獄寺くんねらい」みたい。

瀬戸さんは山本くんが好き、及川さんは獄寺くんが好き、なんだ。



「……」

『……?及川さん、どうしたの?』

「何だか真白さんの怪我した手を見たら、私も痛くなってきちゃった」

「はぁ?何、言ってんだ。怪我したのは真白だろ」

「ご、獄寺君!えー、でもでも、人の怪我を見ると痛くなるじゃん?」

「ならねぇよ。たくっ、くだらねぇ」

「そうかなぁ」

「つーか、真白!お前、どうせ授業中にぼけーっとしてたんだろ」

『し、してない、よ!』

「怪しいな」

『ちょっと、窓の外、見てたりしてた、けど…!』

「充分、ぼけっとしてたって訳か。自業自得だ。」

『う……』

「……」

『………あ』



獄寺くんと話していたら、及川さんの顔色が曇ってドキリと心臓が跳ねた。

ちょ、ちょっと、怖い、かも知れない。



「おい、真白、今度は顔色が悪いぞ」

『だ、大丈夫!』

「珍しく反応が早いじゃねぇか」

『い、いつもと変わらない、よ!』

「………変な奴」

「……」



くっと獄寺くんが笑ったら、及川さんの表情がますます曇る。

どうしようどうしようと内心、焦っていると花ちゃんが助け舟を出してくれた。



「もうすぐ授業が始まるわよ」

「えっ、もう?」

「さぁー、散った散った」

「あっ、ちょっと、黒川さん!?」

「京子、私達も席に戻りましょ」

「うん!じゃあね、羽依ちゃん!また後でね」

『う、うん…』



瀬戸さんと及川さんは花ちゃんに誘導されるように自分の席に戻っていった。
その後を少し遅れて黒谷美世さんが付いていく。



「あっ、そうだ、美世!私、次の数学、当たるんだ!教えてくれない?」

「う、うん…、いいよ、沙羅…」

「サンキュー、美世!」

「あ、ヤバッ!ねぇ、美世、後で生物のノートを貸して!」

「智華ちゃん、ま、また…?」

「だって、あの先生、すぐに黒板を消しちゃって書き取れないんだもん!それに美世の方が分かりやすいしー!」

「……」

「ねっ、いいでしょ?お願い!」

「……し、仕方ないなぁ」

「やった!」

「ちょっと、美世!先に私でしょ!」

「あ…、う、うん…!沙羅、今、教えるね…」

「早く早く!」

「……」



黒谷さんは一瞬、振り返って私を見たけれど、特に会話はせずに彼女は瀬戸さんの元に行った。



『……』



その後は特に何事もなく過ぎた。

午後の授業を受けて、掃除をしていつもの通り沢田くんたちと一緒に帰る。



「真白、気をつけて帰れよ!」

「じゃあな、真白」

「真白さん、また明日ね!」

『山本くん、獄寺くん、沢田くん、ばいばい!また明日!』



この時の私はこれが穏やかな日常の「最後」だって知らなかった。

そして、気付きもしなかった。



「………真白羽依」



教室に一人、残ってくすくすと妖しく笑う、あの子に。

誰も気付かないで、みんなも私も無邪気に笑ってた。



カッターの刃。

これが、始まりの合図だった。



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加筆修正
2012/03/09


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