育った木々はいつかは枯れる。

憎しみも悲しみも、いつかはなくなる。

それは、きっと成長が早ければ早いほど。



『……』



"このまま学校に来なければよかったのにね"



黒谷さんの言葉が、微笑みが頭から離れてくれない。








赤く染まる教室



勢いよく扉を開けると教室は夕日に満ちている。

けれど、その色とは別に床は液体で赤く染められていた。

生臭い鉄の匂いに鼻がつんとする。



「あーあ…、思ったより使えなかったなぁ」

『………』

「……あれ?もう来ちゃったんだね、真白さん」

「な、何これ……」

「……んだよ、これ」

「きゃ…っ、これ、血……?」

「獄寺、笹川をどこか安全な場所に連れてってくれ」

「は……?」

「こんなの見せらんねぇだろ…!!」

「……っあぁ!笹川、行くぞ」

「で、でも…」

『京子、お願い。獄寺くんと行って……』

「……っ」



床の血を見て京子は顔が真っ青。
口に手を当てて震えている。

これ以上、京子に見せる訳にはいかない。

京子はふらふらとした足取りだったけれど、獄寺くんに連れられて教室を後にした。



『……』



沢田くんは呆然として目の前にいる"彼女"と、血を流して倒れている"彼女達"を見ている。

彼女達はピクリとも動かないけれど、胸が上下しているから気絶しているだけみたいだ。



「あら、つまんない。あなた達、もう仲直りしちゃったの?」

『これ、は…どう、したの…?どういうこと…?』

「どうしたのって、見れば分かるでしょ?」

『……』

「私がやったの。もうこいつらは使いようがないから。このカッターで、ね。」



よく切れるのよ。
あなたは切れ味を知ってるわよね?

そう言って彼女はカッターの刃を自分の指に触れさせる。

つぅ…っとなぞると綺麗で細い指に血が滴った。



「何なんだよ、これ…!!何でこんな酷いこと…ッ!!」

「酷いこと?沢田君、何を驚いてるの?あなたもしてたじゃない。」

「な、何、言って……っ」

「私と同じような事してたじゃない。真白さんに」

「…ー…ッオレは」

「本当、あなたって馬鹿よね。ぜーんぶ、嘘なのに。」

「……っ!?」

「笹川京子のため、とか言ってあんなに仲がよかった友達と喧嘩して真白さんを傷つけて、本当に馬鹿よ」

「う、そ…?」

「そう、全部、嘘!でたらめ!笹川京子の事は私が全部やったのよ!」

「お前、が……?」

「そうよ。そして私が"真白さんがやったのを見たの"って言えば、"彼女達"がここぞとばかりに主張してくれたのよ」

「…ー…っ!」

「あぁ、本当の事を言ったのは真白さんが屋上にいるよって沢田君に教えたくらいかしら」

「……ッ」

「馬鹿よね。私に利用されてたのも知らないで…」

『…………』

「沢田君はそれを鵜呑みに真白さんを追い詰めた」

「……ッ」

「あともう少しだったのに、こいつ、今、山本君に好きな人が…って、もうどうしようもならないって、泣き喚いたのよ」

「……!」

「山本武が真白さんの事を好きだなんて見れば分かってるでしょ。何を今更…、本当、馬鹿ばっかり。」



あははは!と狂ったように笑って床で倒れている彼女達を蹴る。

沢田くんはその場にぺたんと座りこんで呆然としていた。



『……』



私は笑っている彼女を見て、今までのことを思い出す。

ぼんやりと引っかかっていた事がどんどんと繋がっていく。



" あんたが朝早く学校に来てたのを見た人がいるのよ"



"はぁ?何、言ってんの?やったのはあんたでしょう?"

"……やって、ない"

"でも、皆は信じない。当たり前よねぇ!だって現に、みー…"



"まだやってないって言い張るんだ?見た人もいるのに……?"

"み、た、人…?"

"ねぇ、瀬戸さん、見たんだろ?真白が京子ちゃんを襲わせてる所…"

"えぇ、そうよ"

"こいつに言ってやってよ。しらばっくれるなって。"

"ふふ、真白さん、いい気味ねぇ?"

"瀬、戸さん…"

"でも、当然よね。また笹川さんにあんな事をしたんだもの…"

"…ー…ッして、ない!!"

"しらばっくれなくてもいいのよ!だって、私はみー……"



"真白さん、あの…指の怪我、大丈夫…?"




『……(あなただったから、見てもないのに指の怪我だって、分かったんだ)』



"ねぇ、誰が嘘つきなのか分かるわよね?"



…ー…嘘つきは



「何でお前がこんな事をしたんだ…!黒谷……!!」

「………♪」



黒谷美世さんだった。



目の前でカッターを持ってる人物は瀬戸さんでもなければ及川さんでもない。

いつもおどおどしていた雰囲気とは百八十度違うけれど紛れもなく黒谷さん。



『黒谷さん……』



"しらばっくれなくてもいいのよ!だって、私はみー……"

"でも、皆は信じない。当たり前よねぇ!だって現に、みー…"




瀬戸さんの言葉。
きっと彼女の言葉の続きは「見た」んじゃない。



"しらばっくれなくてもいいのよ!だって、私は美世から聞いたのよ"

"でも、皆は信じない。当たり前よねぇ!だって現に、美世が見てるんだから!"




「見た」んじゃない。

「美世」だった。

美世。
黒谷美世。

彼女の名前。



私が山本くんと沢田くんの計画の話を聞いたのも、彼女だ。



「ねぇ、真白さん、私、言ったわよねぇ?」

『黒谷さん……』

「このまま学校に来なければよかったのにね、ってさぁ!」

『何でこんな事……』

「何で…?そんなの決まってるじゃない!」

『……』

「あなたが嫌いだからよ」

『………!?』

「憎くて憎くてたまらない。」

『…ー…どう、して?』

「それはこっちのセリフよ。」

『え……?』

「どうして…、どうして、また学校に来れるのよ!!」

『……っ!?』

「山本武まで信じられないようにしたのに、何でもう一度、信じられるのッ!!」

『………』



大声で叫んでから妖しく微笑み、黒谷さんは私を見る。

教室を支配する異常な雰囲気に山本くんは私を庇うように前に立ってくれた。

それを見て面白くなさそうに黒谷さんはため息を吐いて、視線を逸らす。



「……」



その逸らした視線は沢田くんに移る。

沢田くんは黒谷さんに見つめられるとびくりと震えた。

黒谷さんはそれを見逃さなかったようで、くすっと笑う。



「沢田君にもあんなに痛めつけられてたのによく来れるわよねぇ」

「…ー…っオレ、が、間違ってた、の?」

「そうよ。間違ってたのは沢田綱吉。あなたの方よ。」

「オレ…、オレ……」

「ツナ……」

「一時でも笹川京子の王子様になれてよかったわね。でもね、あんたが全部、間違ー…」

『間違いなんかじゃない…!!』

「真白……?」

『沢田くんは間違ってない!京子が好きなんでしょう…?大切なんでしょう…!?』

「………っ」

『守りたかっただけなんでしょう!?その気持ちは間違いなんかじゃない!!絶対に…っ!!』

「…そうだぜ、ツナ。やり方を間違えただけだ。」

「真白さ、ん…、山本……!!オレ…、オレは…っ」



黒谷さんは私を見るとふんと鼻で笑い、冷たい視線を向ける。

そして、胸の内を話し出した。



「だから、私、真白が嫌いなのよ…」

『………!?』

「何で許せるのよ…」

『黒、谷…さん…?』

「何で?どうしてなのっ!?」

『……?』

「どうして、そんなに綺麗でいられるのよ…!!」



赤い教室に木霊する悲痛な叫び。

それを聞いたら、苦しくて哀しくて、締め付けられるように胸が痛くなった。



『………』



どうにかしたいのに、どうすればいいのか思いつかない。

自分がどうしたいのかも分からないで、心が渇いていくばかり。

私はそれを知っている。

だけど、私には骸がいたから、大切な仲間がいたから歩いて来れた。



『……黒谷、さん』



私は綺麗な世界で生きたいと思った。

綺麗な大空を羽ばたきたいと思ったの。



だけど、最初から手を伸ばすことをしないで諦めて、何もしなかった。



そんな過去の自分が今の黒谷さんと重なって見えた。



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加筆修正
2012/03/13


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